きらいだ、夕焼け空なんて。


 今年の桜は遅咲きだったようで、入学式を終えて1週間が過ぎてもまだギリギリ残ってるみたいだ。といってもほとんどが緑の葉っぱで、どちらかというと地面に残る花びらと桜の残骸みたいな「がく」の部分の方が多いな。
 地面の砂にまみれてもみくちゃにされているものもあれば、コンクリートの上で踏み潰されてシミのようになっているものまで、様々だ。

 ついこの間まで頭上に咲いて道行く人みんなが「綺麗だ」と言っていたのに、今は誰も見向きせずに地面の塵になっているそれを見て、なんだか切ない気持ちになる。
 といってもこれは自然の摂理だから俺にはどうすることもできないし、こんなことを考えている俺自身だって花びらを踏みつけて歩いている側の人間だった。

 県立末守高等学校、今年の春から俺はここに通うことになった。
 家から近い所にあったことが一番大きな理由だが、偏差値も合っていたし、なんというか──あまりこだわりがなかったっていうのが本音だ。
 同級生達は市外の高校に進学する奴も多く、地元の高校に進学したのは3割くらいだった。
 
 俺がこの町に引っ越してきたのは一昨年の春だ。中学2年生という中途半端な時期だったが、父親の仕事の都合だったのだから仕方がない。
 正直前に住んでいたところの方が都心だったし、不便な場所に引っ越すことに乗り気ではなかったけど。住めば都とはよく言ったもんで、生活に不便もないし数か月もすれば慣れてしまった。
 それに、どうせ大学に進学したら都心で一人暮らしをするつもりだったし、わざわざ今遠くの高校に行く必要もないと思ったんだよな。


「なんか……風が強いな」


 そんなこんなで俺は今、始まったばかりの高校生活を充実なものにするため、構内を散策していた。造りとしては基本の教室がある棟と特別教室がある棟、体育館とその近くに部室等があり、校舎と校舎の間にはこじんまりとした中庭がある。
 今いる場所はその中庭だ。存在は知っていたが、今日初めて訪れた。中庭には桜の木が植えてあり、そのほとんどが緑の葉っぱになっていた。


「まだギリギリ、花見になるか……?」


 昼食を食べ終えた後の、残りわずかな昼休み。俺は日当たりのいいこの中庭で一息つこうと、自販機で買ったペットボトルのコーラを片手にベンチへと腰かけた。
 別に、友達がいなくてひとりでいるわけじゃない。ただなんとなく窮屈な教室を出て落ち着ける場所を探して散策していたら、まさにうってつけの場所が見つかったというわけだ。
 中途半端な時間だからか、俺以外には数えるほどしかいない生徒たちが思い思いに休憩していた。

 カシュ、とコーラのフタを開けて一口飲み、上を向いて葉桜を眺める。まぁ、これはこれで花と葉っぱを両方見れたのだから得をした、と思うことにしよう。
 上を向いて大きく息を吐きながら、時折少し強く吹く風を浴びていると──突然、足元に何かがぶつかるような感触がした。


「あれ……ね、猫?」


 見れば、1匹の白い猫が俺の足をくんくんと嗅いでいる。
 こういうのって、動かない方がいいのか?どうしたらいいかわからず固まっていると、白猫は足元にこてんと転がった。


「えっ、うわ......かわいいな」


 猫がお腹を見せてくつろぐのって、よっぽどリラックスしているときじゃないのか?なんで今、初対面の俺の前でそんなことをするんだ?
 よっぽど人懐っこい猫なのか、しばらく見ていても一向に立ち去る気配はない。


「これ、触っていいヤツか......?」


 正直、猫には触り慣れていなかった。動物を飼ったことがないから、どうやって触ればいいのかわからない。でもこのお腹を見せるポーズは、明らかに「撫でて」と人間の手を待っているようにしか見えないよな。
 驚かせないように慎重にしゃがみ、おそるおそる手を伸ばせば──なんの抵抗もなく、指先が柔らかい毛に吸い込まれていく。


