落日の影

 優しくて、いつも元気で。
 準は俺にないものを持ち合わせている、太陽のような存在。
 眩しい笑顔を向けられるとがんばろうって思える。
 どれだけ悲しいことがあっても、彼と話しているうちはつらいことも忘れられる。



(どうしよう)

 中学二年生の頃、このくらいになると突然授業の内容も複雑になってきて。少しの遅れが思わぬ命取りになることがある。
 どうしても苦手で内容がわからない教科があった俺は、小テストで赤点を取ってしまい、補習のために呼び出しを食らった。
 補習はテスト一週間前までの二週間。ほかの生徒たちの下校後の一時間。
 それは当分の間、準と一緒に帰れないことを意味していて。

「ごめん……」

 明日からは一緒に帰れなくなってしまったと、俺は前を歩く準に告げる。
 逆光で見えづらいが、振り向いた準は驚いたような表情をしていることはわかる。

「そっか……それ、穂高だけ?」
「ううん、あと二人いるみたい」
「なるほど……」
「頑張って授業聞いてたんだけど、どうしてもわからなくって。できないって気が付いた時点で何とかしておけばよかった……」

 本当に後悔しかない。俺の一番の幸せな時間は、俺の不甲斐なさのせいで失われてしまった。
 自業自得なのだが、補習を受けることよりも準と一緒に帰れなくなることがショックで仕方ない。
 二週間。まだ始まってもいないが、これからの時間があまりにも長く感じる。

「化学だっけ?」
「うん。最近複雑になって、一気に追いつけなくなって……」
「化学ってことはあの先生だな……よし」

 俺の話を聞きながら、何かを決心したように準がうんうんと頷く。
 何のことかわからず、俺は首をかしげる。

「穂高、めちゃくちゃ困った顔してる」
「え、そうかな……?」
「眉毛もすごい下がっちゃって、この世の終わりみたいな顔してるぜ」
「ええっ、そ、そんなに?」

 こーんなの、なんて、指で眉尻を抑えながら準が俺の表情を真似る。そこまで情けない顔はしていない……と信じたい。
 きっと準は、俺が授業に追い付けていないことに落ち込んでいると思っているのだろう。
 それもあるのだが、それ以上に俺は準と帰れなくなることの方がショックなのだが。

「だぁいじょうぶだって、なんとかなる」
「なる……かな?」
「なる!オレが保証する」

 いつもの何の根拠もない言葉。そのはずなのに、準の言う通りになんとかなってしまうので、不思議と説得力があって。
 またか、なんてあまりのことに笑ってしまうと、やっと笑った!と準がうれしそうに微笑む。
 そのまま後ろ向きで歩く準がつまずいてしりもちをつくと、俺は吹き出して笑ってしまった。

(でも明日からは、しばらくこの時間もお預けか……)



 次の日、先に帰っていく準のことを泣きそうになりながら見送る。
 そのまま重い足取りで、補習場所になっている化学室へ向かう。
 だが引き戸を開けた瞬間、俺は驚いて鞄を落としてしまう。

「穂高!」

 そこには先程帰っていったはずの準の姿がある。

「え、なんで準が……?」
「オレ、化学の成績いいの。なんか手伝えませんかって先生に申し出てみたらさ、補習手伝ってほしいって」
「ええ!?」

 ふと、昨日の準の様子を思い返す。
 なるほど、あの決心はこういうことだったのか。
 まさかという感じだが、準は確かに成績も優秀で先生たちからの信頼も厚い。
 顧問たちにも歓迎されながら助っ人部員なんてやっているくらいなのだから。

「穂高が昨日みたいにしょんぼりしないようにさ、オレがちゃんとわからないとこ説明するから安心しろ」
「うれしい……けど、いいの?」
「オレも復習になるし」

 いつものようにニカッと笑って、準が自分の横の席を指差す。
 その瞬間、さっきまでの憂鬱な気分は吹き飛んでしまって。
 昨晩は落ち込みすぎてよく眠れなかったくらいだというのに。



 補習を終えて、いつもの帰り道を二人で歩く。
 ここをひとりで歩かなければいけないという不安も、あっという間に消えてしまって。
 俺はいつも通り、前を歩く準の影に入りながら彼の話を聞いている。
 何よりも幸せな、かけがえのない時間。

