でも、もうひとつだけ気になっていることがある。
「あ、あのさ。あの……」
でも、もしかしたらっていう僅かな希望に縋る。
言葉を選びかねていると、ヒューゴが『どうした?』と促してくれた。
「い、今……生きてる可能性って……ない……?」
しどろもどろで、声は小さくなった。
無いと言わせるのも、残酷だ。
ヒューゴは無言で受け止める。変わらない表情からは答えは読み取れなかった。
調子に乗って失礼なことを言ったから、怒らせてしまったのかも。
「ご、ごめん。……俺考えたんだ! もしかしたら、ヒューゴは昏睡状態で、思念だけが浮遊してる。だから記憶が戻る時に、体に引っ張られて消えるんじゃないかって。もっと自分のこと思い出せたら……! ――目を覚ますのかなって……」
つらつらと並びたてた仮説は、全部、都合のいい願望だ。
もし考えた通りなら、俺たちはいつでも会えるようになるから……いや、違う。
〝俺は、ヒューゴを失ってしまうかもと、怯えずに済むから〟だ。
いつからこんなに欲張りになったんだろう。
自分勝手な欲だけに憑りつかれている状況に、自分で戸惑った。
思い出してほしいのに、消えないで欲しい。
まただ。また、矛盾してる。
いかにもヒューゴの為を思ってますみたいなこと言っておいて。
『凪は、俺がどうだったら嬉しい?』
こぽりと、水底から響いてくるような声だった。
温度がなくて、ちょっと怖い。
俺をじっと見つめる鋭い瞳は、間違った答えを言ったら飲み込まれてしまいそうな獰猛さがあった。
そんなの、願いはひとつだけだ。
ずっと腹の奥で渦巻いている浅ましい感情がある。
不思議なことが起こりすぎて、冷静じゃなくなってるのかも。
エアコンが効きすぎいているのか、部屋がキンキンに冷えていた。
吐きだす二酸化炭素が白くて、初めて異変に気が付く。
思考が混濁してくる。しっかりしなきゃと思うのに、頭がふわふわとしていた。
冬眠するまえって、こんな感じかな。
『凪、どうしたい?』
促される言葉は、悪魔のささやきのようだ。
さらけ出せ、と命令されているようで、必死に気が付かないようにしている卑しい自分が顔を出す。
――生きてても死んでても、どっちでもいい。
消えるなんて、許さない。
ずっと一緒にいて。
吐息交じりに吐き出した欲は、ちゃんと声になってヒューゴに届いただろうか。
揺らぐ視界に、満足そうにするヒューゴが映った。
途端、パチンと何かがはじけ凍てつきそうな空気が散った。
朦朧としていた意識が急にはっきりする。
「あ……あれ?」
瞬きをして、その場に固まった。
今、何をしていたんだっけ?
居眠りから起きた感覚だった。
ぐるっと部屋を見回して状況を確認する。
ヒューゴも変わらずぷかぷかと浮いていた。
「ヒューゴ、なんかした?」
『――なにが?』
状況を理解しようとしていると、事務所のドアが勢いよく開く。
「お疲れ様―! おー、凪くん夏休みの宿題やってるんだって? 偉い偉い」
三浦さんが営業から戻ってきた。コンビニの袋をさげて、自分のデスクに向かうとどさっと座る。
「お疲れさまです。今から休憩ですか」
時計の針は十一時を過ぎたところだ。
「うん。午後からまた打ち合わせだからちょっと早いけど今のうちにね。ねーこの部屋冷えすぎじゃない? 駄目だよー暑いからって冷房こんなにキンキンにしてちゃ」
三浦さんはエアコンの設定を変えようとリモコンを手に取る。
「あれ? そんな低くないね。へんなの、冷凍庫みたいなのに。外が暑すぎて調子悪いのかなー」
三浦さんは不思議そうにしながら、とりあえず一℃だけピッと温度を上げた。
***
――ヒューゴの答えを貰っていない。
そう気が付いたのは、帰宅してしばらく経ってからだ。
葬儀場から帰るとお昼を食べて、溜まっていた宿題を片付けて、ゲームで遊んでだらだらとした。
あれから話題にあがらないし、もしかしたらはぐらかされたのかも。
もう一度聞くのも憚られて、もやもやとした気持ちを抱えたまま過ごしている。
結構勇気をだして言ったのに。
そりゃあ、自分がすっきりしたいって気持ちもあるけど、でも、知らないと先に進めない。
昏睡状態でヒューゴが生霊なら、病院にいる可能性が高い。
入院患者を探せばいいのか、死亡記録を探せばいいのか、次の行動がはっきりしない。
夕飯を食べ、部屋に戻ったところで改めて聞いてみた。
「なぁ。俺は、ヒューゴに何をしてあげたらいい? また調べるのにもさ、新しくわかったことがあったら共有してほしいっていうか……」
『凪がそんなに思い詰めることはない。ゆっくりでいい』
「で、でも。ほら、探し方ってあるし」
死んでいるのか生きているのか、それだけ教えてくれればいいのに。ヒューゴは思い出していないなら、そう言うはず。だからきっと鍵となる記憶を見ている。わかっているのに、どうしてはぐらかすんだ。
『知らなくていい』
つっけんどんに返されてムッとする。
「いいわけないだろ。調べられないじゃん!」
