窓際の特等席、秘密のエール




映画館に着くと、狭いロビーは人でごった返していた。
どこがチケット売り場で、どこが売店なのかも一瞬わからないくらいで、
店員さんの誘導で流れに乗り、券売機の列に並んだ。

「想像以上だな」

 人がひしめく誘導ロープの中、隼人が少しかがんで耳元で呟く。
ぬるい息が耳にかかる。

「う、うん。席残ってるか怪しいな」

 熱を持ちそうな右頬を手のひらで押さえる。

「ゴールデンウィークなめてたわ」

 少しずつ列が進んで行く中、やたらチクチク視線が刺さる。
しかも、身に覚えのある絡みつくような視線。
その視線を一身に受けているのはまぎれもなく隼人だった。

「背高いね。どこ高かな?」

「いいなぁ。隣に並びたい」

 聞こえるか聞こえないか絶妙な話し声に、俺は必死に聞き耳を立てた。

「何部かな?足大きいし、サッカーとか?」

(陸部だよ。ハードルを跳んでる姿はもっとかっこいいよー。
ちなみに足は二十八センチ)

 ただの友達なのに、心の中で自慢する。
自分の方が隼人のことを知っている。隣にいるのは俺だ。そう思った瞬間、胸の奥がぞわりとした。

(……え?やば、最近おかしい……)

「雪丸、どうしたの?」

「いや、何にもないよ」

「そう?人混みに酔ったとかなら教えてね」

「うん……」

 胸の奥がずっとざわついている。
名前のない違和感だけが、ずっと心の中に引っかかっていて、でも不思議と嫌ではない。
 俺はそれを心の奥にしまい込んで、モニタに映る上映スケジュールを見た。

ロビーの予告が一周回ったころ、
やっと券売機にたどり着いたが目当てだった映画はもう最前列しか空いていない。
どうしようか隣を見ると、隼人が真剣にモニタに映し出されたゾンビ映画の予告に見入っていた。

「隼人、どうする?」

「え、あぁ……首死にそうだよな」

顔を見合わせて少し沈黙が落ちる。

「もしかして……隼人、ゾンビ気になってる?」

「えっ、あ、うん。前作も結構面白くてさ、でもグロいし、
続きっぽくはないけど……また一人で見に来ようかなって」

「え、これにしようよ。俺も見たよ。
面白いよね、韓国ゾンビ。全力で走ってくるもんな」

「そうなんだよ!え、雪丸も見たの?ゾンビいけんの?
マジ?じゃあこれにしようよ!」

 さわやかな笑顔に、とびきり目をキラキラさせて隼人は俺の肩を掴んだ。

「え、うん。いいよ」

「いいの?まじサンキュー!」

 隼人は屈託のない笑顔で肩に腕を回してきた。
「うわまじか」「見たかったんだよな」とか言いながら、比較的すいてる座席表を眺める。

「俺、足ぶつけそうだからこの列がいいんだけど、雪丸は一番後ろ派?どこでもいい?」

「俺はどこでもいいよ。こだわりない」

 隼人が指定したのは、真ん中の通路を挟んだ一番前の列。
 
「まじ?じゃあ、ここにしよっと」

隼人の日焼けした長い指がパネルを二回押す。
「ポイントカードは?」「会計先に払っとくわ」と、テンポよく画面を進めていく。

(身長がデカいと、こんなことも気にしないといけないのか……大変だな)

隼人は俺の肩に腕を回したまま、売店の方に向かう。

「ポップコーンとコーラはマストだろ?」

 まぶしい。まぶしすぎる笑顔で俺を覗き込んでくる。
売店も長蛇の列で周りが少しピリついている中、
「チュロスも捨てがたい」などど、メニューを真剣に見つめている。
そして肩も組んだままだ。

「隼人、俺キャラメル派なんだけど。
ポップコーン……でも、ちょっと塩気も欲しいな」

「何か意外。偏見だけど、甘いの苦手かと思ってた。
購買のパンもおかず系が多いし」

「うん、間違ってないよ。なんかポップコーンだけは甘いのがいいんだよね。なんでだろ?」

「ははは。じゃあ、俺塩買うから。わけっこしようぜ」

(わけっこって……可愛い……)

 俺はむずむずする気持ちのままスクリーンに入り、
この名前のない気持ちをゾンビが吹っ飛ばしてくれることを願った。