「穂高、一日で結構問題解けるようになってたな」
「準の教え方がいいからだと思う。今までまったくわからなかったのに、仕組みがわかったら問題で定義されてもわかるようになったよ」
「そりゃうれしい。オレ、先生よりも教えるのうまいかも」
「ふふっ」

 横に就いて初めから丁寧に説明してもらったおかげで、一日で一気に理解力が上がった気がする。
 問題を解きながら少し話しただけで、俺が何を理解していないのかを、準はよくわかってくれていた。

「いい顔してる」
「え?」
「昨日泣きそうな顔してたからさ、穂高が元気になったならよかった」
「そんな……準の、おかげだよ」

 昨日と同じように、準が俺に笑いかけてくれる。
 背負った太陽よりも眩しいくらいの優しい笑顔に、目が眩んでしまって。
 自分が幸せすぎることに気が付いてしまうと、また俺は泣きそうになってしまって。
 いつまでも見ていたい気持ちがありながら、俺は準から視線を逸らしてしまう。

 あたたかい、大切な記憶。









(……どうなんだろう)

 まだ人が疎らな早朝の教室。
 俺はずっとそわそわしながら扉の方を見つめて、彼女たちが入ってくるのを待つ。
 取り巻きの二人はいつも遅刻ギリギリなので何とも言えないが、早めに登校してくる宮代さんはそろそろ来る頃だろう。
 俺は深呼吸をして、人が出入りすることで少しずつにぎやかになっていく教室の出入り口を凝視している。
 準が居てくれれば話をして気を紛らわせられただろうが、今日に限ってあいにく彼は登校してすぐに門で待ち構えていた運動部に連れ去られていってしまった。

「愛莉、おはよー」
「おはよう」

 他の女生徒に声を掛けられながら、宮代さんが教室へ入ってくる。 

(……来た)

 ずっと見ていたら変に思われるかもしれない。それでも、俺はそちらの方向から目を離せない。
 あんな形で呼び出されており、昨日の今日なので向こうも多少はわかっているだろうし仕方ないとも言える。だが自分にもやましいことがあるので、気まずい気持ちもあって何とも言えない。
 ただ、昨日あの後に何かがあったのはおそらく事実で。

「……!」

 教室に入ってきてすぐに、宮代さんは俺のほうに視線を向けてくる。
 目が合うと一瞬驚いたような表情を見せた後に、彼女は視線を逸らしてしまう。
 そして荷物を机の上に乱雑に置くと、まるで逃げるように慌てて教室を飛び出していってしまう。

(……え?)

 昨日あの後どうしたんですか、なんて声を掛ける勇気があったわけではない。
 でも、彼女の今の態度はあまりにも様子がおかしくて。
 呼び出されて問い詰められていた自分が逃げ出すならまだしも、なぜか宮代さんのほうが逃げていってしまうなんて。

(……どういうことだ?)

 かといって追いかけて聞くわけにもいかない。そもそも、自分に起こったことなのに人に聞くのもおかしな話だ。
 でも彼女の態度から見るに、やはり自分が気を失った後に何かがあったことには間違いなさそうで。


 昨日、準と解散した後で、俺は意を決して悪魔に何があったのかを聞いてみることにした。
 自分から助けを求めたとはいえ、あのとき奴が何かをしたことは明白だ。ならば本人聞くのが一番手っ取り早い。
 自分の部屋に籠ると、外には聞こえないように、おそるおそる奴に声を掛ける。

「あの……えっと、悪魔……聞きたいことがあるんだけど」

 だけど奴は現れなかった。
 ひとりの部屋で、俺の声だけが空しくその空間に消えていく。
 少し安心した気持ちもあったが、何も分からないもやもやは残ってしまう。
 明日、どうやって彼女たちと接すればいいのか。そもそも宮代さん以外とは会話をする機会もないのだが。
 考え込んでよく眠れなかった。


 そんな気持ちのまま迎えた今朝。
 直接本人に会えば何かを言われるかもしれないと身構えていたが、まさか逃げられてしまうとは。

(……本当に、何があったんだろう)

 自分から呼びかけても答えてくれないということは、悪魔がまた自分に声を掛けてくるまではわからないままなのだろうか。
 そもそも、また現れるかどうかもわからないのだが。




 結局あの後、宮代さんもあとから登校してきたほかの二人も、俺と一切目を合わせなかった。
 何が起こったかは分からないが、何かがあったと言うことだけは明白だ。
 おそらく、それがあまり良くはないことであろうことも。