『調べても何もかわらない』
「あ、あのさ。あの……」
でも、もしかしたらっていう僅かな希望に縋る。
言葉を選びかねていると、ヒューゴが『どうした?』と促してくれた。
「い、今……生きてる可能性って……ない……?」
しどろもどろで、声は小さくなった。
無いと言わせるのも、残酷だ。
ヒューゴは無言で受け止める。変わらない表情からは答えは読み取れなかった。
調子に乗って失礼なことを言ったから、怒らせてしまったのかも。
「ご、ごめん。……俺考えたんだ! もしかしたら、ヒューゴは昏睡状態で、思念だけが浮遊してる。だから記憶が戻る時に、体に引っ張られて消えるんじゃないかって。もっと自分のこと思い出せたら……! ――目を覚ますのかなって……」
つらつらと並びたてた仮説は、全部、都合のいい願望だ。
もし考えた通りなら、俺たちはいつでも会えるようになるから……いや、違う。
〝俺は、ヒューゴを失ってしまうかもと、怯えずに済むから〟だ。
いつからこんなに欲張りになったんだろう。
自分勝手な欲だけに憑りつかれている状況に、自分で戸惑った。
思い出してほしいのに、消えないで欲しい。
まただ。また、矛盾してる。
いかにもヒューゴの為を思ってますみたいなこと言っておいて。
『凪は、俺がどうだったら嬉しい?』
こぽりと、水底から響いてくるような声だった。
温度がなくて、ちょっと怖い。
俺をじっと見つめる鋭い瞳は、間違った答えを言ったら飲み込まれてしまいそうな獰猛さがあった。
そんなの、願いはひとつだけだ。
ずっと腹の奥で渦巻いている浅ましい感情がある。
不思議なことが起こりすぎて、冷静じゃなくなってるのかも。
エアコンが効きすぎいているのか、部屋がキンキンに冷えていた。
吐きだす二酸化炭素が白くて、初めて異変に気が付く。
思考が混濁してくる。しっかりしなきゃと思うのに、頭がふわふわとしていた。
冬眠するまえって、こんな感じかな。
『凪、どうしたい?』
促される言葉は、悪魔のささやきのようだ。
さらけ出せ、と命令されているようで、必死に気が付かないようにしている卑しい自分が顔を出す。
――生きてても死んでても、どっちでもいい。
消えるなんて、許さない。
ずっと一緒にいて。
吐息交じりに吐き出した欲は、ちゃんと声になってヒューゴに届いただろうか。
揺らぐ視界に、満足そうにするヒューゴが映った。
途端、パチンと何かがはじけ凍てつきそうな空気が散った。
朦朧としていた意識が急にはっきりする。
「あ……あれ?」
瞬きをして、その場に固まった。
今、何をしていたんだっけ?
居眠りから起きた感覚だった。
ぐるっと部屋を見回して状況を確認する。
ヒューゴも変わらずぷかぷかと浮いていた。
「ヒューゴ、なんかした?」
『――なにが?』
状況を理解しようとしていると、事務所のドアが勢いよく開く。
「お疲れ様―! おー、凪くん夏休みの宿題やってるんだって? 偉い偉い」
三浦さんが営業から戻ってきた。コンビニの袋をさげて、自分のデスクに向かうとどさっと座る。
「お疲れさまです。今から休憩ですか」
時計の針は十一時を過ぎたところだ。
「うん。午後からまた打ち合わせだからちょっと早いけど今のうちにね。ねーこの部屋冷えすぎじゃない? 駄目だよー暑いからって冷房こんなにキンキンにしてちゃ」
三浦さんはエアコンの設定を変えようとリモコンを手に取る。
「あれ? そんな低くないね。へんなの、冷凍庫みたいなのに。外が暑すぎて調子悪いのかなー」
三浦さんは不思議そうにしながら、とりあえず一℃だけピッと温度を上げた。
***
――ヒューゴの答えを貰っていない。
そう気が付いたのは、帰宅してしばらく経ってからだ。
葬儀場から帰るとお昼を食べて、溜まっていた宿題を片付けて、ゲームで遊んでだらだらとした。
あれから話題にあがらないし、もしかしたらはぐらかされたのかも。
もう一度聞くのも憚られて、もやもやとした気持ちを抱えたまま過ごしている。
結構勇気をだして言ったのに。
そりゃあ、自分がすっきりしたいって気持ちもあるけど、でも、知らないと先に進めない。
昏睡状態でヒューゴが生霊なら、病院にいる可能性が高い。
入院患者を探せばいいのか、死亡記録を探せばいいのか、次の行動がはっきりしない。
夕飯を食べ、部屋に戻ったところで改めて聞いてみた。
「なぁ。俺は、ヒューゴに何をしてあげたらいい? また調べるのにもさ、新しくわかったことがあったら共有してほしいっていうか……」
『凪がそんなに思い詰めることはない。ゆっくりでいい』
「で、でも。ほら、探し方ってあるし」
死んでいるのか生きているのか、それだけ教えてくれればいいのに。ヒューゴは思い出していないなら、そう言うはず。だからきっと鍵となる記憶を見ている。わかっているのに、どうしてはぐらかすんだ。
『知らなくていい』
つっけんどんに返されてムッとする。
「いいわけないだろ。調べられないじゃん!」
『調べても何もかわらない』