「お、おおぉ......!やわらけぇ......」


 猫のお腹の毛って、こんなにふわふわなのか。背中の毛とは感触が違うと聞いていたが、予想以上だ。
 それにこの猫、首輪こそ付けてないが毛並みもよく白猫なのに全然汚れていない。もしかして飼い猫なのか?
 考えてもわからないことだ。今は目の前のふわふわを堪能することにしようと思っていた、その時。


「あれ、珍しいな。その猫が僕以外に懐いているとこ、初めて見た」


 前方から声が聞こえ、反射的に顔を上げる。目の前にはひとりの生徒が立っていた。ネクタイの色からして上級生、ひとつ上の2年生だ。


「あっ、す、すんません……勝手に触って」

「別に、僕の猫じゃないよ。ただ、ここでたまにおやつをあげてるだけだから」


 先程まで俺の足にすり寄ってきていた猫は、先輩のことを認識した途端に体を起こして、しっぽを真っすぐに立てながら歩き出した。差し出されている手に、一生懸命頭をこすりつけている。


「キミ、おやつとかあげた?」

「いや、なんもあげてないっス」

「そっか。じゃあ、今日はまだ何も貰ってないかな」


 先輩はポケットからチューブ状の猫用おやつを取り出し、少しずつ出してあげている。一生懸命舐め取るその姿はかわいらしく、つい夢中で覗き込んでしまった。


「おぉ……かわいい、っスね」

「キミさ、さっきからたくさんひとりごと言ってたの、丸聞こえだったよ」

「えっ!?……うわ、マジか」


 確かに俺はさっきから「かわいい」やら「やわらけぇ」やら、かなりひとりごとを漏らしていた気がする。誰にも聞こえていないと思って完全に気が抜けていた、恥ずかしすぎる。
 その羞恥を誤魔化すように顔を伏せて後ろ頭を掻けば、猫のしっぽが大きくゆったりと揺れて俺の足にぺしぺしと当たった。


「気にすんな、だってさ」

「……猫の気持ち、わかるんスか?」

「別に、わかんないけど。でも今は機嫌がいい、っていうのはしっぽでわかるよ」

「しっぽ?」

「そう、こうやって大きくゆったり揺れてるときは機嫌がいいとき。反対に、バタバタって細かく激しく揺れてるときは怒ってるときだよ」


 先輩は猫について詳しいらしい。その語り口調は柔らかく、話している間にも優しい手つきでその背中を撫でていた。
 おやつはとっくに食べ終わっていて、猫は一生懸命前足を舐めて顔を洗っている。いや、本当に洗っているのかはわからないが、洗っているように見える。


「じゃあ、この一生懸命顔を洗ってるのはなんでっスかね?」

「これはね、諸説あるけど……食後の口の周りの汚れと匂いを落としてるんだって。猫は狩りをする生き物だから、自分の匂いが獲物にバレないようにしてるらしい」

「へぇ……先輩、詳しいんスね」

「別に、これくらい……一般常識じゃん」


 そう言って先輩は少し顔を逸らす。その顔は僅かに色づいているような、そんな気がしたが。いや、まさかそんな。唇も心なしか、尖っているように見えなくもない。まさか、俺の何気ない一言で照れているなんて、そんなことあるわけない。気のせいだ、うん。


「そういえばさ、キミ1年生だよね。名前、なんていうの?」

「あ、城本晴樹って言います。1年1組っス」

「そう、晴樹ね。僕は槙修一、2年2組だよ」


 槙先輩は、まるで照れていることを誤魔化すように自己紹介をした。その顔は心なしか、強がっているようにも見える。


「槙、先輩」

「僕は多分、いつもこのくらいの時間にここにいるからさ。もしまた会ったら、よろしくね」


 槙先輩は猫の頭を大きく撫で、教室棟へと戻っていった。
 俺は何故だか先輩の色づいた頬が忘れられないまま、しばらくその背中が消えた方を眺めていたが──容赦なく鳴り響く予鈴に、慌てて中庭を後にしたのだった。



