モイライ来りて糸を繰る


 ゴールデンウィークが明け、どこか気だるげな同級生たちと同じ教室で授業を受ける。昼休みになるとようやく本調子に戻った気がして、陽向は軽くため息をついた。連休中もほぼ毎日コンビニのシフトに入っていたとはいえ、やはりアルバイトで使う体力と学業で使う体力は違う。
 休みのちょうど真ん中あたりの日に再び来店した金髪の彼の姿を思い出して、陽向はまたため息が出そうになった。今度は来店するなりレジカウンターにやって来て、タバコだけを買って行ったのだが。

「君、高校生ぐらい?」
「え? あ、はい」

 あの優しげな声でまた話しかけられ、陽向は動揺して若干声が上ずりそうになった。

「今日は学校も休みだろうにバイトだなんて、偉いね」
「ありがとうございます……?」

 その時は彼の後ろに他の客も並んでいたので、それ以上の会話はできなかった。会計が終わるとやはり足早に店を出てしまったが、去り際に「頑張ってね」と声を掛けてくれたのが、陽向は妙に嬉しかった。

「おい、陽向。おい」
「わあ!?」

 いつの間にか辰巳が目の前にいて、思わず大きな声を出してしまう。今の今まで声を掛けられている事にも気が付かなかった。

「ビビり過ぎだろ、傷付くわ。何度も呼んだのに全然こっちを見もしないし」
「ご、ごめん。ちょっとぼんやりしてて……」
「腹減ったし早く飯食おうぜ」

 辰巳に連れられ教室を出る。中庭に出るとベンチが空いていたので、今日はそこで昼食を摂る事にした。

「連休、どうだった?」
「僕はほとんどバイトだったよ。そこまで忙しくはなかったけど、基本ずっと立ちっぱなしだから今ちょっと足が痛いかも」
「そっか、コンビニって立ち仕事だもんな。海外とかだとレジ打ちの人が椅子に座ってたりするらしいから、日本もそうなればいいのに」
「確かにそれなら楽だね。梶山君は? お休みどこか行ったの?」

 互いにパンの袋を開けたり保冷バッグから弁当を取り出したりしながら会話を交わす。

「行ったと言えば行ったけど、楽しいイベントじゃなかったな」
「そうなんだ。何があったの?」
「極真の合宿。小学生から高校生までで、行ける奴は参加、みたいな。少年自然の家って言うの? あんな感じの所に二泊したんだけど、たまに初級者の稽古に付き合う以外はひたすら鍛練、鍛練、鍛練でさあ」
「それ、大変だね。今日も筋肉痛とか、ひどいんじゃない?」
「俺はそこまでじゃないけど、別の高校行ってる生徒は何人かキツそうにしてたな。最終日はもう立ち上がるのがやっとみたいな奴もいたし」
「へえ、すごい。梶山君は鍛え慣れてるんだね」

 一見細身な彼だが、きっとその体は質の良い筋肉に覆われているのだろう。純粋な感想を口にすれば辰巳は困ったように、あるいは照れたように笑う。

「俺は好きでやってるから。いざという時のためにって思ってるけど、できればそんな時が来ませんように、とも思うよ」
「……そっか」

 いざという時というのはやはり、守りたい人が危険に晒された時だろうか。そんな時が来ないように、というのはきっと、その人がそんな危ない目に遭うような事がありませんように、という意味なのだろう。
 彼は本当にその人の事を想っているんだな、と思う。

「そういえば、バイト先では何か面白い事なかった? 変な客とかいなかったか?」
「ううん、そんな人はいなかったけど。強いて言うなら……」

 思い浮かぶのは金髪の彼だ。どうしてこんなに気になるのか分からないが、彼の顔や声を思い出すと、陽向の鼓動は少しだけ早くなる。彼の話をした時の悠心の反応があまりにも異常だったから、それが原因だろうか。

「強いて言うなら?」
「えっと、バイト先に来たお客さんに、知り合いに似てるって言われて。その人、見た目とか今まで僕があんまり関わってこなかったタイプの人だったから、僕を見てそんな風に思ったのは意外だなって」
「へえ。どんな人?」
「若い男の人なんだけど、髪は金髪でスラッとしてて……あ、口元にピアスしてたよ。下唇だったかな」
「大丈夫かよ、そいつ。絶対ヤバい奴だろ」
「でも、話した感じは結構優しそうな雰囲気でね。声も穏やかな感じで。そうそう、この前来た時にバイト偉いね、頑張ってって言ってくれて、それが結構嬉しかったんだ」
「……そうかよ」

 辰巳は何故かあまり面白くなさそうに言いながら保冷バッグを漁る。何か彼を怒らせるような事を言ってしまっただろうか。

「梶山君?」
「ん? ああ、悪い。お前また昼飯パンだけかと思って、これ持って来てたの忘れてた」

 そう言って渡されたのは小さなタッパーと割り箸だった。蓋を開けると、中にはアスパラの豚肉巻きとミニトマトが詰められている。味が移らないようにミニトマトは弁当用の小さなカップに分けられていた。

「すごい! これ、梶山君が?」
「そんな大したもんじゃないけど、良かったらちょっと食ってみてほしい」
「本当に僕が食べていいの?」
「当たり前だろ、何言ってんだ」

 ようやく不機嫌そうな顔からいつもの人懐っこい笑顔に戻った辰巳に安心して、陽向は箸でアスパラの豚肉巻きを一つ取って口に運ぶ。旬のアスパラと肉の脂身がちょうど良いバランスだ。全体的な味付けは甘辛いが、焼肉のたれで炒めたのだろうか。香辛料の風味も効いていて、何個でも食べられそうだ。

「おいしい! 梶山君、すっごく料理が得意なんだね!」
「そんな褒めんなって。でも、口に合ったんなら良かった」
「うん。僕、これ大好き!」

 これは今度の夕食に自分で作ってみても良いかもしれない。そう思いながら舌鼓を打つ陽向を、辰巳は微笑ましそうに眺めていた。