憑依未満の夏葬

ヒューゴは一瞬躊躇したけど、しかたなさげに口を開けた。
伏し目がちの色気漂うしぐさにドキッとする。
あーんと開いた口に和三盆をぽいと入れる。
ヒューゴは食べる真似をして口を閉じたが、お菓子は体を通り抜けてベッドにぽとりと落ちた。
ふたりで落ちたお菓子を見つめる。
勢いでやってみたけど、やっぱりむなしかったかも……?

「は……はは、やっぱり難しいよね。ごめん、無理やりこんなこと」
『や、べつに。無理じゃねーし、なんか甘かったかも。気分だけでも味わえたしありがとな』

ヒューゴは撫でるふりをして、俺の頭の上でさわさわと手を動かした。
しくじった俺を慰めるみたいに。まるで子供だ。穏やかな微笑みを向けられ、全身がカッと熱くなる。

急に鼓動が速くなって、こころなしか呼吸が苦しくなった。
ヒューゴは本当に十八歳で、不良だったのかな。一歳しか違わないのに、随分とおとなっぽい。

『凪の体温あがってね?』
「っそ、そんなことないし! これ、俺が食べるね!」

声がうわずった。おかしな自分を見られたくなくて、うつむいたまま落ちた和三盆を拾おうとしたらバランスを崩した。

「わっ」
『あ、おいっ』

とっさに手を出したヒューゴが支えてくれたが、お菓子の上に手をついてしまい、脆い砂糖菓子は簡単に崩れて粉々になった。一粒無駄にしてしまった。なんてもったいない。

「ごめん、ありがと。あーあ、やっちゃった」

立ち上がりゴミ箱を引き寄せると、手の平についた砂糖を払って落とした。ベッドの上の残骸も片付けていると、ヒューゴは自分の手のひらを見つめたまま固まっていた。

「どうしたんだ?」
『今……触らなかったか?』
「え?」
『俺、さっき凪の前に手をだして……それで……それでお前に』

言われて、その違和感に気が付いた。
――そうだ。〝ヒューゴが支えてくれた〟って、思ったじゃないか。

倒れそうだった体を支えたのはヒューゴの逞しい腕だった。一瞬だったけれど、その存在を肌で感じていた。

「さ、触ってた……!」
思い違いじゃない。

触れたであろう胸と肩のあたりを撫でて確かめる。思い起こそうとすれば、ヒューゴの感触は簡単に反芻できた。
幽霊が、実体化してきている?
もしかしたら、ヒューゴは幽霊じゃないってこともありえるとか?

例えば生霊で、どこかで生きてる人なのかも。いや、でもヒューゴは自分で死んだって言っていたし、制服のことはどうやって説明するんだ。学校にはヒューゴって名前の生徒はいなかったじゃないか。

必死で考える俺の前で、ヒューゴも眉を顰めていた。

『試させて』

緊張の面持ちだ。
ヒューゴが手のひらを見せたので、俺も合わせるようと手を差し出す。

ごくりと唾を飲み込んだ。
ゆっくりゆっくり近づいて、重なる直前にいつも通りぞわっとした空気の動きを感じ取る。
触れる瞬間、緊張がピークに達する。

――しかし、あっけなく互いの手は突き抜けた。

「――あ……」

ヒューゴがわかっていたと納得するかのように、鼻だけでため息をつく。
がっかりしたような、ほっとしたような。

胸の奥が、じんわり緩む。
触れるようになるのはいいことのような気がするのに、変化が怖くもあった。

ヒューゴをどうにかしてやりたい。
けれど、下手に踏み込めば、ふっと消えてしまいそうで怖い。

――せっかく仲良くなってきたんだから、急にいなくなるのだけは勘弁してほしい。

もう友達だし。こっちにも気持ちの整理が必要だし。
そんなことを思うのは間違っているんだと思う。でも、やっぱりヒューゴのことをわかってから、ちゃんと準備をして送り出してやりたい。

『気のせいか』

がっかりした様子のヒューゴをみて胸が痛んだ。
俺は自分のことばっかりだ。
ヒューゴは記憶も実態もない自分に不安を感じているだろうから、変化は喜ばしいものかもしれないのに。

「わかんない。でも、やっぱり触れないね」

何度試しても互いに体は触れずに突き抜けてしまう。

でも、確かにさっきは腕の感触があったと思ったのに……。ふたりして勘違いするなんてこと、あるんだろうか。

『凪といると不思議なことばかりだな。俺は凪と会うまで、どこで何をしていたのか覚えてない。ずっと思考もなく、雲みたいに漂ってた。でもあの日、凪が見てくれた瞬間に、“俺”って形ができて、名前も思い出した。それから、たくさん話せるようになった』

ヒューゴは『はぁー』と大きく息をつきながら大の字になって空中で寝そべる。

「それ、俺のセリフなんだけど。俺じゃなくて、ヒューゴが不思議な存在なんだよ」

なんだか今日はドキドキとかびっくりとか、心臓が驚いてばかりで疲れた。
俺も深く息を吐き出しもう一度ごろんと横になると、ぴったりとヒューゴの気配が寄り添う。

『そりゃそうだ』

クク、とヒューゴが笑うのに合わせて背中の空気が揺れた。