「最近はお変わりありませんか」
これは高槻住職のいつもの挨拶だ。体調はどうだとか、学校はどうだって意味でこうやって声を掛けてくれる。
しかし今日に限っては、何のことを聞かれているのだろうと身構えた。
「ええと、はい。元気です」
俺も、ヒューゴも元気ではある。
無難に答えると、高槻住職はふふと笑った。
「……ひとつ、よろしいですかな」
そして、目を眇める。
俺はヒューゴの手をぎゅっと握ると、ごくりと唾を飲みこんだ。
「私には、それは視えていません。ただ、存在を感じるだけです」
そう言いながら、俺の顔ではなく、その“向こう側”を見ているようだった。一拍置いてから、静かに続ける。
「私は何かわからないものを供養することはできません。祓うことはいくらでもできますがね」
「出来ないん……ですか?」
「ええ、特に彼は、とても曖昧です。しかし、以前より存在感が増すようになりました。存在には、記憶が必要です。ただ漂っていたものが自我を取り戻してきたのではないでしょうか。……お菓子をお送りしたんですが、召し上がっていただけましたかな」
和三盆のことだ。
「あの、食べました。僕も彼も……悪い物じゃないですよね……?」
「ええ、もちろん。ちょっと祈祷をし力を込めただけです。凪さんとそれの手助けになればいいと思いまして。栄養ドリンクみたいなものですかね。どうでしたか?」
思った通りだ。やっぱりあれには高槻住職が細工をしていた。
ヒューゴは黙って聞いている。
気になっていたことが解明し、ほっと息をつく。
正直に言うのは心配だったが、住職に嘘をつくのは嫌だったので素直に答える。
「はい……彼の出来ることが増えました。その、俺に触れる事、とか」
様子を窺いながら伝えると高槻住職は嬉しそうにした。
「素晴らしい。じゃあ成功ですね。脆い存在であったそれを形にすることができるのかと、興味があったんですよ。――しかし、今日はさらに不思議ですね。そのあなたから離れない何かの中に、凪君の気配を感じる。今、それがとても強い」
どきりとする。
まさか、昨晩体を重ねていましたとは言えず、だらだらと汗を流した。
「そして、凪君の中にもこれまでにない気配があります」
さらに体を跳ね上げる。
体の中に、ヒューゴの気配がある⁉
そろりと背後の様子を伺うと、ヒューゴも興味津々で『へー』と声をあげた。
『俺がだしたのは実体ないんだと思って残念だったけど、しっかり吸収してるみたいじゃん』
後ろから手が回り、臍の下を円を描きいやらしく撫でる。ついでに首筋も唇で撫でられ背中をぞくぞくとさせた。
「あ、ヒューゴやめろってば」
叱ってから、はっと口を閉じる。
名前を知られて良かったのか?
「なんとなく男性かと思っていましたが……知っても今のところはなにもするつもりはありませんから、安心してください」
「……そうなんですか?」
「ええ、悪いものではないものを、しかも本人たちも困っていないものをわざわざ祓う必要はありませんからね。そんなことをしていたらきりがない」
確かに。
俺にはヒューゴしか見えないけれど、高槻住職にはもっとたくさんの怪奇が見えているのかもしれない。
「しかし、今後、凪君が不幸になるようなら別です」
笑顔のままだったが、一瞬で空気が張りつめる。視えないはずのヒューゴを高槻住職は目で制した。
ヒューゴも途端に天敵に合った猫のように毛を逆立てる。
『凪を大切にしないわけがないだろ』
舌打ちとともに吐かれた反撃を嬉しく思ってしまい、場違いな感情が溢れでて、それを誤魔化そうと目をきょろきょろとさせた。
「おやおや」
この複雑な感情を高槻住職には見透かされているみたいだ。恥ずかしさに視線を伏せる。
ヒューゴが見るのも、縋るのも、必要だと思うのも、俺がいい。
そんな風に思うこの気持ちは、これは……。
ヒューゴをのことを考えると心臓がうるさくなる。胸のあたりのシャツをぎゅっと握りしめた。
高槻住職と別れ、また祭りをしばらく楽しんでから帰路に着く。
帰りはバスで帰るため、とりあえず駅まで歩いて向かった。
祭り客の帰宅ラッシュが始まっていてとても混んでいた。混雑がしている場所でも、ヒューゴのいるスペースはどうしてか誰も立ち入らないから不思議だ。
霊感とかなくても、本能で誰かいると感じるているのかも。
駅前のバス停に着いたが、待つ人の列は伸びていてすぐには乗れそうもなく、何本か待たなければいけないようだ。
さすがにここで独り言を言うわけにもいかず、大人しく待っているとどこかで聞いたことのある甲高い声が耳に入った。
そちらに視線を向けると、中年の男女が歩いている。俺でもわかる高級ブランド品に身を包んでいるが、上品な感じはしなかった。
どこかで、会ったことがある人だろうか。
顔を見てもパッと誰かは浮かばない。
男女は喋りながらこちらの方角に向かって歩いてきて、ふたりは俺の視線には気が付かず横を通り過ぎた。
その時、ヒューゴの空気がピリッと鋭くなる。これは緊張や恐怖だの感情だ。
「あっ……」
ヒューゴに出会ってすぐの頃、よく見ていた夢が走馬燈のようにながれる。
【やっと死んでくれた】
