「明日も雨だって。イヤねえ、毎年この時期は」
六月の日曜日。英梨とシフトに入っていた陽向は、店が暇な時特有の彼女のボヤキに同調しながら床を拭いていた。
先月の強盗事件を踏まえて、彼女も陽向とシフトを交代したことを後ろめたく思っていたらしい。店長からもしばらく休んだらと勧められたが、陽向は今まで通り勤務を続けることを選んだ。
ここを辞めたら、四谷と会う機会がなくなってしまうのではないかと思ったのだ。兄を社会へと繋ぎ止めてくれる可能性のある存在を、陽向は手放したくない。
「そういえば、最近たまに来るカッコいいお客さんいるじゃない?」
「どの人ですか?」
「ほら、あの、金髪でちょっとヤンチャそうな感じの。唇にピアスなんかしちゃってる」
まさしく今考えていた人物の話題が出てドキリとする。どう聞いても四谷のことだ。
「この前の水曜、大学からちょっと南に下ったところの本屋に用事があって行ってたの。そしたらその帰りに見かけたのね。何か道端にうずくまるというか、しゃがみ込んでる感じでいたから、さすがに心配になって声掛けようかと思ったんだけど」
彼女が通っている大学から南の方というと、陽向の自宅からもそう遠くない。確か、以前まで兄がよく酒を買いに行っていたスーパーもその近くにある。
「でも、具合が悪いわけじゃなさそうでね。その人、何してたと思う?」
「ええ? いや、さすがにちょっと分からないですね……落とし物とかですか?」
「何と、道端に転がってた小さなお地蔵さんを直してあげてたの。知ってる? あそこで昔小さい子が事故に遭って、それ以来変な事故が多発してたんだって。別に見通しが悪いわけでも車通りがめちゃくちゃ多いわけでもないのに、これはきっとその子の祟りだってなって」
「祟り、ですか」
「そうそう。それで、町内会の有志でその子の霊を慰めるお地蔵さんを作ったらしいよ。サークルの先輩が地元の人で、親からそんな話を聞いたんだって。何かその亡くなった子、当時は近所でもちょっと有名だったらしいんだけど」
「有名? 子役やってたとか、スポーツで、とかですか?」
「ううん。あたしも詳しくは覚えてないんだけど、そういういい意味で有名ってわけじゃなかった気がする」
「問題児だったってことですかね」
「いや、問題児っていうのともちょっと違ったんだよね。もっとこう、気の毒というか、可哀想って感じだったような」
顎に手を当てながら、英梨は何かを思い出しているような目付きで話す。
「とにかくさ。そのお地蔵さん、ちょっと前から壊れてたのよ。壊れてたって言っても割れてるとか、そういういかにも破損してますって感じじゃなくて。元々普通に立ってたのが、誰かに蹴飛ばされたみたいに倒れてたの。確か五月の連休頃に見かけた時にはもう倒れてたから、あの金髪のお兄さんが直してあげるまではずっとそのままだったんじゃないかな」
「五月の連休……じゃあ、もしかしたら四月頃からずっとそういう状態だったかもしれないんですね」
「あー、そうかも。でもさ、ああいうのって触るのちょっと抵抗あるでしょ? 下手にやるとバチが当たりそうっていうか。あたしも気付いてたのに、普通に見て見ぬフリしちゃったし」
英梨はレジカウンターの中で若干バツの悪そうな顔をしながら肩を竦めてみせる。
「確かに、気持ちは分かりますよ。僕も多分見なかったフリするかも」
「そうかなあ? ヒナちゃんなら絶対元に戻してあげようってなりそうだけど」
「そうでもないですよ」
返事をしながら、陽向は胸に残る妙な引っ掛かりに首を傾げた。
何故だろう、その話に違和感を覚える。自分でもよく分からないが、何か胸につかえるようなものがあるのだ。
「でもさ、ああいう雰囲気の人が優しいと、ますますカッコよく見えちゃうよね。言っちゃなんだけど、あの人って神も仏も信じてなさそうな見た目じゃない?」
「エリさん、そういうの今はコンプラ的にアウトですよ」
微笑みながらやんわりたしなめると、英梨は照れたように笑う。ブラウンのショートカットの毛先が彼女の顔に少しだけ掛かった瞬間、店の自動ドアが開いて新しい客がやって来るのだった。


