土曜日。
お昼を早めに済ませ、陸上競技場に向かった。
俺は競技場の階段を駆け上がり、目の前に広がった景色に足が止まる。
レンガ色のタータン。真っ直ぐ伸びる白いレーン。
そして、その中を動く色とりどりのユニフォーム。
全部がやけにはっきり見える。
レンズ越しではない、生身の目で見るフィルターのない景色。
「四ケイ?四百メートルリレー?だっけ?」
前にリレーが二種類あると教えてもらったのに、
どっちが何なのか全然思い出せない。
プログラムなんて持ってないし、隼人のメッセージの
『十三時ハードル準決、十三時半リレー準決』を頼りに隼人を探すしかなかった。
高跳びに砲丸投げ、バックストレートでは棒高跳び。
フィールドではさまざまな競技が行われている。俺はトラックを隅から見回した。
すると、ひときわ目立つ黄色いスパイクを見つけた。最終コーナー付近で軽く身体を動かしている。
そしてアナウンスがかかった。
『次の競技は男子百十メートルハードル、準決勝です』
スピーカーから流れたアナウンスに、観客席が少しだけざわつく。
隼人が位置に着いた。
その瞬間、俺は無意識に拳を握りしめていた。
――がんばれ。
今まで何度も心の中で繰り返した言葉を、今日もまた呟く。
七レーンの隼人がスターティングブロックを調整して静かにスタートラインへ立った。
『男子百十メートルハードル準決勝第一組』
場内アナウンスが流れる。
『オン・ユア・マークス』
一斉に選手たちがしゃがみ込んだ。
『セット』
腰が持ち上がる。一瞬、競技場の音が消え、パンッ!と、
ピストルの乾いた音と同時に、八人が飛び出した。
スタートはほぼ横並びだった。七レーンの隼人も遅れていない。
勢いそのままに一台目のハードルへ向かい、選手たちが一斉に踏み切る。
一台目は八人横並びで越えていった。
けれど、二台目、三台目と進むにつれて少しずつ差が開き始める。
隼人も必死に食らいついていた。けれど、その差はなかなか縮まらない。
俺はいつのまにか叫んでいた。
「いけー!隼人!頑張れー!」
五台目。六台目。
「隼人ファイトー!」
俺は応援席の最前列で、腹の底から声を張り上げた。
楽器なんて吹いてないのに、ましてや走っているわけでもないのに、息が苦しくなる。
声が掠れる。
けれど、勝手に胸の奥底から何かがこみ上げてくる。
俺はそれを吐き出さずにはいられなかった。
そして最後のハードルに差し掛かったその瞬間。
「あっ――」
思わず声が漏れる。
隼人の後ろ足がハードルに引っかかった。
ガタン、と白いバーが揺れる。大きく体勢を崩した隼人だったが、転倒だけは免れる。
それでも失った勢いは大きく、結果は――六位。
決勝には上位二着とタイムで拾われるらしいが、それは厳しそうだ。
やがて顔を上げると、隼人はトラックへ向かって深く頭を下げた。
勝ったからでも負けたからでもない。
きっと隼人は、どんな結果でもそうする。
自分が競技した場所へ、大会関係者へ、選手たちみんなへ感謝を伝えるみたいに。
その姿が、どうしようもなく隼人らしくて。
だからこそ、俺は胸の奥がズシリと痛んだ。