***



 翌日、俺は再び中庭に足を運んでいた。桜は昨日よりも散っているようで、すっかり葉っぱの比率が高い。
 中庭に辿り着くと、今日は先に槙先輩が猫を撫でていた。


「あ、今日も来たんだ」

「いや、なんか……通りかかったんで」


 通りかかった、というのは嘘だ。本当はわざわざ教室を出てこの場所に来た。
 理由は正直自分でもわからない。もう一度あの猫に会いたかったのは事実だし、その、まぁ、槙先輩もいたらいいな、とは少しだけ思ったけど。
 でも、俺は何故だか咄嗟に偶然だと嘘をついてしまった。なんだか「わざわざ猫、もしくは先輩に会いに来た」と思われるのが、とても恥ずかしかったからだ。

 先輩は猫を撫でながら、小さく「そう」と返す。
 猫は今日も心地よさそうに目を細めていて、その尻尾はゆったりと大きく揺れていた。


「あ、これは『喜んでる』ってことっスよね」

「うん、多分そうだと思うよ」


 早速昨日学んだ知識を使えて、俺は思わず頬が緩むのを感じる。
 今まで知らなかった知識を得て気付かなかったことに気付けるようになると、まるで生きている世界が丸ごと変わったような──そんな気持ちになるのはさすがに大げさか。でも、自分の世界は自分の主観でしか変えることはできないのだから、決して間違ってはいないと思う。


「なんか晴樹も嬉しそうだね」

「え?そ、そうっスか?」

「うん、口とかにやけてるし」

「む……」


 指摘されて思わず手で隠せば、先輩はそれが面白かったのか口を開けて笑った。あはは、と声を出し眉を下げて笑うその表情は随分と柔らかく、普段の澄ました顔からは想像できないくらい幼い仕草に思える。
 つい見入ってしまいそうになったが、先日のように照れさせてしまっても申し訳ないので、あまり見ないように自然に振る舞おうと務めた。


「そんな笑わないでくださいよ、にやけてないっスから」

「いや、昨日知ったことが役に立って嬉しかったんだろうなっていうのが伝わってくるくらいには、にやけてたよ」

「うわっ!めっちゃバレててハズいんスけど……!」

「あはは、晴樹、面白いね」


 恥ずかしいのは本当だが、目の前の先輩はとても楽しそうだ。複雑な気持ちだけど、まぁ、楽しそうならいいか。まだ出逢ったばかりだが、無防備に笑うその顔を見て不思議と気持ちが絆されていく気がした。

 猫はというと、笑う槙先輩の手と足を交互に行き来していたが、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。足の匂いを嗅ぎ、安心したように頭をすり寄せてくる。


「でもさ、本当に珍しいんだよ。この子が僕以外にこういう風に懐いてるの、見たことないもん」

「そうなんスか?」

「うん、大抵は音を立てただけで逃げて行っちゃうんだから」

「えー、誰にでも人懐っこいから逃げないのかと思ったっス」

「そうだ、おやつあげてみる?」

「い、いいんスか!?」


 槙先輩はポケットから昨日と同じ猫用おやつを取り出し、俺に差し出す。「ちゅるにゃ〜る」と書かれたそれを受け取り、まじまじと見つめた。


「あ、あげてみるっス」


 パッケージの切り込みに沿って細く切り取り、本体を押し出す。思いのほか勢いよく飛び出してしまったため、持っていた左手にもかかってしまった。


「お、おわァ……」

「少しずつ押すんだよ、こういうのは」


 少しだけ出した状態で、そっと猫の前におやつを差し出す。くんくんと匂いを嗅いだ途端、ぺろぺろと小さな舌で舐めた。


「食べてる、俺の手から......!」


 なんだこれ、めちゃくちゃかわいいな。猫はそのまま手にかかってしまったおやつまで舐めとり、すごいスピードで食べている。
 意外とコツがいるようで、猫の舐めるスピードに合わせておやつを押し出す必要があった。出しすぎると猫の鼻に付いてしまったり、逆に出すのが遅いとおやつの袋を噛んで催促してくる。
 ものの数秒でおやつを平らげた猫は、昨日と同じように一生懸命顔を洗って満足そうに目を細めていた。


