モイライ来りて糸を繰る


 四谷と再会して、さらにしばらく経った頃。
 三者面談が行われたのだが、この日は母に同行してもらう事になった。席に着くなり担任から、進路について改めて確認される。

「瀬戸君は確か就職希望とうかがっていましたが、変更する予定ですか」
「はい、進学を考えています。今からだと志望校の決定とか、いろいろ難しいかもしれませんが……それでも、できる限りやってみたいんです」

 陽向の言葉を聞いて、隣に座っていた母が小さく息を呑んだのが聞こえた。泣くのを堪えているような、そういう気配を感じる。
 帰り道、母と二人で並んで歩いた。夕暮れ時の住宅街は落ち葉が風に舞い、視線を上げればふとした拍子に桜の新芽が膨らんでいるのが見える。

「陽向」

 母が立ち止まる。振り返ると、夕焼けを背にして涙を流していた。

「ごめんね、本当に。私たち、あなたに甘えてばかりで」
「いいよ、もう。全部終わったんだから」
「良くないでしょう。たとえ終わったとしても、良くないのよ。全然」

 母は手の甲で目元を拭いながら、自分と陽向に言い聞かせるように繰り返す。何と答えたものか、陽向はひとまず隣に並んで同じ夕日を見た。

「ねえ。一つだけ、聞いてもいい?」

 もうすぐ家に着くというところで母が問い掛ける。

「梶山君の事、好きなの?」

 陽向は少し驚いたが、やがて静かに頷いた。母は嬉しそうに目を細め、同時にまた少し泣きそうな顔をする。

「そう、良かった。あの子はずっと、本当にずっと、あなたの事を大切にしてくれていたから」

 知ってたのと聞くと、親には分かるものなのよ、と返ってきた。
 帰宅してすぐ、辰巳にメッセージを送る。

『僕らの事、母さん知ってたみたい』

 返信は三秒もしない内に来た。

『俺の親にも昔からバレてた』

 続けてもう一件。

『家族って、思ったよりお互いの事よく見てるんだな』

 陽向はベッドに横になり、スマホを胸に当てて天井を仰ぐ。ふと、あぐりという名前の意味が意識に上った。
 溢れる、余る。そんな意味で付けられる名前だと昔聞いたが、陽向にはもう一つの意味があるように思えてならない。
 溢れて余るほど、飽きてしまうほどに愛されるべき子ども。
 その解釈が正しいかどうかは分からない。それでも陽向は、そう思う事にした。

 春一番が吹きすさび、部屋の窓を叩く。荒々しい風の中で、美しいペルセポネーが新しい春の気配を連れて来ていた。