思ったよりも普通に話せたと思う。
一年間ほとんど口を聞いていなかったけれど、それまでは毎日のように話していても話題は尽きなかったんだ。
僕は好きな気持ちを隠して、浬の友達でいることを選んだ。昔に戻っただけ。
唇を触る。もう感触なんて覚えていないけれど、浬の唇は僕の指よりも柔らかかったことだけは覚えている。
「どうした? 急に黙って」
浬に顔を覗き込まれる。
夕日に染まって、浬の顔は赤くなっていた。これなら夕日のせいって誤魔化せるかな? 僕の顔が赤い理由が、夕日のせいだけじゃないことを。
「後で部屋に行ってもいいか?」
「あっ、うん、いいけど」
浬が僕の部屋に来るのは、キスの日以来だ。
意識してしまい、歯切れの悪い返事をしてしまった。
帰宅するとすぐに夕飯を食べる。お風呂に入って部屋で浬が来るのをソワソワと待った。
インターホンが鳴り、僕は身体を跳ねさせた。
対応した母親は、久しぶりに浬が来たことで弾んだ声を出す。
ゆっくりと階段を登る音が聞こえて、僕の胸は痛いほど鳴っていた。
浬が扉を開ける。浬もお風呂上がりみたいで、いつもセットしている明るい髪は降りていた。
首元が少し緩んだスウェット姿に、浬のこんな格好は学校のみんなは知らないんだよな、と少しの優越感を得る。
「えっと、座る?」
クッションを渡すと、浬は僕と肩が触れるような位置で足を伸ばして座った。
僕の部屋はベッドと学習デスクと本棚しかないから、スペースはいくらでもあるのに。
居心地が悪くて身じろぐ。
「あのさ、恵斗は最近どうなの?」
「どうなの? 元気だよ」
「いや、そうじゃなくて」
浬は口元をまごつかせる。僕は浬の言いたいことがよくわからなくて首を傾けた。
浬は足の上で指を組み、そこに視線を落とす。
「あのさ、恵斗はキスは好きな人としかしたくないって言ったじゃん」
「あー、そうだね」
僕も視線を落とした。
「上手くいってんの? 好きな人とは」
浬は僕の好きな相手を知らないからこんな話題を振るんだ。本人に聞かれると、意識されていないってわかっていても気分が下がる。
僕は首を振った。
「上手くいくわけないんだ」
「なんで」
「だって、友達としか思われていないから」
「……恵斗がいつも一緒にいる中に好きな相手がいるの?」
僕は慌てて首を振った。
「違うよ。今井くんでも山崎くんでもないよ」
「あー、中学の同級生か?」
キスをされたのが高校の入学式の前日だったから、浬は大きく息をついた。
「僕のことは放っておいてよ。浬はどうなの?」
聞きたくもないけれど、話題を変えたくて話を振る。
「俺は振られてるから」
眉尻を下げて浬が笑う。
……好きな人いるんだ。
「いつ?」
「高校の入学前に」
僕にキスした時期と一緒だ。好きな人がいるのに、なんでキスなんてするんだよ。
心の中がモヤモヤしたもので埋め尽くされていく。
「一年も前に振られても、まだ好きなの?」
「ああ、そうだな。そう簡単に吹っ切れないよ。恵斗だって友達としか思われてなくても好きなんだろ?」
僕は小さく頷く。
浬に好きな人がいるってわかっても、気持ちは簡単に変えられない。
「練習しないか?」
「なんの?」
「口説く練習」
口説く練習? 僕と浬でってことだよね。
僕は勢いよく首を振った。
「無理無理、絶対に無理!」
「なんで?」
「僕は友達だと思われてるんだよ。それで充分だから、練習なんて必要ないの」
「諦めてんの?」
「そうだね。だから僕はいい」
浬は口角を上げて笑う。
「俺は絶対に諦めないけど」
僕は何も答えられなかった。
浬が誰かと付き合うのは嫌だけれど、振られる浬は見たくない。
「だから練習させて」
浬に耳元で囁かれた。熱い息がかかり、僕は耳を押さえて仰け反る。
「練習って何をやるの? 告白の言葉を聞けばいいの?」
「いや、デート」
デートの下見ってことかな?
