憑依未満の夏葬

声を荒げたあとで、自分でも気まずくなる。
視線をどこに置けばいいのかわからず、落ち着かない。
この恥ずかしさをどうしたらいいのか、わからなかった。

『まぁまぁ、男同士なんだし気にするなって。俺もきにしていない。俺の名前呼んで可愛いなって思ったくらいだし』
「……っ」

わざと言っていないか?
ヒューゴはすぐに足を崩してあぐらをかく。

『それにしてもすごい作用だな。精力……じゃなくて生命力が滾ってるのを感じる』

気にするべきは、その効果だ。
和三盆を食べた時は、実体を保てていたのは十五分から三十分程度だったと思うが、一時間近く経っているのにずっとこのままだ。
ヒューゴは俺の後ろに回ると、背中から抱きついた。

「おい、やめろって」

首筋に唇が押し当てられ、くすぐったさに体を捩る。

『なぁ。どうして俺の名前呼んでたの』

一番触れられたくないことを聞かれ、俺は足をばたつかせた。

「そんなこと聞くもんじゃないだろっ」

この状況から逃げようと暴れるが、ヒューゴの力は強くてびくともしない。
くそぅ。――くそう! 体格の差が恨めしい。

『気になるし』
「忘れてくれ! 一時の気の迷いだ!」

ぺろりと首筋を舐められて、ひゃあと体を竦ませる。
羽交い絞めにする腕を抓ると、『いてっ』と手を離した。

「痛かった?」
『……いや、また間違えた。全然痛くない』

抓った場所を摩り、また俺を腕の中に押し込める。

「なんなんだよ、もう……」

脱力して、素直に体を預けた。思い切り体重をかけてやる。
嫌がらせのつもりだったのに、ヒューゴはどこか満たされたように目を細めた。

ヒューゴの身体にはルールがあった。実体化というのはちょっと語弊がある。いつも通り浮いてどこでも通り抜けられるが、俺だけ触れるようになる、というのが正しい。
ヒューゴの体は、二時間経ってもそのままだった。

『全部直飲みしたら一か月くらい持ちそう』

直飲みってなんですか⁉

ぼそりと零したとんでもないセリフに、目を剥いて見る。
そんな俺にヒューゴは『初心だよなぁ』とぼやいた。

初心ではない。知識はしっかりあって経験が足りないだけだ。
想像しただけで鼻血が出そうなのに、ヒューゴにとっては自分が実体化するための道具くらいにしか思ってなさそうだ。

『今日、凪を抱きしめて眠りたい。いいだろ?』

お前、よく自慰で自分の名前を呼んでいた男を抱きしめて眠れるな。
そんな反論もあったが俺はすぐに頷いた。
ヒューゴは本当は寂しがり屋だ。

出会った時のことを思い出してからは尚更そう感じる。もしかしたら彼はずっと孤独だったのではないだろうか。

冷房の風を弱くすると、先にベッドに寝転がって(いるように浮いて)いるヒューゴが手招きをした。
広げられた腕にコロンと潜り込む。幽霊に腕枕をしてもらった人間は、世界中で俺だけかもしれない。

嫌いではないのだ。この腕は。

「ぜんぜんあったかくない」

温もりを感じるところなのに、ヒューゴの体はひんやりしたままだ。

『はは、夏はいいだろ』
「そうだけど、冬はいやだなぁ」
『……冬が来ても、いっしょにいてくれるか』

急に真面目なトーンになる。

「わかんないよ。教えてくれないのヒューゴじゃん」

一生このままなのか、明日いなくなるのか。
恨みがましい視線を送ると、ヒューゴは俺の頭を自分の肩に押し付けた。

いきなりなにすんだ。
これじゃあ顔が見えない。

「おいっ」

目も鼻も塞がれて、体を叩いて抗議する。

『――俺って、ばあちゃん子だったんだよな』
「ヒューゴ?」

叩いていた手を止めて、彼の様子を伺う。

『俺んち、父親はクソで、加えて義母は遺産目当てで。んで、ばーちゃん死んだ時、揉めてさ……』

どこかで聞いたことある話だ。
どこだろう。母さんの見ていた昼ドラか? 

『……唯一気を許せたばーちゃんが死んで、おとななんて誰も信用できないって思ってた。でも、十二年前。通夜の時かな、控室で落ち込んでたら、ちいせぇボーズが必死に慰めてくれんの』

それって、俺のことだよな……?
ヒューゴの肩が揺れ、ふっと笑った気配がした。

『大丈夫だよ。一緒にいるよ。大好きだよって……さ。無邪気で、ほんと救われて……』

夢だけじゃなくて、そのことをちょっと覚えてるかもしれない。悲しそうな男の人を、どうにか元気にしたいって思っていた気がする。

葬儀場という特殊な環境にもなれていて、会う人みんなにおとなびている、しかっかりしているなんて褒められていたから、お兄さんぶって調子に乗っていた節もある。

『んでさ、次の日って告別式だろ』
「うん……」
『もう一度控室に言ったら、やっぱりお前がいて、〝お兄ちゃんおかえりなさい〟って抱きついてきたんだよな』

手の力が緩んだので、顔を上げる。
ヒューゴは痛みをこらえるような顔をしていた。
泣いてもいいのに。幽霊は涙はでないのかな。

『葬儀場でお帰りなさいはねーだろって、軽く笑って突っ込んだんだけど、あ、こいつ俺の事認めてくれてるんだって嬉しくて。俺の存在を……肯定してもらえて、あの時本当に救われたんだ』
「ヒューゴ……」
『……だから俺は、ここに帰って来たんだと思う。俺は……凪に見られることで、存在してる』

十二年前と同じように、ぎゅっと頭を抱き寄せる。
寂しくないよ。俺がいるよ。

そんな思いを込めて。

『……今、俺に言えるのはここまでだ。……あとは、曖昧な部分もあって難しい』

ぽつりぽつりと語ってくれたことに、喜びと申し訳なさが混じった。
思い出したくない過去を暴きたいわけじゃないのに。知りたいと思うだけで傷つけてしまっていることを理解するべきだった。

「謝るなって! 無理やり聞いてごめんな。話してくれてありがとう」

ヒューゴの心が安らかになるように、出来ることはなんでもしてあげたい。
額にキスをして、頭を撫でて、背中をトントン叩く。

『俺、犬みたいだな』
「おっきい犬かも……ヒューゴを癒してあげたいんだよ」

いつの間にか体制が変わって俺が腕枕をしている。柔らかい髪が二の腕にさわさわと触れてくすぐったかった。
よしよしと頭を撫で続けると、ヒューゴは気持ちよさそうに目を閉じた。

俺といる間くらい、ヒューゴが幸せでありますように。