先生が笛をふくと、新たに試合が始まってバスケットボールの弾む音が体育館に響いた。
俺は自分の出番を終え、クラス男子を半分ごとに分けた別のチームと交代をする。
湿気がひどくそれほど動いていないにも関わらず汗だくだ。へとへとになって休憩場所までもどると、用意していたタオルを首にかけて汗を拭った。
『お前ってけっこうどんくさいのな』
隅までいき、壁を背に休憩に入るとヒューゴがかわいそうだと言わんばかりの同情を見せた。
くそう。幽霊に馬鹿にされるなんて。
俺のまわりでぷかぷか浮いている幽霊の名前はヒューゴという。
名前以外は曖昧で、苗字も漢字も思い出せないらしい。
葬儀場で再会? してから一週間。こいつは寝ても覚めても俺から離れてくれない。
葬儀場だけに留まる地縛霊かと思ったらそうでもなくて、あのあと家まで付いて来て、それからずっと一緒にいる。
家でも学校にも、どこにでもついて来て、これは憑りつかれたと言わずになんと言おう。
風呂やトイレの個室まで入って来ようとするから困ったものだ。最初は驚いて悲鳴をあげたくらいだ。今はなんとか交渉してさすがに外で待っていてもらっているが、ヒューゴは片時も離れていたくないと言い、隙さえあらば鍵をかけた扉を通り、抜けてぬっと顔をだしてくるので、気持ちが休まらず頭を悩ませている。
ヒューゴはひと言でいえばかっこいいやつだった。
百八十センチはありそうな背丈に、金髪でがっちりとした体をしている。
見た目は運動神経が良さそうではある。こいつみたいに背が高ければバスケも有利だったのに。
捲り上げられた長袖のシャツから、逞しい腕が視界に入る。
よく見ると腕には火傷で引き攣れたような皮膚と、切り傷のような傷跡がいくつか残っている。死んだ時の傷かはわからないと言っていたが、風貌から察するに、もしや元々不良で喧嘩ばかりしていたんじゃないのかなんて思っている。
自分より1.5倍くらいは太そうな腕が少々羨ましくもある。鍛えられているなぁだなんて感心してから、すぐに自分の考えが変なことに気が付き首を傾げた。
幽霊に筋肉質とかあるのか?
「うるさいな」
ぼそっと言い返すと、近くにいたクラスメイトがこっちを見た。
「え、何? なんか言った?」
「ううん。ひとりごと」
まずいまずい、気をつけなきゃ。
ヒューゴは他の人に見えないし話していることも聞こえないから、周りから見たら宙を見つめながら独り言を話すおかしな奴になってしまう。
『ははは』
ヒューゴの問いかけに思わず答えてしまい、その度にごまかしている俺を馬鹿だな、とヒューゴは笑う。
睨んでみるが、彼には何の効果もなさそうだ。
だいたいせっかくボールをもらっても、ヒューゴが『あいつにパスをまわせ』だの『フェイントで抜けてシュートだ』とか隣でうるさいから、余計に混乱してうまく動けなかっただけなのに。
葬儀場で思わず話しかけてからというもの、ヒューゴの姿はより鮮明になって、会話までできるようになった。見える俺からしたら、普通の人間と見分けがつかないくらいはっきりとしている。
どういうしくみなのかはわからない。
ただ、俺が見たり話しかけたりしないと、ヒューゴの姿はすぐに薄くなってしまうらしい。
これは数日一緒にいてなんとなくわかったことなのだが、俺が寝て起きるとヒューゴの姿が揺らいでいるので、見られていないと消えてしまう、というルールがありそうなのは、あながち間違った解釈ではないと思う。
葬儀場で不安定だったのは、会話をしていなかったし、俺が無視をして視界に入らないようにしていたから、消えそうになっていたのかもしれない。
消えると言っても、消滅とか成仏じゃなくて、形のない魂が彷徨っているような状態のようだ。
つまり、見えなくなるけどそこにはいる、という状態。
ヒューゴは悪い奴でもなさそうだけど、俺と話すと姿を維持できるってことは、俺があいつの栄養になっているからだったりしてとも考えている。
もしかしてエナジーとか寿命とか、吸い取られてないか? って思ったけど、特段、体力が落ちて睡眠時間が増えたってことはないし、食欲がないなんてこともなく、出会う前となんら変わらないのでその説はあまり有力ではない。
そんな感じでなんにもわからないのは、ヒューゴの記憶が曖昧で、すべてを覚えていないからだ。
けれど、ひとつわかっているのが、やっぱりこいつが通っていた学校は俺と同じ高校だということ。着ている制服が似てるなぁと思っていたが、シャツに刺繍された校章が同じだったのが決め手だ。
在校生を調べたらヒューゴって名前の生徒はいなかった。ここ最近生徒が亡くなったなんて話も聞いていない。もし死亡事故があれば学校は大騒ぎになるだろうし、そんなニュースは聞いたことがない。
それに、そもそも、学校は染髪禁止だ。
あんな目立つ髪、一度見たら忘れない。
それなのに記録にないのだから、やっぱりもう少し年上の年代なのかも。
学年主任とか、長く勤めてそうな先生に聞けば、なにかわかるだろうか。
ともかく、朝から晩まで幽霊にひっつかれてたまったもんじゃないけど、ヒューゴに必要とされているとなれば邪険にはできない。
くっついている以外には困ったことはなくて、ぶっちゃけ友達みたいで面白いときもある。
頼られたら助けてやりたいって思うし……。
「はぁ。やっぱり住職さんに相談してみよっかなぁ」
体育を終え昼休みに入ると、空き教室にこそこそと移動し弁当を広げる。これまでは教室か日当たりのいい中庭がお気に入りだったけど、こいつが来てからは人目につかない場所を選んでお昼休憩をとっている。