「どうしたんだよ、穂高」

 帰り道、後ろを振り返りながら準が心配そうに聞いてくる。
 自分で答えの出せないものを一日中考えていたからか、不安になっていることがおそらく表情や態度に出てしまっているのだろう。

「なんでもないよ」

 準を心配させたくないし、何より説明しづらいので噓をつく。最近は準にも嘘をついてばかりいて心が痛む。
 昨日倒れていた俺を解放してくれたのは準だ。
 きっと準だってあのとき何があったのか気になっているだろう。でも、悪魔が何かをしたから分からないなんてとても言えなくて。

「……困ったことがあったら相談してくれよ。オレで力になれるかはわからないけど……話だったらいつでも聞けるし」
「ありがとう……」

 準はいつだって優しい。
 あたたかい日差しを浴びながら、俺の気持ちは少しだけ軽くなっていく。
 本当は余計なことなんて考えず、彼のことだけを考えていられたらそれでいいのに。



 家へ帰ってからもずっと思い悩んでいると、突然スマートフォンの通知音が鳴って驚きに体を跳ね上がらせる。
 確認すると、準からメッセージが届いている。

「今日は体だいじょうぶそうか?夜更かしせずに早く寝ろよ」

 結局何も言えなかったし、様子のおかしい自分のことを気にかけてくれているのだろう。
 その気遣いが嬉しくて、すぐに返信をした。





 次の日も、結局彼女たちは俺のことを避けてくるままだった。
 時折視線を感じて振り向くと、彼女たちはひどく怯えた様子で自分から離れていく。
 あのとき高圧的に詰められていたこと自体がまるで幻だったみたいに。

 あれ以降また悪魔も現れないままで。
 ずっと自分と一緒にいた、と言っていたが、どこまで本当なのか。
 そもそも、あんなわけのわからないものを頼ったり信じてしまっていること自体がきっと間違っているのだろうけれど。

(……奴がしていることは絶対に普通じゃない。時間が巻き戻ったり、気が付いたらあの三人がいなくなっていたり)

 悪魔だと思っているが、やっていることはまるで魔法使いだ。
 そもそも自分は二回も奴に助けられているが、本当に悪魔なのだろうか。
 本当に悪魔だとしたら、どうして自分のことを助けてくれるのか。

「知りたいのか」
「えっ……わ、わっ!」

 突然声を掛けられて、思わず叫んでしまう。
 今が授業中だということも忘れるくらい上の空だった俺に、周りからの驚いたような視線が一斉に向けられる。

「どうした?樫本」

 様子のおかしい俺に、怪訝そうな顔で担任が声を掛けてくる。

「あっ、え、えっと……。……す、すみません。ちょっと急に体が痛んで」
「大丈夫か?保健室行くなら付き添いがあったほうがいいんじゃないか?」
「ひ、一人で大丈夫です……行ってきます」

 咄嗟に噓をついて教室を出ていく。
 この状況を何とかしたかったのもあるが、この機を逃すと次に悪魔がいつ現れるかわからない。
 そそくさと教室を出ていく俺を、準が不安そうに目で追っている。
 昨日に続いてまたあんな顔をさせてしまった。
 これ以上心配を掛けたくもない。なんとか今のうちにけりをつけて、帰り道に弁明をしなくてはいけない。



 保健室に向かうと、扉には乱雑に「少し空けます」と書かれたメモが貼られている。
 運よく養護教諭は保健室を開けていた。
 勢いで出てきたはいいけど、先生の前で独り言を言っているわけにも……と思っていた俺は一安心する。
 
「嘘つきになってきたな、穂高」
「だ、だれのせいで……」

 悪魔は楽しげな様子で言う。
 相変わらずその姿はどこにもない。
 俺はちらりと自分の影を確認する。おそらくここから、にやついた表情で俺を見ているのだろう。

「何か俺に聞きたいことがあるんだろう」
「ある……」
「いいだろう。質問は一つだけだ」

 本当は聞きたいことはいくらでもあるのだが。
 そう思いながらも、俺はいま一番自分の胸に引っかかっている問題を問いかける。

「あの日……、俺が助けを求めたあと、お前は何をしたんだ……?」

 どうして自分は彼女たちに怯えられ、避けられるようになってしまったのか。
 その疑問をぶつけると、悪魔は大きくため息をつく。

「そんなことか。もっと聞くべきことがあったと思うのだが」
「“そんなこと”じゃない!あれから宮代さんたちの様子、明らかに変だよ。お前が何かしたんだろ……!?」
「あんな女どものことなんてどうだっていいだろう。ただ追い払ってやっただけだ。意気地なしで何もできなかったお前の代わりに」
「ッ……」

