「よ、バイトお疲れ」
「梶山君、まあまあ遅い時間だけど大丈夫……?」
「極真行った帰りなんて十時過ぎる事もあるから平気平気」
辰巳は軽い調子で言いながら瀬戸家に上がり込む。来る途中の自動販売機で買ってきたという炭酸ジュースの缶を差し出され、陽向はやはり困惑しながらもそれを受け取った。
「あんな連絡、急にどうしたの?」
「いや、期末明けて久しぶりのバイトって言ってたから、どうしても心配で」
「そんな、気を遣わなくても」
「気を遣うっていうか……嫌な事思い出させたいわけじゃないけど、五月の中間の時にあんな目に遭ったからさ」
きっと、強盗に遭った時の事を言っているのだろう。
「あんなの、人生で何度も遭遇するような出来事じゃないよ。でも、心配してくれてありがとう」
「あー……悪い。重たいのは分かってるんだけど」
辰巳が気まずそうに頭を掻く。純粋な心配からそこまでしてくれるとは、本当に幼馴染思いだ。
「それで、今日は何があったんだ?」
「うん、実は……」
二人でリビングのテーブルに着き、今日起きた事を陽向は順を追って話し始める。
アルバイト中に三橋という客に絡まれた事。その場に居合わせた四谷が助けてくれた事。仕事終わりに喫茶店で会話した事。
「お前、仕事終わってから二時間もアイツと二人でいたってのか?」
「そうなるかな。話しているとあっという間だったよ」
「ふーん、そう……」
心なしか辰巳の声が落ち込んでいるようだ。彼はあまり四谷のことを良く思っていないようだったから、陽向の身が気掛かりなのだろうか。
とにかく、今は情報の共有が先だ。陽向は四谷から聞いた話を一つ一つ説明する。
彼が兄の借金問題に関わっていた金融会社の社員である事。四月のあの夜、偶然の出会いが悠心のパニックを引き起こした事。
そして、あぐりという少年の話。
後半については辰巳もほとんど口を挟まなかった。時折相槌を打ちながら、真剣な表情で内容を咀嚼している。
「なるほど、予言や未来予知の類いじゃなくて呪いか。確かにそうかもな」
「うん……でも、この推測が正しいとして、結局どうしたらいいかは分からないんだ。お寺や神社でお祓いしてもらうのが筋なんだろうけど、伝手も何もないからどこにどう頼んだらいいのか分からなくて」
考えていると頭が痛くなってきた。辰巳は椅子に座って腕を組んだまま、何やら考え込んでいるようだ。
力になってくれるのはありがたいが彼もそろそろ帰らないと危ないし、何より家族が心配するのではないか。
「今後の事はこっちで考えるよ。今日は遅い時間にありがとう」
「なあ、ちょっと思ったんだけど」
帰宅を促そうとした陽向を遮り、辰巳が口を開く。
「そもそも俺たちの推測が本当に正しいのかどうか、はっきりしてない部分はあるよな」
「言われてみれば、そうだね」
彼の言葉に陽向はそれもそうだと同調する。とはいえ、どうやって真偽を確かめれば良いのか。
「……あ」
「陽向?」
「梶山君、やっぱり今すぐ帰って」
「ああ?」
思い付いた。この推測が当たっているのかどうか確かめる方法を。
しかし、辰巳を付き合わせるのは危険過ぎる。
「何だよ、らしくねえ言い方しやがって」
「ご、ごめん。その、確かめる方法を思い付いたんだけど、梶山君にもうこれ以上付き添ってもらうわけにはいかないから」
「分かった。とりあえず、その方法とやらを言ってみろ」
有無を言わせぬ口調で促され、陽向は俯きながらボソボソと説明した。
「……兄さんに向かって、あぐり君の名前を呼び掛けてみる。本当に霊がいるなら、何かしら反応すると思う」
「それって要するに、呪いを引き起こしている存在を意図的に呼び出すって事じゃないのか?」
「そう、なるかな」
「ダメだ。危険過ぎる」
辰巳は首を横に振る。
危険。そんな事は分かっている。でも、動かなければずっとこのままだ。
「そうだよ、危ないよ。だから梶山君はもう帰って。ここから先は僕一人でやる」
「馬鹿な事言うな! 落雷も強盗も、事前に知っておいて完全には防ぎ切れなかっただろ!? あぐりって子を呼び出して、今度こそ誰かの命に関わる内容を言われたら、お前耐えられるのか!?」
「でも、解決の糸口を見つけられる方法があるなら試したいんだ。このままいつ呪いが振りかかるか分からない状況で、ずっと過ごすよりかはマシだから」
だから、この役目は自分一人で背負わなければならない。


