視界が一瞬白く飛んで、次に意識が戻った時に陽向は道路の端に座り込んでいた。
緊急車両のサイレンが遠くに聞こえる。誰かが呆然とする陽向の肩を揺すった。
「陽向くん、しっかりして! もう救急車来るからね!」
田上さんの声が聞こえるが、内容が言葉として入ってこない。
陽向の代わりに、辰巳が車に撥ねられた。その事実だけが頭の中を占有して、他の事に割けるリソースがない。
立ち上がろうとして膝ががくりと震える。どうにか真っ直ぐ立ち、一歩一歩、よろめきながら辰巳の元へ向かおうとする。
「動いちゃダメよ! 安静にしておかないと!」
陽向を気遣う田上さんの声がするが、それでもフラフラと辰巳の傍へ歩み寄る。
道路を挟んだ向かい側に、車道に飛び出したはずの子どもがいた。長い黒髪に白いワンピース。今は笑っているわけでも、泣いているわけでもない。その顔はまるで、理解できないものを見たとでも言うような驚愕に満ちていた。
一見すると幼い女の子のような風貌。だが違う。この子は男の子だ。
正面から改めて顔を見て、はっきりと分かった。
再び、風の中に消えるようにしてその姿が見えなくなる。その場にいる陽向以外の人間には、誰も彼の姿が見えていないようだった。
ふと、名前を呼ばれた気がして振り返った。
地面にうつ伏せに倒れている辰巳が、懸命に首をこちらに向けて何か喋ろうとしている。
ひな、た、ぶじ、で、よかっ、た。
「たっちゃん! もういい、もう喋らないで!」
「おれ、おまえ、が、……」
「たっちゃん!」
意識を失った辰巳に必死に呼び掛ける陽向の声を、かき消すような怒号が響いた。
「早く! 安全な場所へ移動させるぞ!」
「心マは必要そうか!?」
「まずはとにかく安全の確保でしょ!」
現場の近くにいた男女のグループがこちらに駆け寄ってきた。どうも医療や救命法関係の知識があるようだ。
救急車が到着した後の事はあまり覚えていない。救急隊員に何か聞かれて、答えたような気はする。
いつの間にか辰巳と一緒に病院まで運ばれて、ようやく周囲の景色がはっきりと認識できるようになった頃には薄暗い待合室に座らされていた。兄はマンションの住人の人が一時的に付き添ってくれたみたいで、今は自宅に戻っているという。
どれくらいの時間が経っただろう。深夜に差し掛かる頃、最終の新幹線で到着した両親が病院に現れた。二人とも泣いていたのか真っ赤になってしまった目で、何度も何度もごめんなさいと謝った。
子どもだけにしてごめんなさい。こんな目に遭わせてしまってごめんなさい。
何を言われても、今の陽向は首を振るだけで何も言えない。やがて集中治療室前から戻ってきた辰巳の両親が、陽向の両親と何やら話し始める。
どうやら辰巳は奇跡的に一命を取り留め、まだ意識は戻らないものの容態も落ち着いてきているそうだ。
病院の窓から見る空はすでに白んでいて、七月三十一日はとうに過ぎ去ったのだと教えてくれていた。


