『俺、ここに……』
ヒューゴが苦しそうに話すと同時に、ふっと電気が消え、部屋が暗闇に包まれた。
しかし、消えたのは一瞬で、すぐに照明は元に戻る。
部屋もしんとして、何も変わらない。花ちゃんもすやすや眠っていた。
「ひ、ヒューゴ……?」
――ただ違うのは、ヒューゴがいない。
さっきまでそこにいたのに。
部屋を見回したが気配がない。
「う、そだろ……? どうして」
またホールに行ってしまったとか? いや、このタイミングでありえない。
うまく呼吸ができなくて、はふはふと喘ぎ震える息を吐いた。
「ヒューゴ、どこ……」
揶揄ってるだけだろ? 物陰からのぞいて、動揺している俺を笑っているんだ。
いいよ、たくさん笑って。
馬鹿だなって言っていいから、――どうか顔を見せて。
***
ヒューゴはどこを探してもいなかった。
消えたという衝撃と、仕事中に泣いちゃだめだというなけなしの理性がせめぎ合って、式の間ずっと酷い顔をしていたらしい。
仕事が終わるまでずっと、泣かないように踏ん張っているのがバレていたらしく、スタッフみんなに気を使わせてしまった。
「式でそんな風になるのは珍しいな。故人が凪の同世代だったからか?」
父さんにも心配され、少し早めに上がらせてもらった。
その後、どう仕事を終えて帰ってきたのか記憶がない。
鍵を開け、家にはいると玄関に崩れ落ちた。
――やっぱり、家にもいない。
家は真っ暗で、ここでもヒューゴの気配は感じられなかった。
僅かな希望を持っていたが、嫌な予感ほど当たるもので予想通りだった。
高槻住職なら、なにが起こっているのかわかるかもと思って、何度も話しかけようとしたのにそのたびに邪魔が入って叶わなかった。
ただひと言だけ、すれ違いざまにもらった言葉がある。
〝見てもらったことは、無かったことになりませんから〟
それだけ言って、高槻住職は微笑んだ。
どういう意味かも聞けずに、住職は慌ただしく去ってしまったが、あの言葉はきっと……いや、絶対にヒューゴのことだ。
「うう……」
感情が決壊して、我慢していた涙が溢れた。
せっかく涙がでてきたのに、肝心のヒューゴがいない。
もったいないんだろ。こんなに泣いてるんだから早く出てくればいいのに。
でてこい、でてこい。
どこにいった?
あの時、何がきっかけだったんだろう。
成仏したんなら喜んであげなくちゃなのに、俺は悲しくて寂しくて、自分のことしか考えられなかった。
***
俺が高熱をだすのは保育園以来だと、母さんは熱を測り驚いていた。
昔から体は丈夫で体調を崩すことはほとんどなく、風邪をひいてもほとんど熱はでないタイプだ。
ヒューゴが消えてから泣きすぎで、熱を出してから二日目となる。
さすがに今は微熱程度だけど、バイトは休んで布団の中で過ごしている。
「凪~、お母さん仕事いっちゃうけど、大丈夫?」
部屋のドアが開き、母さんが顔を出した。
「全然へーき」
「夕飯、普通の食事とうどんのつゆも作ってあるから。食べたい方たべて。うどんは冷凍庫に入ってるからチンしてね」
「うん。ありがと。今日休んでごめん」
夏の繁忙が始まっていた。毎日のように通夜と告別式が入っている。ホールふたつが稼働すると働いても働いても終わらないほど仕事が溢れる。コーディネーターは打ち合わせも増えるから事務の手が足りなくなるんだけど、短期バイトを募集しても職種的になかなか集まらないから困ったものだ。
「いいのよ~。そんなことより、体を治して。まずは元気になるのが一番なんだから」
ぽんぽんと宥めるようにお腹をたたかれ、子供みたいだと気恥ずかしくなる。タオルケットで顔を半分隠した。
家にひとりになると、考えないようにしていることがむくむくと膨らんで、頭が寂しさで支配された。
あれから二日が経った。
まだヒューゴは現れない。
もう二度と会えないのかもしれない、そんな諦めが浮かび始めていた。
会えなくても、ヒューゴのことは調べ切ろう。どこの誰で、どうやって亡くなったのか。彼は生前、どんな人生を送っていたのか。そしてできる事なら、墓前に会いにいきたい。
同じ学校という手掛かりは大きなもののはずだ。
先生にも声をかければ、もっとヒントは広がる。
ヒューゴの存在は、最初は怖くて戸惑った。次は困ったし面倒だった。
――じゃあ、今は?
