モイライ来りて糸を繰る


「すみません、四谷さんに聞く事じゃないかもしれないんですけど」
「何だい」
「例えば兄にあぐり君という男の子の霊が取り憑いているとして、それがきっかけで予言の力に目覚めるって、そんな事があるんでしょうか?」
「本当に、俺に聞かれても困る質問をするね。まあ、あぐり君も基本的には普通の子だっただろうし。さすがに実は超能力者でしたとか、そんな事はないと思うけどね」

 困ったような笑みを浮かべながら自身の考えを述べる彼に、すみませんと陽向は謝罪する。
 やっと兄を救うための手掛かりが見つかったと思ったのに、かえって新たなモヤモヤが増えた気がする。

「さて、思ったより長居しちゃったな。君……ごめん、ここまでしっかり話しておいて、名前聞いてなかった」
「こちらこそすみません。瀬戸陽向です」
「ひなた、か。漢字は? 日に向かう? あ、太陽の方か。何にせよ、いい名前だね」

 そんな話をしながら四谷はタバコの箱をスーツの内ポケットに仕舞う。その拍子に薄い名刺入れがちらりと見えた。

「そういえばお勤め先の名前、メガラーファイナンスってどういう由来なんですか? いまいちピンとこなくて」
「ああ、それ。ヘラクレスって知ってる? ギリシャ神話なんだけど、俺が言ってるのはアニメ映画の方ね」
「ごめんなさい、観た事ないかもです」
「そう。でも確か、陽向君が生まれる前に公開された作品だったから無理もないか。ギリシャ神話の最高神ゼウスにある日とっても力の強い息子ヘラクレスが生まれるんだけど、オリンポスの支配を企むハデスっていう神様が、赤ん坊の彼に人間になる薬を飲ませるんだ。とはいえ最後の一滴分の薬を飲まなかったから、怪力だけは残るんだよね。映画はそんなヘラクレスが神様に戻るために、真のヒーローを目指す物語だよ」

 へえ、と陽向は相槌を打ちながら紅茶のグラスを傾ける。氷がほとんど溶けてしまって、華やかな香りがずいぶん薄まっていた。

「映画のヒロインの名前がメガラって言うんだ。ヘラクレスの最初の妻、メガラー。美人で色っぽくてずる賢くて、最初は悪役みたいなんだけどね。実際は愛した人の命を救うためにハデスに魂を売ってしまった、心優しくて純粋な女性なんだ。社長が元々そのアニメスタジオのファンだったんだけど、特にヘラクレスの物語が好きで、会社の名前を決める時にえいやって決めちゃったみたい」
「何か、茶目っ気のある方なんですね。その社長さん」
「身内には結構甘めかな。敵に回したら恐ろしいの一言だけど」

 クスクスと笑いながら、四谷も残った紅茶を飲み干している。

「そういえば、予言とは違うかもしれないけど、運命の三女神っていうのがその映画に出てくるんだよ」
「運命の三女神?」
「クロートー、ラケシス、アトロポスの三人だね。人間の寿命を決める運命の糸をまず最初にクロートーが紡いで、次にラケシスが長さを計って、最後にアトロポスが(はさみ)で切っちゃうんだ。彼女たちの手によって人間の寿命が決まるって事らしいよ」
「糸を鋏で切られると、その人は死んでしまうって事ですか?」
「そうなんだよ。何か、予言というより呪いみたいだよね」