その後、いろいろ試してみたが〝涙で触れられる〟以外に収穫はなく、過去の葬儀データも一年分は見たものの、それっぽい情報にはぶつからなくて、肩を落とした。
夜七時くらいまで頑張ったけど、脳みそが疲れてしまったので、今日は一旦終わりにすることにする。
途中、コンビニでカップ麺をふたつ買って、家に帰った。
ポットに水をいれてお湯を沸かすスイッチを入れると、リビングのソファに寝転んだ。
「あーがんばったな~」
伸びをしてから、大の字のまま脱力する。
『おつかれ、サンキューな』
「うん。ヒューゴもお疲れ様。なー、ヒューゴって疲れるとかいう感覚ないの?」
『俺は……ないかな。元気とか疲れるとかはない。ただ凪の近くが心地いい。んで、離れると苦しくなる。だから、ずっとくっついていると楽だし、触れたときはめちゃくちゃ気持ちよかった』
「もー、なんかその表現やめてよ。恥ずかしくなっちゃうんだけど」
ヒューゴはあっけらかんとしているが、どうにも危うい言い回しに聞こえてしまう。
ヒューゴは顔も整っているし背も高いし……これだけ格好よければ、生前に女の子ともたくさん経験があったのかも。
チリ、と胸が焦げ付いた。
自分のことなのに内心首を傾げる。
変な気持ちだ。ムカムカ? イライラ?
自分より経験豊富であろう友人に嫉妬とか、そんなのダサダサ男子じゃん。
『なぁ、なんでカップラーメンふたつ開けてんの? そんなに食える?』
「一個ヒューゴのだよ」
『食べるふりだけなのに、ふたつもお湯淹れたらもったいないじゃん』
不良の風貌なのに、いがいにも真面目な考え方をする。
いつもは俺がひと口差し出して、食べるふりをするだけだ。
でも今日は夏休みだしふたりきりだし、友達がお泊りにきてる、みたいな特別な感じがする。
「いいんだよ。ふたりで食べたほうが楽しいだろ。この商品知ってる? うまいんだよね」
『知らない。初めて見た』
「そっかぁ」
数年前からある大ヒット商品なのに、知らないだなんて。
ポットのお湯が沸きあがる蒸気のシュンシュンという音がして、湧き上がりを知らせるタイマーがピピっと鳴った。
キッチンからお湯をとってきて戻ると、ヒューゴの顔がぬっと迫る。
「な、なんだよ」
『泣いてみて』
「はい?」
『涙を口に含んだら、ラーメンも食べられそうな気がしてきた』
「無理じゃない⁉」
思わず突っ込むが、触れたところが実体化するのなら、考えれば理にかなっているような、でもやっぱり違うような。
『試してみてもいいだろ。せっかく凪が買ってくれたなら食べたいし』
「あ、いや……でも、泣こうと思っても難しいんだけど」
コップ一杯飲むくらいじゃなきゃ無理な気がする。
それに、食べたものがどこに行くのか考えたらもっと頭がこんがらがった。
俺がいま考えるべきなのは怪奇現象についてなのか、生物学なのか。
『やる前から諦めるな。いいから泣けって』
「そんな恫喝聞いたことないよ……!」
胸倉を掴まれそうな勢いだったので(実際は無理だけど)逃げ腰になるとヒューゴは『コラ』と追ってきた。
『待て、逃げるな。早く涙を流せ』
「なにそれ! なんかおかしいから!」
リビングをバタバタと逃げ回るが、飛べるヒューゴの方が速くてすぐに先まわりされてしまう。最初は本気で逃げていたけど、途中から可笑しくなってきてゲラゲラ笑いながら家の中を走り回った。
――鬼ごっご、もとい幽霊ごっこ?
幽霊に追いかけられるとか会談みたいなことが自分の身に起きるなんて。
「ぎゃー! なんか色んな意味で怖い! あははは」
『なぁぁぁぁぎぃぃぃぃ~~』
ヒューゴが役に入って、おどろおどろしい声をだした。
「わはははは!」
二階まで階段を駆け上がって、自分の部屋に逃げ込みドアを閉めるが、ヒューゴはドアを突き抜けて迫ってきた。
まあそうなるよね。勝ち目があるとは思えない。
逃げ場を失って、ベッドに背中から倒れ込む。
『見~つ~け~た~ぞぉぉぉぉぉ』
ヒューゴは覆いかぶさるように飛び掛かる。
演技をやめないヒューゴに笑いが止まらない。
「ひーやめて、笑い死ぬ」
ケタケタとお腹を抱えて、腹筋が痛くなるほど笑った。
ヒューゴもついに噴き出す。
『ははは』
「もー、なんだよぉ」
しばらく笑って、はーっと落ち着くと目尻から涙がぽろりと流れた。
「あ……」
『あ』
呟いたのは同時。
一瞬でヒューゴは真顔になり、流れてベッドに落ちる直前の涙を唇で掬った。
こめかみにふっと生暖かい空気を感じ首を竦める。
「あっ……」
すぐにヒューゴの唇が青白く輝きだす。
涙で濡れた唇を舌でなぞると、舌も光りを纏った。
「わ、すご……」
神秘的だ。
ヒューゴが反対側の涙にも唇を寄せると、より輝きを増した。
いいのかな、と思いつつも興味深々で、指でその唇の感触をちょんと触れて確かめる。
「触れる……」
わかっているのに驚いてしまう。
「すごいや。他の人の涙でもこうなるのかな」
色んな可能性を考えなくてはならないものの、ヒューゴが自分以外のひとの涙に触れるのかと思うと、納得しがたい気持ちになった。
『ならない』
「わかるの?」
『わかる。俺が反応するのは凪だけだ』
言い切るヒューゴに恥ずかしさが滲む。
でも、同じに胸の奥からうずうずとした嬉しさも湧き上がった。
むにむにと唇を突いていると、光が徐々に消えていく。
「あ、やば!」
時間制限があったんだ。
カップラーメン!
お湯は少し冷めてしまったかも。いや、それよりも間に合わない。
「ヒューゴ、光が消えちゃう」
この際ラーメンじゃなくてもいい、何かほかに食べるものなかったっけ。
慌てて部屋の中を探ると、この間母さんからもらった和三盆の箱が目に入った。
――これだ!
『凪?』
慌ててベッドから起きると、急いでひとつ取り出し包みを開ける。
「これ食べて!」
光が消えてしまう直前、驚いた様子のヒューゴの口に、小さな玉を押し込んだ。
指先に、ふわりとした舌と簡単に砕ける砂糖の感触。
『うわ、甘ぇ』
ヒューゴがぺろりと舌をだし呟いた刹那、全身が光に包まれた。涙が触れた時と同じ光だ。
「え⁉」
『なんだこれ』
ヒューゴは自分の体を見下ろす。