そう、言っていた女だ。
これは高槻住職のいつもの挨拶だ。体調はどうだとか、学校はどうだって意味でこうやって声を掛けてくれる。
しかし今日に限っては、何のことを聞かれているのだろうと身構えた。
「ええと、はい。元気です」
俺も、ヒューゴも元気ではある。
無難に答えると、高槻住職はふふと笑った。
「……ひとつ、よろしいですかな」
そして、目を眇める。
俺はヒューゴの手をぎゅっと握ると、ごくりと唾を飲みこんだ。
「私には、それは視えていません。ただ、存在を感じるだけです」
そう言いながら、俺の顔ではなく、その“向こう側”を見ているようだった。一拍置いてから、静かに続ける。
「私は何かわからないものを供養することはできません。祓うことはいくらでもできますがね」
「出来ないん……ですか?」
「ええ、特に彼は、とても曖昧です。しかし、以前より存在感が増すようになりました。存在には、記憶が必要です。ただ漂っていたものが自我を取り戻してきたのではないでしょうか。……お菓子をお送りしたんですが、召し上がっていただけましたかな」
和三盆のことだ。
「あの、食べました。僕も彼も……悪い物じゃないですよね……?」
「ええ、もちろん。ちょっと祈祷をし力を込めただけです。凪さんとそれの手助けになればいいと思いまして。栄養ドリンクみたいなものですかね。どうでしたか?」
思った通りだ。やっぱりあれには高槻住職が細工をしていた。
ヒューゴは黙って聞いている。
気になっていたことが解明し、ほっと息をつく。
正直に言うのは心配だったが、住職に嘘をつくのは嫌だったので素直に答える。
「はい……彼の出来ることが増えました。その、俺に触れる事、とか」
様子を窺いながら伝えると高槻住職は嬉しそうにした。
「素晴らしい。じゃあ成功ですね。脆い存在であったそれを形にすることができるのかと、興味があったんですよ。――しかし、今日はさらに不思議ですね。そのあなたから離れない何かの中に、凪君の気配を感じる。今、それがとても強い」
どきりとする。
まさか、昨晩体を重ねていましたとは言えず、だらだらと汗を流した。
「そして、凪君の中にもこれまでにない気配があります」
さらに体を跳ね上げる。
体の中に、ヒューゴの気配がある⁉
そろりと背後の様子を伺うと、ヒューゴも興味津々で『へー』と声をあげた。
『俺がだしたのは実体ないんだと思って残念だったけど、しっかり吸収してるみたいじゃん』
後ろから手が回り、臍の下を円を描きいやらしく撫でる。ついでに首筋も唇で撫でられ背中をぞくぞくとさせた。
「あ、ヒューゴやめろってば」
叱ってから、はっと口を閉じる。
名前を知られて良かったのか?
「なんとなく男性かと思っていましたが……知っても今のところはなにもするつもりはありませんから、安心してください」
「……そうなんですか?」
「ええ、悪いものではないものを、しかも本人たちも困っていないものをわざわざ祓う必要はありませんからね。そんなことをしていたらきりがない」
確かに。
俺にはヒューゴしか見えないけれど、高槻住職にはもっとたくさんの怪奇が見えているのかもしれない。
「しかし、今後、凪君が不幸になるようなら別です」
笑顔のままだったが、一瞬で空気が張りつめる。視えないはずのヒューゴを高槻住職は目で制した。
ヒューゴも途端に天敵に合った猫のように毛を逆立てる。
『凪を大切にしないわけがないだろ』
舌打ちとともに吐かれた反撃を嬉しく思ってしまい、場違いな感情が溢れでて、それを誤魔化そうと目をきょろきょろとさせた。
「おやおや」
この複雑な感情を高槻住職には見透かされているみたいだ。恥ずかしさに視線を伏せる。
ヒューゴが見るのも、縋るのも、必要だと思うのも、俺がいい。
そんな風に思うこの気持ちは、これは……。
ヒューゴをのことを考えると心臓がうるさくなる。胸のあたりのシャツをぎゅっと握りしめた。
高槻住職と別れ、また祭りをしばらく楽しんでから帰路に着く。
帰りはバスで帰るため、とりあえず駅まで歩いて向かった。
祭り客の帰宅ラッシュが始まっていてとても混んでいた。混雑がしている場所でも、ヒューゴのいるスペースはどうしてか誰も立ち入らないから不思議だ。
霊感とかなくても、本能で誰かいると感じるているのかも。
駅前のバス停に着いたが、待つ人の列は伸びていてすぐには乗れそうもなく、何本か待たなければいけないようだ。
さすがにここで独り言を言うわけにもいかず、大人しく待っているとどこかで聞いたことのある甲高い声が耳に入った。
そちらに視線を向けると、中年の男女が歩いている。俺でもわかる高級ブランド品に身を包んでいるが、上品な感じはしなかった。
どこかで、会ったことがある人だろうか。
顔を見てもパッと誰かは浮かばない。
男女は喋りながらこちらの方角に向かって歩いてきて、ふたりは俺の視線には気が付かず横を通り過ぎた。
その時、ヒューゴの空気がピリッと鋭くなる。これは緊張や恐怖だの感情だ。
「あっ……」
ヒューゴに出会ってすぐの頃、よく見ていた夢が走馬燈のようにながれる。
【やっと死んでくれた】
そう、言っていた女だ。