 言い返せない事実だ。
 俺は過去に戻ったあのとき、準に嘘をついて宮代さんを傷つけた。その後ろめたさもあるし、彼女たちに何も言い返せなかった。
 どうすることが正解かもわからないし、準のところに戻れない焦りで悪魔の誘いに乗ってしまった。

「なにか……したのか……」
「質問は一つだけだと……まあいい。お前が言葉で追い込まれていたから、『言葉であいつらを追い払った』だけだ。これで納得したか?」
「……彼女たちに何を言ったんだ……」
「さぁ?」

 心底どうでもよさそうに答えられて、結局俺の疑問は晴れないままだ。
 そもそも、どうやって「言葉で追い払った」のか。
 彼女たちにはこいつの声は聞こえない。おそらく触れることも出来ないだろう。ならどうやってそんなことができたのか。
 気を失っていた俺にはその時の状況は一切わからない。だけど、きっともう聞いても答えてはくれないだろう。

「納得いかなさそうな顔をしてるな。ずっと俺と話したかったのだろう?」
「そう……だけど、聞きたかったことをちゃんと答えてもらえなかったから」
「それはお前の聞き方が悪かったのだろう。俺は善人でなければエスパーでもないからな」

 そうだ。結局こいつの正体は何なのか。
 俺を助ける意味は。助けられた俺には何の代償もないのか。
 聞きたいことなんていくらでもある。

「俺は……これからどうなるの」
「もう答えない」
「こんな都合のいい魔法みたいなこと……あるわけない。きっと何かあるんだろ……?」
「いい顔だな……穂高。怯えて、戸惑って、逃げ出したいのに行き場もなくて縋るしかない……そんな顔をしている」

 あの時のように、足元から影がふわりと立ち上ってくる。
 それはまるで人のような形になって、俺の頬に触れる。
 でも触られている感触はなくて、本当に触れているのかどうかさえ分からなくて。

「じきに分かる」

 するりと頬を撫でて、それは目の前から消えていく。
 まるで幻を見ていたように。

(俺は……)

 一気に体から力が抜け、その場に立っていることすらできなくなる。
 瞼が下りる寸前、ぼんやりと見える視界の中で、誰かが駆け寄ってきたのが見えた。

(準、)





 最近、気を失っては夢を見て。
 その繰り返し。

 夢の中にはいつも準がいる。
 この普通ではない不思議な現象に出くわしてからは、現実でも夢の中でも準とふたりっきりで過ごす時間が増えた。
 自分に起こることへの戸惑いを隠しきれない俺を、準はいつも気遣ってくれる。
 幻想の姿でも、現実の姿でも。

 俺はそのたびに準のことをもっともっと好きになっていって。
 でも、力強いまっすぐな目が俺を見るたびに、俺は罪悪感でいっぱいになって。

(わかってる、きっと、俺がズルをしているから)

 ずっと自分のそばにいてくれた準を自分だけのものにするために、俺は悪いことをしている。
 自分の力だけで彼のそばにいるのではない。
 そのために、きっと俺は許されないことをしている。
 その自覚はあったけど、もう後には引けない気がしていて。

(それでもそばにいたい。人に取られたくない)

 燃えるような残照の中で、自分の前を歩く彼の姿。
 俺はきっと、その影の中でしか生きられない。彼を失った俺はきっと一瞬で灰になってしまう。

「穂高」

 全身に力が入らない。
 崩れおちる俺を、準が心配そうに見つめている。この間と同じように間近で。

(うれしかった、あのとき)

 あんなに近くで顔を見たのは初めてだった。
 話をしているときに距離が近いこともあるが、いつも照れくさくてしっかりと見られなくて。
 準の見た目を好きになったわけではない。だけど、準に人を惹きつける魅力があることはわかっている。
 自分を心配そうに見ていた瞳も、意外と長いまつげも、少し薄めの唇も。自分を支えてくれていた腕の温かさや力強さも、全部記憶した。
 あの日以来、俺は準に心配をかけてしまった申し訳なさと、それを上回る多幸感に満たされている。