「どう?自分であげるとかわいいでしょ」

「あの、猫の舌って、ホントにザラザラなんスね!」


 つい興奮気味になって声を上げると、先輩はまた揶揄うようにくすくすと笑っていた。

 ──なんだか、不思議な人だ。話しかけられたときの第一印象は、怒っているのかと思ったくらいツンとしていたが、猫を撫でている様子を見てそれは間違いだとすぐに気付いた。
 落ち着いてはいるが案外表情はころころと変わり、この2日間の僅かな時間の中でも、それがわかるほどに様々な顔を見せている。

 無意識のうちにじっと覗き込んでしまったようで、槙先輩はじろりと睨み小さく「なに」と零した。
 慌てて誤魔化すように立ち上がり、顔を逸らす。


「あ、えっと、次は移動教室なんで!戻ります!」

「そう、じゃあまたね」


 軽く会釈をしながら、中庭を後にした。
 「またね」という言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
 どうやら先輩は、あの空間に俺がいることを嫌がっていないらしい。また来ていい、という解釈をしていいんだろうか。

 俺の方はというと、すっかり「猫」と「槙先輩」のいるあの中庭のことを5限目の最中にずっと考えていて、授業の内容を一切覚えていなかったくらいには、夢中になっていた。



***



 それからほぼ毎日、俺は同じ時間に中庭へ通った。先輩も白猫もいつも同じ時間にいて、俺は先輩が猫と戯れる様子を眺めていた。
 わずかに残っていた桜は完全な葉っぱになってしまい、こうなるともう俺にはこれが何の木なのか一切判別できない。
 日差しが強く当たると緑が鮮やかに映えるが、木陰というのはちょうどいい感じに光を軽減してくれて、過ごしやすい空間だ。

 槙先輩とここで会うようになって、1週間程が経ったある日のことだ。その日もいつものように先輩が猫におやつをあげて、俺はそれを眺めていた。
 ふと疑問に思った、そういえば先輩がこの猫の名前を呼ぶところを見たことがない。


「先輩、この猫ってなんて名前なんスか?」

「名前……?あぁ、考えたこともなかった」

「えぇ!?こんだけ毎日会ってるのに?」

「だって、別に名前呼ばなくても寄ってくるんだから、付ける必要がなかったんだよ」


 生き物っていうのはなんというか、名前を付けるから愛着が湧くんじゃないのか?ずっとおやつをあげているのに名無しの猫として扱っていた事実が可笑しく、少し笑ってしまう。
 先輩は笑われたことが不服だったのか、少し拗ねたように唇を尖らせた。

 やっぱり、槙先輩は少し変わっている。自分のことは至って普通の常識人だと思っているみたいだが、絶対にそうじゃない。いや、これはいい意味で言っているのであって、決して咎めているわけではない。
 なんというか、しっかりしている人が少し抜けている行動をしていたら「ギャップがある」っていうだろ。俺が思っているのはそういう意味の「変わっている」であって、なんというか、褒めているつもりだ。


「じゃあさ、晴樹が付けてよ……猫の名前」

「えっ!?いや、めっちゃ大役じゃないスか!」

「試しに考えて。いい名前だったら採用するからさ」


 猫の名前なんて、付けたことないぞ。もうここはいっそありえない名前を付けてウケを狙うか?そんなことも考えたが、隣で件の猫を撫でる槙先輩の顔は至って真剣だ。きっと、本当に俺がいい名前を言ったら採用するつもりなんだろう。
 であれば、俺もちゃんと真剣に向き合わないと期待に応えられない。例え採用されなくても、一生懸命考えた名前を上げればある程度は認めてくれるはずだ。


