他の人には見えないんだから気にしなければいいのに、学校では話さないって伝えても、ヒューゴはお構いなしに何かと声をかけてくるからついつい返事をしちゃうんじゃないか。
そのたびに周囲のこいつ大丈夫かみたいな視線を浴びて、毎回慌てて誤魔化すのがしんどくなった。昼めしくらいは気を張らずにリラックスしたい。
でも、付き合い悪いと思われるのは嫌だし、はやく成仏させないと友達を無くしそうだ。
『住職って昨日の、あの? あいつなんかやな感じ』
ヒューゴがあからさまに嫌そうな顔をした。
市内にある灯心寺(とうしんじ)の住職、高槻さんは六十二歳。水無瀬葬祭とは長くお付き合いのある人だ。
中肉中背で短く整えた白髪混じりの髪。どこにでもいそうなおじさんだが、柔らかい物腰の中にどこか厳かな雰囲気を持っている。
昨夜のバイト中、式が始まる前に、「……ずいぶんと離れがたい様子ですね」と声を掛けられた。
高槻住職はどうやらヒューゴの存在を感じ取っているようだ。
――そう思わずにはいられなかった。
すべてを見透かすような視線を怖く感じたことがあって、父さんもあの人は本物だぞ、だなんて言っているのを聞いていたが、本当に視える人だったようだ。
ヒューゴは高槻住職を見ると突然牙を剥いたように気配を変えて、俺を取り囲んだ。
俺は住職の言葉は勿論だが、それよりも抱きしめられているような感覚に動揺して、ひとまず曖昧に笑って誤魔化したが――それでよかったんだろうか。
ヒューゴと逃げるようにその場を離れたが、高槻住職はそれ以外何も言わなかったし、こちらを気にしてもいなかった。
葬式のついでに一緒に成仏させることも出来たんじゃないかと思うのに、なんでしなかったんだろう。難しいのか、そもそもそんなことできないとか?
何より意味がわからないのは、ヒューゴが消えずにいることに、少しだけ安堵している自分だった。
ヒューゴの存在はわけわからないし、憑りつかれているのも意味不明で理不尽だ。
――けれど、このまま消えてしまうのを受け入れられるほど、割り切れてもいなかった。
だって、まだ何もわかっていない。
どうして俺がいないと姿を保てないのか、俺とヒューゴの関係って?
考えても考えても答えはでない。
お弁当には、こぶし二つ分はありそうな大きなおにぎりが入っている。
ラップを剥がしてかぶりつく。今日の具は最近ちょっと嵌っているミートボールだ。
我が家では、お弁当のごはんだけは自分で用意する決まりだ。
といっても、おにぎりなんてラップで丸めるだけだから簡単だけど。
「だってさ、俺、霊とか見るの初めてだし。何をどうしたらいいかわかんないんだもん」
ヒューゴは食べなくてもいいみたいだが、食事ができないことがつまらないようで、いつもため息をつきながら周辺を飛びまわって気を紛らわせていた。
『あいつ嫌い』
「なんでだよ。話したこともないのに好きも嫌いもあるか。ヒューゴのこと調べてくれるかもじゃん。ずっとこのままでいいわけないし、もしかしたらこの状況ってヒューゴにとってよくない状態なのかもよ?」
『俺にとって?』
「そうだよ。悪霊になっちゃうとか、あるかもじゃん」
『悪霊じゃないってわかんの? 今も魂取ってやろうとか企んでるかもよ?』
指摘されて、うっと言葉を詰まらせる。
自信はないけれど、邪悪なものじゃないことくらいは感じられる。
「ヒューゴは……悪い奴じゃない……だろ?」
確たる証拠はないので探りながらぼそぼそと言い返すと、ヒューゴはふっと笑った。
『まぁ、自分でも悪い存在ではないと思ってるけどね』
――自覚があるならなによりだ。
「俺のせいで、成仏できない可能性もあるじゃん……だから、相談したらなにかわかるかなって」
一番の不安はこれだ。
ここ最近の自分の行動を振り返ったが、神も死者も冒涜するような真似をしていない。
でも、自分がヒューゴを縛っているって可能性もゼロじゃなくて、もしそうだったらどうしたらいいんだろう。俺は、こいつに何をしてあげられる?
