憑依未満の夏葬

「なぁ、高槻住職が言ってた〝離れがたい〟って、いったいどういう意味かな?」
『そのまんまだろ』
「意味わかんないけど。魂くっついてるとかかな?」

離れがたい、ハナレガタイ。辞書を引いてもわからなかった。

『さぁ』
「さぁって、ヒューゴだってわかってないじゃんか」
『わかんねぇけど、凪の近くは心地いいとは思う』

急に素直な感想がきてどきりとした。そのまま、心臓の音が大きくなる。
なんでこんなに動揺してるんだ?

「あ、ち……小さい頃からお経聞いてたから、俺に浄化作用があるとか」

恥ずかしさを誤魔化すように笑った。

『知らね。お経とかまったく効かねーもん』
「……確かに、これまで仕事中に一緒に聞いてても、何の変化もなかったもんな。例えば、気持ちが落ち着くとかもなかった?」

本来、読経は魂を送り出すものじゃなく、故人と残された人の心を整え、死と向き合うための道筋を示すものだ。

『よくわかんね。凪のまわりの空気はあったかい感じはするけど』
「――」
『なんで顔赤いの?』

ヒューゴが顔を覗き込んできた。
そんなの、自分だってわからない。
きっと、褒められ慣れてないせいだ。

「安心する」なんて言われたら、そりゃ照れる。

「べ、べつに」

おにぎりを半分に割ると、お弁当の蓋にのせた。卵焼きと豚の生姜焼きのおかずも取り分けて同じようにすると、ヒューゴのほうにずいっと差し出した。

『なにこれ』
「ヒューゴのぶん。一緒にたべよ」
『だから俺、食えねぇんだって』
「それでも、いっしょに楽しめたらなって。匂いとかもわかんない?」

聞くと、ヒューゴはおかずに鼻を近づけて『うーん』と呻る。

『わかるような、わからないような。生姜焼きの記憶だけ残ってる感じ。こういうのって、米に箸を刺すんじゃなかったっけ。そうしたら、俺も食えたりして』
「ああ、枕(まくら)飯(めし)のことか。亡くなったあとにあの世へ行く、出発前の食事として用意されるもので、旅支度みたいなものなんだよ。弔いの意味合いが強いから、今のヒューゴにはちょっと違う気がして」

枕飯は茶碗にご飯を山盛りよそって、そこの中央に箸を一善立てたものだ。地域によっては箸一本になるとか、団子や水を添えるところもあると聞く。

『ふうん。俺を弔ってくれないの』
「違うよ。ヒューゴは今すぐ成仏ってわけじゃないだろ。だから……」
『成仏、してほしくないんだ』
「違うって、してほしいけど! もう少しお互いをわかってからでもいいじゃん、せっかく仲良くなってきたんだしっ……!」

からかい気味のヒューゴにやけになって言い返していたが、はたと口を閉じる。
仲よく? 幽霊と? わかりあう?
俺はなにをいっているんだ?
自分のセリフに唖然としていると、ヒューゴはお腹を抱えて笑い出した。

『――あー……卵焼き、うまいかも』

少ししてから、ヒューゴが呟いた。
食べるそぶりもしないし、おかずを見てもいない。
どうやって食べたんだろう。

ヒューゴは、本当に味を感じられているんだろうか。