理由は複雑だけれど、浬と出かけられるのは嬉しい。僕は「いいよ」と頷いた。
「今週の土曜日は暇?」
「うん、空いてるよ」
「デートプラン考えるから、おしゃれしてこいよ」
相手の服装を褒める練習でもするのかな? おしゃれな服なんて持っていないから困る。
浬の首元の緩んだスウェットが目に入った。この格好でおしゃれしてこい、なんて言う浬がおかしくて笑ってしまった。
「どうした?」
「おしゃれした方がいいのは浬でしょ」
僕が指摘すれば、浬は目線を落として自分の服装を見ると「そうだな」と笑顔を見せる。
この時にやっと、キスをする前のように心から笑い合えた。
土曜日は早起きをした。
服装で頭を悩ませる。クローゼットを眺めても、おしゃれな服なんてない。
無難に白いシャツとベージュのスキニーパンツを身につけた。これなら失敗はしないだろう。
スニーカーを履いて家を出ると、浬がすでに待っていた。
「ごめん、遅くなって」
「いや、俺が早く家を出ただけだから」
浬は白いシャツに黒のスキニーパンツを身につけていた。
シンプルな格好でも、浬が着ると華やぐ。地味な僕だと、無難になってしまう。服は着る人によって印象が変わるな、と少し悲しくなった。
「服が被ったね。僕、着替えてこようかな」
「なんで? そのままでいいだろ」
パンツの色は違うけれど、浬は僕とお揃いみたいになっているのは嫌じゃないのかな?
「じゃあ行こうぜ」
浬に手を繋がれた。
僕は慌てて手を引いた。握られた手を反対の手で覆う。一瞬だったけれど、触れた箇所が熱い。
「なに?」
「手を繋ぐのも、好きな人じゃなきゃ無理?」
浬は落ち込んだようなか細い声を出し、僕を見つめる。
浬はデートの練習のつもりで手を繋いだんだ。僕は浬の好きな人の代わりになりたくなくて、小さく頷いた。
「ごめん。……行こうか」
僕は頷いて、浬の隣を歩いた。
「どこにいくの?」
「着いてからのお楽しみ」
話しかけると、浬は口角を上げた。先ほどの悲しそうな表情ではなくなって、ホッとする。
一年間ほとんど口を聞いていなかったけれど、それまでは毎日のように話していても話題は尽きなかったんだ。
僕は好きな気持ちを隠して、浬の友達でいることを選んだ。昔に戻っただけ。
唇を触る。もう感触なんて覚えていないけれど、浬の唇は僕の指よりも柔らかかったことだけは覚えている。
「どうした? 急に黙って」
浬に顔を覗き込まれる。
夕日に染まって、浬の顔は赤くなっていた。これなら夕日のせいって誤魔化せるかな? 僕の顔が赤い理由が、夕日のせいだけじゃないことを。
「後で部屋に行ってもいいか?」
「あっ、うん、いいけど」
浬が僕の部屋に来るのは、キスの日以来だ。
意識してしまい、歯切れの悪い返事をしてしまった。
帰宅するとすぐに夕飯を食べる。お風呂に入って部屋で浬が来るのをソワソワと待った。
インターホンが鳴り、僕は身体を跳ねさせた。
対応した母親は、久しぶりに浬が来たことで弾んだ声を出す。
ゆっくりと階段を登る音が聞こえて、僕の胸は痛いほど鳴っていた。
浬が扉を開ける。浬もお風呂上がりみたいで、いつもセットしている明るい髪は降りていた。
首元が少し緩んだスウェット姿に、浬のこんな格好は学校のみんなは知らないんだよな、と少しの優越感を得る。
「えっと、座る?」
クッションを渡すと、浬は僕と肩が触れるような位置で足を伸ばして座った。
僕の部屋はベッドと学習デスクと本棚しかないから、スペースはいくらでもあるのに。
居心地が悪くて身じろぐ。
「あのさ、恵斗は最近どうなの?」
「どうなの? 元気だよ」
「いや、そうじゃなくて」
浬は口元をまごつかせる。僕は浬の言いたいことがよくわからなくて首を傾けた。
浬は足の上で指を組み、そこに視線を落とす。
「あのさ、恵斗はキスは好きな人としかしたくないって言ったじゃん」
「あー、そうだね」
僕も視線を落とした。
「上手くいってんの? 好きな人とは」