助けになってあげたい。それをできるのは俺だけなんだから。
それと、居てくれないと……寂しい。
なんだかんだでこの奇妙な状況を受け入れていたみたいだ。
ヒューゴが俺の近くにいると落ち着くと言ってくれるように、俺もいつのまにかこの関係が壊れることを恐れていた。
理由なんてないけれど……離れがたい、そんなふうに感じている。
失恋した友達が、胸にぽっかり穴が開いたみたいだって言っていた。
聞いた時はどんな気持ちかわからなかったけど、今ならそのどうしようもできない虚しさが理解できる。
大きな穴はスース―風通しがよくて、寒い。
ヒューゴに抱きしめられた時の、満たされた気持ちを思い出すとその穴は少し小さくなった。
ヒューゴが苦しそうに話すと同時に、ふっと電気が消え、部屋が暗闇に包まれた。
しかし、消えたのは一瞬で、すぐに照明は元に戻る。
部屋もしんとして、何も変わらない。花ちゃんもすやすや眠っていた。
「ひ、ヒューゴ……?」
――ただ違うのは、ヒューゴがいない。
さっきまでそこにいたのに。
部屋を見回したが気配がない。
「う、そだろ……? どうして」
またホールに行ってしまったとか? いや、このタイミングでありえない。
うまく呼吸ができなくて、はふはふと喘ぎ震える息を吐いた。
「ヒューゴ、どこ……」
揶揄ってるだけだろ? 物陰からのぞいて、動揺している俺を笑っているんだ。
いいよ、たくさん笑って。
馬鹿だなって言っていいから、――どうか顔を見せて。
***
ヒューゴはどこを探してもいなかった。
消えたという衝撃と、仕事中に泣いちゃだめだというなけなしの理性がせめぎ合って、式の間ずっと酷い顔をしていたらしい。
仕事が終わるまでずっと、泣かないように踏ん張っているのがバレていたらしく、スタッフみんなに気を使わせてしまった。
「式でそんな風になるのは珍しいな。故人が凪の同世代だったからか?」
父さんにも心配され、少し早めに上がらせてもらった。
その後、どう仕事を終えて帰ってきたのか記憶がない。
鍵を開け、家にはいると玄関に崩れ落ちた。
――やっぱり、家にもいない。
家は真っ暗で、ここでもヒューゴの気配は感じられなかった。
僅かな希望を持っていたが、嫌な予感ほど当たるもので予想通りだった。
高槻住職なら、なにが起こっているのかわかるかもと思って、何度も話しかけようとしたのにそのたびに邪魔が入って叶わなかった。
ただひと言だけ、すれ違いざまにもらった言葉がある。
〝見てもらったことは、無かったことになりませんから〟
それだけ言って、高槻住職は微笑んだ。
どういう意味かも聞けずに、住職は慌ただしく去ってしまったが、あの言葉はきっと……いや、絶対にヒューゴのことだ。
「うう……」
感情が決壊して、我慢していた涙が溢れた。
せっかく涙がでてきたのに、肝心のヒューゴがいない。
もったいないんだろ。こんなに泣いてるんだから早く出てくればいいのに。
でてこい、でてこい。
どこにいった?
あの時、何がきっかけだったんだろう。
成仏したんなら喜んであげなくちゃなのに、俺は悲しくて寂しくて、自分のことしか考えられなかった。
***
俺が高熱をだすのは保育園以来だと、母さんは熱を測り驚いていた。
昔から体は丈夫で体調を崩すことはほとんどなく、風邪をひいてもほとんど熱はでないタイプだ。
ヒューゴが消えてから泣きすぎで、熱を出してから二日目となる。
さすがに今は微熱程度だけど、バイトは休んで布団の中で過ごしている。
「凪~、お母さん仕事いっちゃうけど、大丈夫?」
部屋のドアが開き、母さんが顔を出した。
「全然へーき」
「夕飯、普通の食事とうどんのつゆも作ってあるから。食べたい方たべて。うどんは冷凍庫に入ってるからチンしてね」
「うん。ありがと。今日休んでごめん」
夏の繁忙が始まっていた。毎日のように通夜と告別式が入っている。ホールふたつが稼働すると働いても働いても終わらないほど仕事が溢れる。コーディネーターは打ち合わせも増えるから事務の手が足りなくなるんだけど、短期バイトを募集しても職種的になかなか集まらないから困ったものだ。
「いいのよ~。そんなことより、体を治して。まずは元気になるのが一番なんだから」
ぽんぽんと宥めるようにお腹をたたかれ、子供みたいだと気恥ずかしくなる。タオルケットで顔を半分隠した。
家にひとりになると、考えないようにしていることがむくむくと膨らんで、頭が寂しさで支配された。
あれから二日が経った。
まだヒューゴは現れない。
もう二度と会えないのかもしれない、そんな諦めが浮かび始めていた。
会えなくても、ヒューゴのことは調べ切ろう。どこの誰で、どうやって亡くなったのか。彼は生前、どんな人生を送っていたのか。そしてできる事なら、墓前に会いにいきたい。
同じ学校という手掛かりは大きなもののはずだ。
先生にも声をかければ、もっとヒントは広がる。
ヒューゴの存在は、最初は怖くて戸惑った。次は困ったし面倒だった。
――じゃあ、今は?
助けになってあげたい。それをできるのは俺だけなんだから。
それと、居てくれないと……寂しい。
なんだかんだでこの奇妙な状況を受け入れていたみたいだ。
ヒューゴが俺の近くにいると落ち着くと言ってくれるように、俺もいつのまにかこの関係が壊れることを恐れていた。
理由なんてないけれど……離れがたい、そんなふうに感じている。
失恋した友達が、胸にぽっかり穴が開いたみたいだって言っていた。
聞いた時はどんな気持ちかわからなかったけど、今ならそのどうしようもできない虚しさが理解できる。
大きな穴はスース―風通しがよくて、寒い。
ヒューゴに抱きしめられた時の、満たされた気持ちを思い出すとその穴は少し小さくなった。