「うーん……」


 考えていると、自然に手があごを触っていた。あの有名な「考える人」も手にあごを乗せているが、人間というのは自然とそうなるようにできているんだろうか──こうやって、大事なことを考えなきゃいけないときに限って、普段は思いもしないようなどうでもいい思考を巡らせてしまうものだ。
 頭を小さく横に振り、考える人を頭の中から追い出す。

 白いから「シロ」か?うーん、でもコイツ、しっぽの先だけちょっと赤茶色だから真っ白ってわけじゃないんだよな。じゃあしっぽに特徴があるから「シッポ」とか?でもそんなこといったらほとんどの猫にしっぽは付いてるだろうし。それじゃあ目が黄色いから「レモン」は?いやいや、ペットにはよく食い物の名前を付けるとは聞くが、コイツはどう見てもレモン顔ではないだろう。

 考えれば考えるだけドツボに嵌まっている気がする。じっと猫のことを見ていたからか、猫の方も俺を見ている。しっぽを細かく動かしてバタバタと地面に叩きつけていた。


「ほら、晴樹が睨んでるから怒ってるよ」

「うわっ!……ご、ごめんて」


 慌てて目を逸らし、咄嗟に空を仰ぐ。急に日光を浴びたことで視界は光でいっぱいになり、その眩しさに思わず瞼を閉じる。今日もこの中庭には太陽の光が差し込んでいて、とても暖かい。
 そもそもこの猫は、なんでこの場所にわざわざ来るんだ?この昼下がりの中庭に、なにをしに来ているんだと思ったら──そうか、やることはひとつしかない。


「『ひなた』とか……どうスか?」


 いつもこの中庭でひなたぼっこをしているから、ひなた。単純かもしれないが呼びやすいし、猫っぽくてかわいいし、俺にしてはいい名前を提案できたんじゃないか?
 伺うように槙先輩の顔を見れば、その表情は固まっていた。ピクリとも動くことなく、目を見開いている。


「ま、槙先輩……?」


 恐る恐る名前を呼ぶと、ハッとしたように瞬きを繰り返して大きく呼吸をした。
 なにかマズかったのだろうか、思わず動きが止まってしまうくらいに見当違いの名前だったのかもしれない。


「へ、変……スかね?いつもひなたぼっこしてるから、いいかなって思ったんスけど」

「……ひなた、ね」


 先輩が「ひなた」と口に出す瞬間、僅かに体が震えていた。その理由はわからなかったが、ほんの一瞬だけ──なにかを思い出しているかのような、思慮深く瞼を伏せたのが印象的だった。
 その姿は、まるで今にも泣きだしそうな子供のようにも見えたんだ。


「なかなかいい名前付けるじゃん、採用してあげる」

「えっ、あ……マジで、いいんスか?」

「いいもなにも、この子ももう自分の名前は『ひなた』だと思ってるみたいだよ」


 先輩がそう語り掛ければ「ひなた」は短く「にゃっ」と鳴く。コイツの鳴き声、初めて聞いたな。


「採用ついでに、オカルト同好会にも入ってくれない?」

「オ、オカルト同好会……!?」

「そう、まだ部活決まってないって言ってたでしょ。入ってよ、僕しかメンバーいないけど」


 槙先輩がオカルト同好会に所属していることは先日聞いていたが、まさか誘われるとは思わなかった。確かに俺はまだどの部活に入るか決めていなかったし、正直なにもやりたいことがなくて──面倒じゃなくてなんかちょうどいい部活がないか、と考えあぐねていたところだ。
 しかし、オカルトなんてものには興味もなければ、俺は大の怖がりでもあった。夜道で空き缶が風に吹かれる音にビビり倒して転んでしまうし、うっかりテレビの心霊特集なんて見てしまった暁には眠れずにゲームをしてしまい、翌朝盛大に寝坊をする。
 そのくらい、オカルトとは全く縁がない人間だ。