「俺は幸せだよ。たとえこの後自分が無事でいられなかったとしても……それでもいい」
「穂高……?」
「それよりも、君を失うほうがよっぽど怖い。だから、だから……」

 なんとか手を伸ばして、自分を見つめる準の頬に触れる。
 あたたかくて滑らかなその感触は、まるで夢とは思えないほどにリアルで。

「…………あれ?」

 俺の頭の中は一瞬で真っ白になる。
 たしかに今、俺は準の頬に触れた。夢じゃない。現実の準に触れたのだ。

「……!?」


 いつの間に目を覚ましていたのだろう。
 周りを見渡すと、そこは自分が気を失った保健室のまま。気がつくと俺はベッドの上にいた。
 即座に触れていた手を引いたが、俺に触れられた準のほうは傍らで目を丸くさせている。

「あ、あれ、俺、なんで……どうして」
「たしか今は保健室誰もいなかったよなと思って、心配でついていこうと思ったら穂高が倒れてて……」

 気を失う前に駆け寄ってきたのも、きっとベッドまで自分を運んでくれたのも準だろう。
 そう、悪魔と話していて、話をはぐらかされてしまって。
 そのあと夢の中の準に触れていたはずなのだが、気が付いたら現実の準に触れてしまっていた。

「あの、ごめ、俺、さっき何か言ってた?」
「……うん」
「ね、寝言だから……!ごめん、なんでもない……」

 すかさず苦しい言い訳をしたが、準は腑に落ちない表情をしている。
 どこまで聞かれてしまったのだろうか。
 触れてしまったがきっと名前は出していないはずだ。変に思われていないことを祈るしかない。

「……穂高、やっぱり最近何かあったんじゃないか?」

 声色からも、準が本気で俺を心配してくれているのが伝わってくる。
 直近で二度も友達が倒れていたら心配になるだろう。俺だって逆に準がこんなふうに倒れていたらきっと不安で夜も眠れない。
 かといって悪魔の存在や、いま自分がしていることを話してしまうわけにもいかない。
 それに、自分でもどうして倒れてしまうのかわかってすらいない。普通じゃない力の代償なのかもしれないが、それすら自分の想像でしかない。

「なんでもないよ、疲れてるだけだと思うから……」
「いくら疲れてるって言っても、急に倒れてるなんて普通じゃないだろ」

 俺のことを変に思うどころか、準は俺のことを気遣ってくれている。日頃はきりっとした顔立ちが憂慮で浮かない表情になってしまっているほどに。
 それが俺にとって何よりもうれしくて。
 自分の愛する相手が心から自分のことを心配してくれている。その喜びに、また仄暗い感情がじわじわと溢れ出てくる。

「俺にできることだったらなんでもするからさ。心配なんだよ」
「準……」
「困ったことがあったら頼ってほしいんだ」

 いつだって人に囲まれ、慕われる準。
 その準を今、俺は帰り道以外でも独り占めしている。

(好きだ)

 いつも抑えてきた、自分の中で逆巻く彼への想い。
 欲張ってしまってもいいのか。今までだって充分だったはずなのに、もっと欲しくなる。
 いま、準は自分の手の届く場所にいるのだ。
 帰り道だけじゃ足りない。登校時間だけじゃ足りない。二人だけでいられる時間を、彼が自分のことだけを考えてくれる時間を、もっと、もっと!

「準、」

 震える手で彼の袖口を掴む。
 そばにいてほしい、どこかに行かないでほしい、そう思った気持ちの表れだったのかもしれない。

「好きだ」
「え?」
「俺、準のことが好き……ずっと、ずっと好きだった」

 もしも気持ちを伝えるとしたら、どんな言葉で伝えるだろう。どんなシチュエーションで伝えるだろう。
 この拗らせた思いを伝えるときのことを、今まで何度だって考えてきた。だけど、それは絶対に来ないんだとずっと自分で自分を嘲り笑っていた。
 だって、伝えてしまったらきっと自分の幸せは終わってしまうから。

 だけど、そのときは突然やってきて。
 考えていた言葉はなにひとつ出なくて。俺はただ、自分の中で燻る最も強い想いを、彼にぶつけただけだった。