「大丈夫かい!? もう通報システムは作動させてるからね! 安心して!」
店長の声を聞き、陽向の意識はやっと現実に引き戻される感覚がした。刃物を向けられてから今まで、何だか夢を見ているような心地だったのだ。
「君もありがとう。びっくりしたよ、強いんだね」
「小四から極真やってるので」
「それでかあ。でも危なかったのには変わりないからね。警察の人が来るまで、君たちは二人ともバックヤードで休んでいなさい」
店長の指示に従い、陽向と辰巳は揃ってバックヤードに引っ込んだ。パイプ椅子を二つ引っ張り出し、並んで腰掛ける。
「あの……さっきはありがとう。ごめんね、僕、何にもできなくて」
「陽向、スマホ出して」
陽向の言葉を遮り、辰巳は有無を言わさぬ口調で言った。
「え?」
「今すぐ親御さんに連絡して、バイト辞めるって伝えて。親には未成年の子を自立するまで養う義務があるって民法で決まってるから、バイト辞めた分の生活費はそっちが出すようにって主張して」
「ま、待ってよ。そんな急に」
「そもそもの話、お前がバイトなんかしていなければこんな目に遭わずに済んだんだろ」
先ほど強盗犯の男に向けていたのと同じような、冷たい怒りの感情が伝わってくる。その矛先が自分の両親に向いているように思えて、陽向は慌てて首を振った。
「違うよ。必要な生活費はきちんと十分な量を毎月もらってるから。僕がここで働いてるのは生活上の保険みたいなものなんだ。だから、父さんも母さんも悪くない」
黒い瞳に見つめられながら懸命に弁解する。
「それに、今日だって本当なら僕は休みのはずだったんだ。どうしてもって無理を言って代わってもらったから。こうなるって事前に分かっていたはずなのに、それなのに……」
兄の言葉。あれはやはり予言だったのだ。一度は信じて、何か起こったら自分が何とかしなければと意気込んでいたのに。それなのに途中で油断して、いざとなったらドジを踏んでしまった。
思い返すと本当に情けなくて消えてしまいたくなる。
俯いてそれ以上何も言えずにいると不意に、陽向、と名前を呼ばれた。いつの間にか、ピリピリとその場を緊張で支配するような彼の雰囲気はなくなっている。
「事前に分かっていたって、どういうこと? まさか今日、あの男が店に来るって、あらかじめ知ってたって意味じゃないよな?」
怒気の代わりに今度は明らかな困惑を滲ませて、辰巳は陽向に尋ねる。あっ、と思わず陽向は口に手を当てた。
「ごめん、あの、それは」
「陽向、何か隠してる? 言いたくないなら無理に言わなくてもいいけど、お前に負担が掛かってる原因にそれがあるなら聞きたい」
「……信じてもらえないかもしれないんだけど」
四月から起き始めた異変について、ぽつぽつと時系列に沿って説明する。
ある晩、兄の悠心が土まみれになって帰ってきたこと。それ以来激しい痙攣と共に妙な言葉を口走る時があること。その言葉通りの出来事が、先月と今月に続けて起こっているということ。
話している途中でパトカーのサイレンが聞こえ、現場に警察官が到着した。軽い事情聴取をすると連れて行かれる前に一通り、この不可思議な出来事について辰巳に伝えることはできたが、彼はどうも半信半疑という表情だ。
「詳しい事はまた後で聞かせて」と言い残し、辰巳は警察官と共に店を出た。