「お、俺、オバケとか苦手なんスけど……」

「怖いの?」

「いや、その、怖くは、ないっス」

「顔に書いてあるよ、怖いって」

「ぐっ……」


 図星を突かれ、口から変な音が漏れ出てしまう。そうだ、俺はオバケやらなんやら、正体のわからない得体の知れないものを「怖い」と感じる。
 「わからない」ことには対処法が無くて、どうすることもできないからだ。あと単純に、急に驚かされたりビックリすることが嫌いだというのもある。


「なんで怖いの?」

「……わからないこと、って、怖くないスか」

「僕は逆だな。オカルトって『わからないことだらけ』でしょ。それってこの世界には常識では考えられないような『不思議なこと』がたくさんあるってことだから」

「不思議なこと......?」

「そう考えるとワクワクしない?だって、その方が面白いじゃん。『わかる』か『わからないか』は、二の次なんだよ」

「……なるほど?」

「だからキミみたいな怖がりほど『わからない』ものが多いから、探求のし甲斐があるってこと」


 オカルトのことを「ワクワクする」だなんて、今まで考えたこともなかった。正直全然同意できないが、どうやら槙先輩は本気で俺をオカルト同好会に誘っているようだ。
 確か同好会も部活動として認められていたはずだ。なにかしらに所属しなきゃいけない決まりだし、悪くないかもしれない。


「えっと、活動内容って……?」

「うーん、特にないけど……しいて言うなら放課後に集まって、オカルト談義をすることくらいかな」

「は、はぁ……」

「あとは月に一度活動レポートを出してるけど、僕が適当に書いとくよ」

「じゃあ実質、なにしててもいいって感じっスか……?」

「うん、そうだね」


 やはり、好条件だ。ここ数日先輩と関わっていて思ったが、なんだか話しやすいし変に緊張しないで済む。一言でいうと、一緒にいるのが心地よいと感じる。先輩に対してそんなこと言ったら失礼かもしれないけど。

 それに、なにより──このちょっと不思議な槙先輩のことをもう少し知りたい、と思っている自分がいた。


「他にやりたい部活が見つかるまで、なら……」

「あ、入ってくれるんだ?ちょっと言ってみただけなのに。優しいね、晴樹は」

「えっ!?……もしかして俺、揶揄われてた!?」

「揶揄ったわけじゃないよ。入ってくれたらいいな、とは思ってたから」


 ひなたを大きく撫で、先輩は立ち上がる。
 そろそろ昼休みが終わる時間だ、俺も合わせて腰を上げた。


「あ、そうだ。これから敬語禁止ね、堅苦しいのキライなんだ」

「えっ、あっ、わ……わか、った」

「ふふ、素直だね。あと僕のこと、修一って呼んで」


 そう言うと槙先輩改め修一は、俺の返事も待たずに身を翻して去っていった。


「……あ~、なんなんだ、あの人」


 残された俺は思わず天を仰ぐ。
 戸惑う俺の気持ちを察するかのように、ひなたがしっぽで俺の足をぺしぺしと叩いていた。



***

 

 晴樹の呼吸は、未だ荒いままだった。
 この瞬間に戻ってくるのは、4回目だ。


「ちょっと、聞いてる?肝試しに行こうって言ったんだけど」


 どうしてこんなことになってしまったのだろう、晴樹の額から冷汗が流れる。修一はもう目の前で3回も死んでしまった。
 助けるために時間が戻ったはずなのに、それでも救えない。


「……はは、これが『不思議なこと』かよ」


 いつか修一が言っていた、オカルトについての話を思い出す。
 こんな常識から外れたことは、対処方法がわからない。

 わからないものは、怖い。どうすることも、できないから。


「なに言ってるの、おなかでも痛い?」 


 ひとり途方もない無力感に苛まれる晴樹とは打って変わって、修一はいつも通りの反応だった。