憑依未満の夏葬

『俺も何か思いだせないかと思って。凪に任せてばかりだと悪ぃなって、ここに来るくらいならひとりでもできるし……声かければよかったな』

大ホールはヒューゴが現れた場所だ。
ヒューゴはちょっと眉を顰めて、手を伸ばす。

『そんな簡単に消えそうにないから、泣くなって』
「ごめん、へへっ」
『俺の事うざがってたくせに』

ヒューゴは戸惑って、すこしぶっきらぼうに言った。

「うん。だよな。どうしたんだろう。ほんと、びっくりしただけなんだ」

ヒューゴは拭っても拭っても、次々と溢れる涙を掬うように指を添えた。
床に落ちようとした涙がヒューゴの指に落ちて、じわりとそのまま浸透する。
――すると、その指先が淡く青白い光を纏った。

「あ……」

なんだこれ。また新しい現象だ。
のそのそと体を起こして地べたに座る。

「光ってる」
『だな……なんだこれ』

揺らめくろうそくの火を見守るように、ヒューゴの光る指をじっと見つめる。

「熱い? 痛いとかない?」
『なんともない。しいて言えばあったかい、かも』

数秒たつと、その光は静かに消えた。

「不思議だね」

びっくりして涙がとまる。
ヒューゴはさっきより大胆に手の平で涙を受けようと、もう一度手を伸ばした。

ぐいっと頬を拭うような仕草をすると、涙に触れた手の平から光彩はじわじわと広がって、ヒューゴの手首から先が淡く煌めく。きらきらと星屑がちりばめられた空みたい。

「うわ……綺麗……」

驚いて、青白い光に包まれた部分を確かめてみようと突こうとしたら、指先が生身に触れた。

――突き抜けない。

目を見開き、無言で見つめ合った。

「触れる……うそ、だろ、触れるっ……!」
『凪の体温だ……』

ヒューゴは感触を味わうように、ゆっくりと指を絡める。
俺の手も一緒に光ってるみたいだ。

「すごい……俺たちの手、蛍みたいだね」
『凪の、涙のせいだよな』
「うん……」

たぶん、いや、きっとそうだ。
俺の涙が作用している。

じゃあ、前に触れたと感じた時はどうだっただろう。今、こうやって触れることができるなら、あれも勘違いじゃなかったかもしれない。
もちろん俺は泣いてなんかなかったから、涙以外にもトリガーがあるはずだ。

「すごいね、ヒューゴ」

笑顔になると、ふと重ねていた手のバランスが崩れて前につんのめる。
急に重力を感じて腕がパタンと落とされた。

「あ、終わっちゃった」

すごくがっかりして、肩を落とす。ヒューゴの手は俺よりひとまわり大きかった。指が節張り男らしい。それでいて細くてきれいな手だ。
触れたのはほんのひととき。まだ残る温もりに名残惜しさが滲んだ。

『時間制限があるんだな』
「もっと触れていたかったのに」
『――っ……』

無意識だった。
ヒューゴが息を呑んで、初めて自分がとんでもなく恥ずかしい発言をしたことに気が付く。

「っあ、違う。違うよ⁉ なんか、こう、これまで実体なかったから、その……!」

何が言いたいんだ。
そう、友達として肩を組んだり、じゃれ合ったりしたいじゃないか。学校の友達みたいにさ。だって、ヒューゴはもう一か月以上、寝ても覚めてもいっしょにいる仲なんだ。

今は誰よりも近い存在で。でも、実は遠いから寂しさもあって。
だから、こういう変化はすごく良かったってことで――。

きっと今、信じられないほど俺の顔は赤い。
熱を逃がすようにはふはふと口を動かすが、懸命な言い訳は全部心の中で叫ぶだけだった。

『ははっ』
「あ、わ、笑うなっ。俺はヒューゴによかれと思って……!」
『わかってるって』

抗議の目を向けるが、ヒューゴの肩は揺れたままだ。

『俺も、うれしかった。凪ともっと触れたいって思ったし』

改めて言われると尚更恥ずかしい。
あーでも、ま、いいか。なんか今、幸せだったかも。
楽しいじゃなくて、気持ちが落ち着く感じ。

「これから色んなことがわかって、もっと……」

もっと、なんだ? 触れ合えたらいいな? それはきもい発言かも。

「……仲良く、なれたらいいな」

無難に伝えると、ヒューゴは応えなかった。
俺の方を真顔でじっと見る。

いくらまっても喋らないから、すごすごと聞いた。仲良くなりたいなんてのも、変な発言だった?

「ヒューゴ? どうしたんだ?」
『――ああ、どうやって凪を泣かそうか考えてた。抱きしめ合えるくらい泣くのって大変だろ』
「――っな……!」

絶句する俺に、ヒューゴはにやりとする。
その顔はこれまでのどのヒューゴよりも生き生きとしていて、不良のいじめっこ、と言っても過言ではなかった。