今日が土曜日というのもあるのだろうが、住宅街にポツンと佇む昼時を過ぎたコンビニは思いの外閑散としている。時々ジュースやタバコを買いに来たり、公共料金の支払いに来たりする客はちらほらといたが、基本的には平和そのものだ。
「何かごめんね、テスト期間中なのに」
「こちらこそ、急に無理言ってすみません」
「本当、言ってくれれば瀬戸君の休みぐらい僕らでどうにかするからね。いつも真面目に出てくれているんだし、もっと自分の希望を言っていいんだよ」
商品の品出しをしながら店長とそんな会話をする。この店舗のオーナーである小金井は五十がらみの気の良い男性で、陽向が働き始めた頃から何かと気に掛けてくれている。どうやら今年で高校生になった娘さんがいるようで、我が子と年の近い陽向の境遇を思いやってくれているようだ。
「あ、これ期限近いみたいですけど、発注どうします?」
「後で入れておくよ、ありがとう」
ふと時刻を見ると三時過ぎ。シフトに入ってから、二時間は特に何事もなく過ぎたわけだ。
やはり考え過ぎだったのかもしれない。先日の落雷もただの偶然で、兄はただ意味のないうわ言を口走っただけなのではないだろうか。
そんな思考が頭を過った時、店の自動ドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ」
ほとんど条件反射で挨拶をした陽向は、来店した客の姿を見てあっ、と声を上げそうになる。彼はドリンクコーナーに向かうと、いつかのように水のボトルを手に取った。
「今日もバイト?」
静かな声が陽向の鼓膜を揺らす。はいとだけ答えたが、金髪の彼は微笑んで「そっか」と返してくれた。
レジに向かう彼を目で追っていると、カウンターにいたはずの店長の姿が消えていることに気付いた。どうやら客が少なかったので、用事のために少しだけバックに引っ込んでしまったようだ。
「四谷さん、こっちで打ちます!」
急いでカウンターに戻り、彼をレジに案内する。今回もウィンストンキャスターを一箱購入した彼は、会計時にまじまじと陽向の顔を眺めた。
「ねえ。俺、名前教えたっけ?」
底冷えするような声と共に投げ掛けられた質問に心臓が跳ねる。いつもは目尻が垂れて優しそうな印象を与える眼差しは、刺すように冷たかった。
しまった。悠心が言っていた名前をそのまま言ってしまった。
「あ、その……兄が、ええと……」
何と答えたら良いのか分からず、要領を得ない言葉ばかりが口から漏れる。顔面が熱くなり、嫌な汗が背中を伝う。
動揺して真っ赤になっているであろう陽向の顔を見て、彼──四谷は何やら納得したように頷いた。
「君、悠君の弟でしょ? 瀬戸悠心君」
「は、はい。やっぱり、兄のお知り合いの方だったんですね」
安堵して思わず笑みが零れてしまう。四谷も小さく首を傾げて、クスリと笑ってみせた。今日も下唇に嵌まっているピアスが妙に艶かしい。
「知り合い、か。まあそうだね。彼、元気にしてる?」
「……はい。元気ですよ」
散らばったビール缶と酒瓶。そして背骨が悲鳴を上げるほどに仰け反って痙攣する兄の姿が思い出されたが、そんな事を今ここで言う気にはなれなかった。
「そう。なら良かった」
再び優しげな声に戻った彼はゆっくりとした口調で呟き、「じゃあね」とだけ残して店を出て行った。
「ごめんごめん、ちょっとパソコン触りに裏行ってて。お客さん来てたんだよね?」
「はい。でも、もうお帰りになったので大丈夫ですよ」
戻ってきた店長にそう返しながら時刻を確認する。今日のシフトが終わるまであと少し。このまま何もなく終わりますように。


