午後はテレビにサブスクを繋いで映画を観ようという事になった。どの作品が良いか希望を聞く辰巳に、陽向はふと、先日四谷と交わした会話を思い出す。
ヘラクラスのアニメ映画を探してみると、一九九七年の作品がヒットした。レンタル対象作品になっていたのでその場で手続きをし、二人でソファに座ってテレビ画面を見る。
四谷が言っていたメガラってこの人か。あ、本当に運命の三女神も出てきた。結構怖い見た目なんだな。
そんな事を思いながら二人で作品を鑑賞する。
クライマックスでかつてゼウスによって封印されていた巨人たちが、ハデスの策略で解放されてしまった辺りだっただろうか。
突然、ジリリリリリとけたたましいベルの音が鳴り響いた。
「何だ、火災報知器か?」
「そうみたい。どこかで火事なのかな? とにかく早く外に出ないと」
「待て、ただの誤作動かもしれないだろ。ちょっと窓開けて様子見てみる」
映画を一旦停止し、二人でリビングに面した大きな窓を開けてみる。途端に焦げ臭いニオイが嗅覚を襲った。四月のあの日、雷によって桜が燃えた時に嗅いだニオイを、さらに強烈にしたような焦げ臭さだ。
「どうしよう、本当に火事だ!」
「落ち着け。いいか、悠さんは俺が担いでいくから、お前は俺の傍を離れるな。慌てずに、確実に避難しよう」
冷静な辰巳の判断に従い、三人で揃って行動する。ゆっくりと階段を下りてエントランス前に出ると、部屋で窓を開けた時の強烈な焦げ臭さは感じられなかった。少し不自然に思ったが、外気で薄められているのだろうか。
マンションの出入り口付近には、他にも屋内にいたらしい何人かの居住者が避難してきていた。
「あら、陽向くん?」
「田上さん。お久しぶりです」
「本当ね。同じ階とはいえ、普段あんまり話す機会もないし」
声を掛けられた方を見て、返事をする。時々会う同じ階の住人だった。確か今は夫婦二人で暮らしていて、お子さんは就職して他県に出ているという話だったはずだ。
「何でこんな暑い日に限って鳴るのかねえ。誤作動とはいえ、念のため外に出るこっちの身にもなってほしいわ」
「え、誤作動? でも、何か焼けるような焦げ臭いニオイ、してましたよね?」
「本当? 全然感じなかったけど……木村さん、ニオイなんかした?」
「いや、私も特には……念のため出てきただけで」
不意に、強烈なまでの悪寒がした。両腕を擦りながら、本当に火事ではないのかと辺りを見回す。
その時だ。エントランス前の歩道から車道に向かって、小さな子どもが飛び出していくのが見えた。幼い頭身に長い黒髪、そしてワンピース姿。
陽向は一も二もなく駆け出す。悠心を近くの壁際に座らせた辰巳が、慌てた様子で何か叫んだ。
幸い、車道にはまだ車が一台も通っていない。道路の真ん中に立つその子どもを保護しようと車道に飛び出した瞬間。
パッ、と風で吹き飛ばされるかのように、子どもの姿が消えた。
「えっ」
思わず頓狂な声を上げた陽向の右側から、つんざくようなクラクションの音がする。
逃げようとしても足が動かない。足元を見ると、先ほどの子どもが陽向の足にしがみついていた。
子どもらしいにこやかな笑顔。だがどこか歪だ。
乗用車が近付いてくるのが、スローモーション映像のように見えた。
あ、もう駄目だ。僕、死ぬんだ。
「七月の晦日、『梶山辰巳は』鉄の獣に轢き潰される!」
背後から悲鳴のような絶叫が聞こえて、ほぼ同時に強い力で背中を押された。
硬いアスファルトの上に倒れ込む。振り返ろうとした瞬間、ドンッと何かが鉄の塊にぶつかる、絶望的な音がした。
周囲から甲高い悲鳴が上がる。動こうとしない体に叱咤して振り返ると、乗用車に撥ね飛ばされた幼馴染が、陽向の大切な人が、うつ伏せで血の中に倒れていた。


