モイライ来りて糸を繰る


「え、勉強会?」

 二十二日の金曜日、いよいよ週明けから中間テストが始まるという日の放課後。辰巳からそんな誘いを受けた。

「そうそう。明日予定が合う奴は木田の家で集まって、みんなで勉強しようって誘われて。せっかくだから陽向もどうかなって。バイト休みにしてるんだろ?」
「あ、休みの予定だったんだけど、やっぱりシフト入ることになって……」
「は? え、高校のテスト期間って、店の人は知ってるんだよな?」
「そうなんだけど、その、いろいろ事情が」

 明らかに不審がっている辰巳に、陽向はしどろもどろになりながらも何とか言葉を返す。
 実際、英梨に連絡した時もかなり怪しまれたのだ。

『土曜のシフト代わるのはいいけど、ヒナちゃん中間あるんじゃないの?』
『そうなんですけど、やっぱり別の日を休みにしたいのでその代わりにと思って』
『それなら店長に相談して、その日も人員の都合つけてもらったら? ヒナちゃん真面目だからそういう風に申し出てくれているんだろうけど、学生の本分は勉強だよ。もうすでに一個単位落としそうになってるあたしが言うのもなんだけどさ』

 そんな押し問答が続いた末に、何とか二十三日のシフトを変わってもらった。
 兄が口にしたあの言葉の解釈がこれで本当に合っているのか。例え合っていたとしても、陽向の勤務時間中に言葉通りの出来事が起きるのかどうか。
 分からないが、それでも何もせずにいるよりかはマシだ。

「それなら仕方ないけど」

 辰巳はやはり訝しがりながらも了承してくれたようだ。じゃあまた来週、と陽向が通学用のリュックを肩に掛けようとした時、彼がまた口を開く。

「こういう事聞くの良くないんだろうけど、親御さんとは連絡取ってるか? お前が今、週にどれぐらいバイトしてるかとか、生活費用はどれぐらい掛かってるかとか、そういうのきちんと共有できてる?」
「それは」
「悠さんの事だって、本来ならお前が背負う必要なんてないだろ。俺たち、高校生なんだぞ。そりゃ、いつまでも子どもでいられるような年代でもないかもしれないけどさ、成人してもいない学生が身内の世話だの家事だの全部やらないといけないって、やっぱりおかしいよ」

 端正な顔が苦しそうに歪んでいる。辰巳が発する言葉の一つ一つが、小さなトゲのように陽向の胸に突き刺さった。
 人からの言葉でほぼ強制的に自分の状況を客観視させられたからだろうか。陽向の視界がぼやけ始める。今にも頬を零れ落ちそうなほど目に涙が溜まっている事に、ようやく気が付いた。

「陽向」

 俯いて涙を堪えている様子を見た辰巳が、珍しくかなり慌てた声色で話し掛けてくる。

「ごめん、お前を傷付けるつもりはなくて、ただ」
「分かってるよ、大丈夫。心配してくれてありがとう」

 泣いてしまわないように顔を上げる。自分より頭半分ぐらい背が高い辰巳を見上げると、落ちそうになる涙が良い具合に止まった。

「勉強会、何時から?」
「昼の一時頃からって聞いたけど」
「そっか。ちょうどバイトが始まるぐらいの時間だから、やっぱり行けないや。でも誘ってくれてありがとう」

 精一杯の笑顔を作って、今度こそリュックを背負う。

「じゃあ、また来週。テスト頑張ろうね」
「……ああ、そうだな」

 まだ何か言いたげな表情で手を振る辰巳に背を向け、陽向は教室を出た。