憑依未満の夏葬

「え、ちょっ……そんなん無理……! あっ……」
『優しくする』

いや、すでに優しくない。寧ろ強引だから!

「ヒューゴっ」

幽霊とだなんて、できるわけない。
食欲も睡眠欲も無いくせになに、なんで性欲出してきてんの⁉︎

『やば、めちゃくちゃ興奮する』
「ひ……む、りだって……ああっ」

力も理性も弱々な俺は、いとも簡単にヒューゴに乱されていった。

***

夏祭りの会場は人で溢れていた。
道沿いにずらっと並ぶ屋台から、美味しそうな匂いが漂ってくる。ライトアップに一役買っている提灯が揺れ、遠くから太鼓と笛の音が聞こえた。屋台では盆踊りの音楽を流している店もあって、より雰囲気を盛り上げていた。

会場は高槻住職の務める灯心寺が中心となっているので、寺の敷地も開放され、境内も賑わっている。

日が沈みかけ、周囲は暗くなってきていた。みんな祭りに夢中で、ちょっと行動がおかしい奴や独り言が多い奴がいても、俺たちを気にするやつなんかいないだろう。

昨夜は散々な目にあったけど、こうして一緒に楽しめるのは悪く無い。
温度のない体に包まれているのに、どうしてか心は安らいだ。

正直、全身がとろけて、ヒューゴと融合するんじゃ無いかってくらい気持ちよかった。
キスもセックスも、初めてをささげたのが男で、しかも幽霊っていうのが信じられない。驚いたのは、ヒューゴの放った欲は確かに腹の奥で感じたのに、初めからなかったかのように痕跡が消えていたことだ。

あれはいったいどこに……?

ともかく、ヒューゴとの行為は嫌ではなく、喜びに満ちたものだったのだ。
浴衣で楽しむ人がたくさんいる。
和装も似合いそうだ。となりを歩くヒューゴを見上げる。

『どうした?』
「浴衣似合いそうなんだけど、着替えられないの?」

服を着たヒューゴはまた制服姿だった。
裸になれるなら、好きな服を着たりできないものなのか。

『魔法使いじゃないんだし』
「そっか」

ちょっとざんねんに思っていると、ヒューゴはポツリとつぶやいた。

『……これは死んだ時の服。それに縛られてるみたいだ』

あまりにもさらっと話すので、一瞬、意味を測りかねた。

――死んだとき。

まぁ、そうだよなっていうのが最初に思ったことだ。
ああ、やっぱりな。

やっぱりヒューゴは幽霊で、死んでたんだ。
葬儀場に現れた人外なんて、そりゃあほぼほぼ幽霊に決まってる。

でも、もしかしたら、どこかで生きてるヒューゴに会えるかもしれないって期待をしていたんだ。
もし生きてるのなら、全国の病院を渡り歩いてでも探し出す。それくらいの気持ちで。

いつのまにか、それくらい大切な存在になっていた。
ヒューゴは俺が認識していないと形を保てない。

糧になれるのは俺だけで、他の誰にも見えない、俺だけのヒューゴ。
そんな特別な関係だから、これからもずっと一緒にいられたらと願っていた。

――やっぱり、いつかは、消えてしまうのかもしれない。

『泣くなって』
「だって……」
『ひとりで泣いてたら迷子に思われるぞ』
「……それは恥ずかしい」

潤んだ瞳から、涙がこれ以上出ないように堪え、ずずッと一気に詰まった鼻をすする。

『だろ?』
ヒューゴは笑った。

くそ。
ひとりだけ勝手に納得してんなって。

ヒューゴは記憶戻った時に知って気持ちを整理できたのかもしれないけれど、俺は今、初めてヒューゴがこの世にいないんだって知ったのに。
そりゃあ、はじめは幽霊だって思って死亡記録とか調べてたけどさ。でも、いつのまにか大切な存在になってるし、いなくなったら寂しいとか思っちゃってるし!

気がつけばヒューゴのことばっか考えている。
だから、あっけらかんとするヒューゴにちょっとだけムカついた。

「……いつ、亡くなったの?」

それも聞いちゃダメなのかな。
できる限り弔ってやりたい。
様子を伺いながら聞くとヒューゴは黙ってしまった。

しばらくしてから口を開く。踏み込んだ質問だったので嫌な思いをさせてしまったかと思ったが、口調は穏やかだった。

『意外と、すぐだったよ』
「え?」
『ばーさんが死んでから、すぐ』
「どうして……」

そんな近い人が、立て続けに亡くなることがあるのか。いや、確率としてはゼロじゃないけれど……。

『射的だ』

返す言葉に困っていると、ヒューゴは並んだ屋台のひとつを見て、興味があるのかないのか分からない声で呟いた。
隣に立ったまま、俺は少し遅れて問いかける。

「好きなの?」
『さぁ。やったことないからわからない』
「俺もない。なぁ、やってみよっか」
『どうやって』
「一緒にコルク銃を持つとか」

俺の手の上から握って貰えば何とかできそうじゃないか? 我ながらナイスアイデアだ。
俺はヒューゴの手を握ると、もやもやした気分を振り払って、行こうと手を引っ張った。


「はい、じゃあこれ景品ね! いやあ、あの状態から倒れるなんて兄ちゃんついてるな! おめでと~」

屋台のおじさんから受け取ったのは、箱に入った飴だ。
手の平にぽんと渡され、俺は愛想笑いでうけとるとそそくさとその場を離れた。

「これってイカサマじゃない?」

屋台から距離と取るとこそこそと話す。

『ちょっと当たって揺れてたし、許容範囲だろ』

〝ついてる〟のは運じゃなくて幽霊だ。