浬は僕の好きな相手を知らないからこんな話題を振るんだ。本人に聞かれると、意識されていないってわかっていても気分が下がる。
僕は首を振った。
「上手くいくわけないんだ」
「なんで」
「だって、友達としか思われていないから」
「……恵斗がいつも一緒にいる中に好きな相手がいるの?」
僕は慌てて首を振った。
「違うよ。今井くんでも山崎くんでもないよ」
「あー、中学の同級生か?」
キスをされたのが高校の入学式の前日だったから、浬は大きく息をついた。
「僕のことは放っておいてよ。浬はどうなの?」
聞きたくもないけれど、話題を変えたくて話を振る。
「俺は振られてるから」
眉尻を下げて浬が笑う。
……好きな人いるんだ。
「いつ?」
「高校の入学前に」
僕にキスした時期と一緒だ。好きな人がいるのに、なんでキスなんてするんだよ。
心の中がモヤモヤしたもので埋め尽くされていく。
「一年も前に振られても、まだ好きなの?」
「ああ、そうだな。そう簡単に吹っ切れないよ。恵斗だって友達としか思われてなくても好きなんだろ?」
僕は小さく頷く。
浬に好きな人がいるってわかっても、気持ちは簡単に変えられない。
「練習しないか?」
「なんの?」
「口説く練習」
口説く練習? 僕と浬でってことだよね。
僕は勢いよく首を振った。
「無理無理、絶対に無理!」
「なんで?」
「僕は友達だと思われてるんだよ。それで充分だから、練習なんて必要ないの」
「諦めてんの?」
「そうだね。だから僕はいい」
浬は口角を上げて笑う。
「俺は絶対に諦めないけど」
僕は何も答えられなかった。
浬が誰かと付き合うのは嫌だけれど、振られる浬は見たくない。
「だから練習させて」
浬に耳元で囁かれた。熱い息がかかり、僕は耳を押さえて仰け反る。
「練習って何をやるの? 告白の言葉を聞けばいいの?」
「いや、デート」
デートの下見ってことかな?
理由は複雑だけれど、浬と出かけられるのは嬉しい。僕は「いいよ」と頷いた。
「今週の土曜日は暇?」
「うん、空いてるよ」
「デートプラン考えるから、おしゃれしてこいよ」
相手の服装を褒める練習でもするのかな? おしゃれな服なんて持っていないから困る。
浬の首元の緩んだスウェットが目に入った。この格好でおしゃれしてこい、なんて言う浬がおかしくて笑ってしまった。
「どうした?」
「おしゃれした方がいいのは浬でしょ」
僕が指摘すれば、浬は目線を落として自分の服装を見ると「そうだな」と笑顔を見せる。
この時にやっと、キスをする前のように心から笑い合えた。
土曜日は早起きをした。
服装で頭を悩ませる。クローゼットを眺めても、おしゃれな服なんてない。
無難に白いシャツとベージュのスキニーパンツを身につけた。これなら失敗はしないだろう。
スニーカーを履いて家を出ると、浬がすでに待っていた。
「ごめん、遅くなって」
「いや、俺が早く家を出ただけだから」
浬は白いシャツに黒のスキニーパンツを身につけていた。
シンプルな格好でも、浬が着ると華やぐ。地味な僕だと、無難になってしまう。服は着る人によって印象が変わるな、と少し悲しくなった。
「服が被ったね。僕、着替えてこようかな」
「なんで? そのままでいいだろ」
パンツの色は違うけれど、浬は僕とお揃いみたいになっているのは嫌じゃないのかな?
「じゃあ行こうぜ」
浬に手を繋がれた。
僕は慌てて手を引いた。握られた手を反対の手で覆う。一瞬だったけれど、触れた箇所が熱い。
「なに?」
「手を繋ぐのも、好きな人じゃなきゃ無理?」
浬は落ち込んだようなか細い声を出し、僕を見つめる。
浬はデートの練習のつもりで手を繋いだんだ。僕は浬の好きな人の代わりになりたくなくて、小さく頷いた。
「ごめん。……行こうか」
僕は頷いて、浬の隣を歩いた。
「どこにいくの?」
「着いてからのお楽しみ」
話しかけると、浬は口角を上げた。先ほどの悲しそうな表情ではなくなって、ホッとする。



