モイライ来りて糸を繰る


 六時半にスマホのアラームが鳴る。深く眠れたのか、目覚めはすっきりとしていた。
 ふと、眠りに落ちる直前まで陽向を抱き込んでいた腕の感触がなくなっている事に気が付く。トイレにでも行っているのだろうかと起き出してみると、キッチンの方から何やら物音が聞こえた。

「あ、おはよ陽向!」
「おはよう……何してるの?」
「朝飯作ってた。勝手に台所使ってごめんな。汚してはいないし、皿は置いといてもらえたら全部洗っておくから」

 そう言うと辰巳は三枚の平らな皿の上にロールパンサンドを並べ、二人分はリビングのテーブルにそのまま、一人分はラップを掛けてキッチン台の上に置く。悠さんの分は俺が持っていこうか、と気遣ってくれる彼に、陽向は顔を洗ったらすぐに持っていくから大丈夫だよと告げた。

「朝ご飯、作ってくれてありがとう。お客さんなのに気を遣わせてごめんね」
「泊まらせてもらってるんだからそれくらいはするって」

 寝起きから爽やかな笑顔を振り撒いてくれる彼がいると、家の中の雰囲気がずいぶん変わる。心なしか、辰巳も何だか妙に機嫌が良さそうだ。
 洗顔と着替えを済ませ、兄に朝食の皿を持っていった後、昨夜と同じように辰巳と二人でテーブルに着いた。淹れたてのコーヒーで作ったカフェオレと一緒に、サンドイッチをつまむ。
 皿の上にはロールパンが二つ。ゆで卵を潰してマヨネーズで和えたサラダがどちらにもたっぷり詰められており、片方にはレタス、もう片方には薄切りのハムが一緒に挟まっていた。
 見た目通りおいしいとしか言いようのない朝食を堪能した後、後片付けは結局二人で手分けしてやった。
 午前中は二人で課題をこなした。時折分からないところがあると、辰巳が丁寧に解説してくれる。自分一人で行うよりもはるかに効率の良いペースで、問題集の範囲を一つ終わらせられた。
 正午になり一日の半分を迎えても、大きな異変は何も起こらなかった。昼はまた辰巳が手際良くチャーハンを作ってくれる。

「削り節入りのチャーハンって初めて食べた。おいしいんだね」
「アクセントに生姜とか足しても旨いんだよ。今回はシンプルにまとめたけど」

 会話しながら昼食を食べ、悠心の部屋から昼の分の皿を回収した後、また二人で後片付けをする。
 久しく体験した事のない、穏やかで幸福な時間。願わくば、この瞬間が永遠に続きますように。
 不穏な呪いの言葉は、短い間だけだったが確実に、陽向の頭から消えていた。