過去の葬儀履歴も調べようとはした。
でも、履歴は喪主名で管理されているから、片っ端からファイルを開いて故人名を確認するしかない。
そのうえヒューゴは苗字も漢字もわからない。さすがに手がかりが少なすぎた。
棒大な資料の中から探すのはとんでもなく時間が必要で骨が折れそうだった。
現状アルバイトだから閲覧権限もないうえに、どうにかして見れるようにしたとしてもそんな長時間顧客情報を漁っていたら何してるんだって怪しまれるだろう。
そもそも、水無瀬葬祭にヒューゴのデータがあるかどうかもわかっていない。
『凪のせいじゃない』
「そんなことわかんの?」
『勘だけど……でもぜったい凪が原因じゃない』
「なんだそれ。矛盾してるし」
噴き出すと、ヒューゴも笑った。
『相談しなくても、自分たちで調べればいいじゃん。俺だって思い出すようにするし』
「そうだけど、時間かかるし。高槻住職は会社が懇意にしいてるから、俺と一緒にいるかぎり頻繁に会うと思うよ……?」
『げ~』
始めは霊そのものって感じで声が響いたり姿がゆらめいてたけど、会話をすればするほどヒューゴは人間らしくなって、いまじゃ仕草、態度は同級生とまったく一緒で違和感ない。
そのたびに周囲のこいつ大丈夫かみたいな視線を浴びて、毎回慌てて誤魔化すのがしんどくなった。昼めしくらいは気を張らずにリラックスしたい。
でも、付き合い悪いと思われるのは嫌だし、はやく成仏させないと友達を無くしそうだ。
『住職って昨日の、あの? あいつなんかやな感じ』
ヒューゴがあからさまに嫌そうな顔をした。
市内にある灯心寺(とうしんじ)の住職、高槻さんは六十二歳。水無瀬葬祭とは長くお付き合いのある人だ。
中肉中背で短く整えた白髪混じりの髪。どこにでもいそうなおじさんだが、柔らかい物腰の中にどこか厳かな雰囲気を持っている。
昨夜のバイト中、式が始まる前に、「……ずいぶんと離れがたい様子ですね」と声を掛けられた。
高槻住職はどうやらヒューゴの存在を感じ取っているようだ。
――そう思わずにはいられなかった。
すべてを見透かすような視線を怖く感じたことがあって、父さんもあの人は本物だぞ、だなんて言っているのを聞いていたが、本当に視える人だったようだ。
ヒューゴは高槻住職を見ると突然牙を剥いたように気配を変えて、俺を取り囲んだ。
俺は住職の言葉は勿論だが、それよりも抱きしめられているような感覚に動揺して、ひとまず曖昧に笑って誤魔化したが――それでよかったんだろうか。
ヒューゴと逃げるようにその場を離れたが、高槻住職はそれ以外何も言わなかったし、こちらを気にしてもいなかった。
葬式のついでに一緒に成仏させることも出来たんじゃないかと思うのに、なんでしなかったんだろう。難しいのか、そもそもそんなことできないとか?
何より意味がわからないのは、ヒューゴが消えずにいることに、少しだけ安堵している自分だった。
ヒューゴの存在はわけわからないし、憑りつかれているのも意味不明で理不尽だ。
――けれど、このまま消えてしまうのを受け入れられるほど、割り切れてもいなかった。
だって、まだ何もわかっていない。
どうして俺がいないと姿を保てないのか、俺とヒューゴの関係って?
考えても考えても答えはでない。
お弁当には、こぶし二つ分はありそうな大きなおにぎりが入っている。
ラップを剥がしてかぶりつく。今日の具は最近ちょっと嵌っているミートボールだ。
我が家では、お弁当のごはんだけは自分で用意する決まりだ。
といっても、おにぎりなんてラップで丸めるだけだから簡単だけど。
「だってさ、俺、霊とか見るの初めてだし。何をどうしたらいいかわかんないんだもん」
ヒューゴは食べなくてもいいみたいだが、食事ができないことがつまらないようで、いつもため息をつきながら周辺を飛びまわって気を紛らわせていた。
『あいつ嫌い』
「なんでだよ。話したこともないのに好きも嫌いもあるか。ヒューゴのこと調べてくれるかもじゃん。ずっとこのままでいいわけないし、もしかしたらこの状況ってヒューゴにとってよくない状態なのかもよ?」
『俺にとって?』
「そうだよ。悪霊になっちゃうとか、あるかもじゃん」
『悪霊じゃないってわかんの? 今も魂取ってやろうとか企んでるかもよ?』
指摘されて、うっと言葉を詰まらせる。
自信はないけれど、邪悪なものじゃないことくらいは感じられる。
「ヒューゴは……悪い奴じゃない……だろ?」
確たる証拠はないので探りながらぼそぼそと言い返すと、ヒューゴはふっと笑った。
『まぁ、自分でも悪い存在ではないと思ってるけどね』
――自覚があるならなによりだ。
「俺のせいで、成仏できない可能性もあるじゃん……だから、相談したらなにかわかるかなって」
一番の不安はこれだ。
ここ最近の自分の行動を振り返ったが、神も死者も冒涜するような真似をしていない。
でも、自分がヒューゴを縛っているって可能性もゼロじゃなくて、もしそうだったらどうしたらいいんだろう。俺は、こいつに何をしてあげられる?
過去の葬儀履歴も調べようとはした。
でも、履歴は喪主名で管理されているから、片っ端からファイルを開いて故人名を確認するしかない。
そのうえヒューゴは苗字も漢字もわからない。さすがに手がかりが少なすぎた。
棒大な資料の中から探すのはとんでもなく時間が必要で骨が折れそうだった。
現状アルバイトだから閲覧権限もないうえに、どうにかして見れるようにしたとしてもそんな長時間顧客情報を漁っていたら何してるんだって怪しまれるだろう。
そもそも、水無瀬葬祭にヒューゴのデータがあるかどうかもわかっていない。
『凪のせいじゃない』
「そんなことわかんの?」
『勘だけど……でもぜったい凪が原因じゃない』
「なんだそれ。矛盾してるし」
噴き出すと、ヒューゴも笑った。
『相談しなくても、自分たちで調べればいいじゃん。俺だって思い出すようにするし』
「そうだけど、時間かかるし。高槻住職は会社が懇意にしいてるから、俺と一緒にいるかぎり頻繁に会うと思うよ……?」
『げ~』
始めは霊そのものって感じで声が響いたり姿がゆらめいてたけど、会話をすればするほどヒューゴは人間らしくなって、いまじゃ仕草、態度は同級生とまったく一緒で違和感ない。



