憑依未満の夏葬


「ただいまより、佐藤様の通夜式を執り行わせていただきます」
三浦さんの静かな案内で、式は始まった。

今日の葬儀は高校生一年生の男の子だ。自転車事故で亡くなっている。
号泣する母親、それを支える父親。故人には年の離れた妹がいて、女の子は母親の着物を掴んで傍に立っている。

高槻住職の読経が始まると、クラスメイトだろうか、制服姿の学生が多くお焼香に参列した。

悲しみに触れるのは慣れているはずなのに、年齢が近いからなのか、今日はどうにも感情移入してしまっている。
入学してまだ半年も経っていないのに……まだやりたいことがたくさんあっただろう。部活も頑張って、友達とも遊んで……。どんな故人にもかけがえのない日々がある。

ヒューゴも、そうだったんじゃないか?

制服姿ってことは、通学中の事故で亡くなったとか、学校に関連していそうだ。
自死……ではないと思いたい。夜中にバイク走らせて事故したとか、喧嘩で殴られて……っていうほうがヒューゴらしい。

隣に浮かぶヒューゴに目を向ける。
ヒューゴはどうやって死んだの。

その時、誰かいてくれた? 寂しくなかった? こんなふうに、誰かに愛されて見送ってもらえたのかな。

――そんなふうに同情してしまうのは、鋭い風貌に似合わず孤独を背負っているように見えるからだ。

霊は、未練や恨みがあるからとどまっていると考えるのが一般的だろう。
ヒューゴの抱えるものって、なんだろう。

『泣いてるぞ』

まとまらない思考に沈んでいると、ヒューゴの声に現実に引き戻される。

「え?」

会場内に視線を巡らせると。故人の母親の横で女の子が泣いていた。
参列者へ挨拶をしたい母親は困り果てていた。

感じたことのない雰囲気に悲しみに包まれる両親。知らない場所で立ちっぱなしで疲れてしまったんだろう。
自分が対応すると他のスタッフに目くばせすると、遺族の元へ足を速めた。

女の子の前にくると、地べたに座り込んでしまった女の子と目線を合わせる。

「花ちゃん、お兄ちゃんと遊ぼっか」
遺族のデータは葬儀コーディネーターから共有されていて、花ちゃんは四歳だ。

「お菓子とおもちゃがあるんだ」
ポケットから人気キャラクターの小さなぬいぐるみをだし、見せてあげる。こんなこともあろうかと、控室から拝借して忍ばせておいたのだ。

花ちゃんはぬいぐるみを見ると涙をとめてぽかんとした。

「控室で落ち着くまでお預かりいたします。なにかありましたらお近くのスタッフにお声がけください」
「すみません、お願いします」

アレルギーを考慮して与えて良いお菓子の確認をさっととると、手を繋いで遺族の控室に向かった。

おやつを食べてままごとをして遊んであげると、三十分も経たずにすぐに寝てしまった。母親が今日はお昼寝を出来ていないと言っていたから、眠かったんだろう。

控室には通夜守りの為に布団も用意されているから、それを敷いてあげて寝かせた。

通夜守りは、一般的には寝ずの番と呼ばれることが多い。
通夜は故人をひとりにしないための夜だ。線香の火を絶やさないことが、寄り添っているよという意味になる。

昔はすぐに灰になってしまう一本の線香だったが、今では一晩もつくらいの渦巻き状になっていて、寝ずの番と呼ばれるような一晩中起きているケースは減ってきている。

花ちゃんは俺の手を握ってむにゃむにゃと口を動かす。「にぃに」と聞え、感情がこみあげ鼻がつんとした。

「俺の手をお兄さんと思ってるのかな」

この子は、お兄さんと二度と会えないことをどれだけ理解できているんだろう。
明日も無邪気に兄の姿を探すのかと想像したら、それだけで泣けてきた。

『子供の扱いうまいんだな』

ヒューゴが感心したように言う。

「俺ちっちゃいときからこの部屋で過ごすことが多かったから、子供もおとなも、知らないひとと話すのに慣れているんだ」
『へぇ、見直した』

顔を見合せると、ヒューゴの唇が目に入って慌てて視線を逸らした。

ああ、駄目なのに。俺が見てあげないと、ヒューゴは消えてしまいそうになるのに。
意識しすぎて見れないから、ここ数日ヒューゴの姿は薄く揺らいでいた。
あれからヒューゴの態度はまったく変わらなくて、意識しているのは俺ばかりで嫌になる。

「っそ、そういえば、俺ここで誰かと遊ぶ夢を見るんだけど、その相手がヒューゴにそっくりでさ」

ドキドキしてしまったせいか、少し早口になった。

「なんか、その人すっごい泣いてて、俺はまだ小さいんだけど抱きしめて慰めるんだ。大丈夫、ぼくがいるよ……って……」

照れ隠しで頬をかきながらヒューゴを見ると、動揺した様子で目を見開いている。

『あ……あ……? う……ぐっ』

突然、頭を抱え苦しみだした。

「っヒューゴ⁉」

瞳が細かく揺れていた。息が荒くなる。俺をみているはずなのに、視線が合わない。

「どうしたんだよっ」
『う、うあ』

言葉にならない声で呻く。

「大丈夫か⁉ ヒューゴっ……!」

背中を撫でてやろうとしたら、スカっと腕は突き抜けた。

「くそっ」

――もどかしい。どうして何もしてやれないんだ。

部屋の電気がチカチカと点滅する。地震のように、室内のテーブルやおもちゃがカタカタと音を立て揺れた。
これは、ヒューゴの力?