憑依未満の夏葬


親が共働きの俺は、保育園に通っていた。

保育園が終わると、葬儀場は夕方から夜にかけて仕事の多い職場なので、夕飯は母さんと一緒にお弁当を食べ、事務仕事をする母さんを待ちながら事務所や待合室で遊んで待っていることが多かった。

葬式場に子供を連れて行くなんて、みたいなことをママ友さんたちがコソコソ噂しているのも聞いちゃったことがあったけれど、俺はその境遇が寂しいとも、はたまた待機場所が怖いとも思ったことがなかった。

通夜や告別式には意外と子供が来ることが多かったから、その子たちと遊んですごすことがよくあった。遊び相手になってもらうのは俺としても楽しかったし、参列客の親にも一緒に遊んでくれて助かったと喜ばれていた。

――最近、その頃の夢をよく見るようになった。
毎回同じような内容で、夢から覚めてからあ、と気が付く。

僕がたぶん年長のころだ。五歳くらい。ひとりで水無瀬葬祭の控室で遊んでいる。

葬儀場の建物内はもう自宅のようなもので、事務所が飽きたら控室に来ることが多かった。式場や安置室は絶対に入るなと言われていたから近寄りもしなかったけれど、そこは事務所以外で唯一、自由に出入りが許された場所だった。

控室は遺族の為の休憩所って感じで、遺族がお菓子やお茶で一息ける場所だ。宿泊もできるようになっていて、テレビ、布団、お風呂とトイレもある、簡易的な旅館って感じの作りになっている。
子供が遊ぶおもちゃやDVDなども置いてあり、遺族は悲しみの真ん中からふと日常に戻れる場所でもある。

僕は保育園の制服である、紺色のセーラー服のようなスモックを着ていた。紺の襟には白色のラインが入っていて、その頃、海賊マンガにはまっていた俺は、登場人物の水兵のようで気にいっていた。

ひとりで控室で遊んでいると、おとなの男の人が入ってくる。逆光みたいに眩しくて顔は見えないけれど、そのひとはおっきくて怖そうな人なのに、べしょべしょに泣いているのだけはわかった。

心配になって僕は「だいじょーぶ?」と声を掛けた。
お兄ちゃんは、「これからひとりになったら、どうしたらいいかわからない」と掠れた声で言った。

きっと、今日の告別式の遺族なんだ、と理解して僕はその人の頭を撫でてあげ、それから抱きしめてあげる。
おとなの頭を抱えるのは大変だけど、うんと背伸びしてサッカーボールを抱えるみたいに頭を自分の胸に寄せた。

心臓の音を聞かせてあげるといいんだって聞いたことがある。
泣いた時、お母さんにそうやってもらうと、僕も気持ちが落ち着いた。本当に寂しい気持ちがなくなるから効果は抜群だと思う。

「だいじょーぶ。ぼくがいるよ」

母さんの真似をして何度も繰り返した。寄り添って貰うって本当に支えになるから。
お兄ちゃんの頭を、一生懸命にヨシヨシとした。

トクトクトク。聞こえてるかな。

暫くすると、お兄ちゃんはありがとうと呟き、涙で濡れた顔を上げる。

その声にはっとする。
どこかで聞いたことある声だった。

胸の奥がざわつく。

今の自分が、保育園の頃の僕なのか、高校生の俺なのかわからなくなる。

顔を上げた男の人の顔がはっきり見えた瞬間、俺の口からぽつりと名前がこぼれた。


「――――ヒューゴ」


呼ぶと、途端に世界は混濁した。

渦巻いて、洗濯機の中にいるみたいになる。マンガの駒のようなものが猛スピードで流れていて、そこからドラマのワンシーンのように映像が流れた。
真っ赤な口紅を塗った女が気だるそうに言う。

【はー、やっと死んでくれたわ。これで遺産は……】
場面が飛ぶと、次はスーツを着た男性に、同じ女が食ってかかている。

【はぁ? 遺言⁉ 遺言ってなによ! あたしが今までどれだけ我慢して――】
またすぐに映像は切り替わった。先ほどとは違う男と女がいる。

【ねぇ、大金が手に入るって約束だったじゃない!】
【うるせぇ! 仕方ねーだろ! まさか息子の俺を差し置いて、孫なんかに……】

――なんて醜悪な世界なんだ。

その世界の隅で、膝を抱えて泣いている男の子がいた。

助けなくちゃ。
そう思い、必死にその子の元へ急ぐ。

こんなの、聞かせちゃいけない。耳を塞ぐように抱きしめる。
男の子が、涙で濡れた顔をあげた瞬間、男の子はいつの間にかまたヒューゴになっていた。

***

『――凪……』

ヒューゴの声ではっと目覚めた。
目だけ見開いて、視線だけで天井と部屋をぐるっと見回すと隣に寝ているヒューゴの存在を確かめた。

「ヒューゴ……? 本物だ。おはよー……」

にへらと笑って寝ぼけながら呼ぶと、ヒューゴは呆れた顔をした。

『もう十時なんだけど。なぁ、早くでかけようぜ』

言われて体を起こすと、十時間近く熟睡してしまっていた。
変な夢を見たせいか、頭が重い。目を擦りあくびをする。

やっとちゃんと目を開けると。寝すぎたせいか、ヒューゴの体が透過し始めていた。

今日から夏休みだ。
幸い追試も免れ、出された大量の宿題以外は自由の身だ。

今日は葬儀の入っていない日なので、昨夜父さんにお願いをして、事務所に引き籠って過去の資料の調べ物をさせて貰うことにした。
言い訳を考えるのが大変だったけれど、学校の自由研究で葬儀の地域性と歴史を調べることにしたと言ったら、納得してくれた。

のそのそと起きると、一泊二日の弾丸旅行に行くと言っていた両親はもういない。

昨日の夕方に仕事を終え、今日、スケジュールが入らなかったので急遽温泉に行くことを決めていた。思い立ったらすぐ、勢いで行動しないとなかなか旅行など行けない仕事だ。

これから繁忙期にはいるので、その前にリフレッシュできたらいい。夏休みに入ってしまったので宿もどうかと思ったが、予約できるところを見つけ喜んでいた。
ここから車で二時間程度の場所で明日の昼くらいには帰宅予定だ。突然仕事がはいっても飛んで帰ってこれる距離ではある。