金曜日。
前の席が空いている。たったそれだけなのに、教室の景色が少し違って見えた。
いつもなら一限が始まる前から隼人が後ろを向いて、
「雪丸ー、英語の課題見せて」とか、「今日の弁当なに?」とか騒がしいのに、それがない。
窓の外では雨上がりの青空が広がって、
数学の先生が黒板に数式を書き、みんながノートを取る。
なのに俺の視線は何度もスマホへ向かってしまう。
――まだかな。
――予選、何時からだったっけ。
そんなことばかり考えている。完全に重症だった。
「まる、スマホ見すぎ」
休み時間になるなり、もっちーが笑った。
「見てない」
「嘘つけ。朝から二十回くらい見てる」
「見てない」
「見てる」
そんなやり取りをしていると、机の中のスマホが震えた。
俺ともっちーが同時に反応する。
「あ」
慌てて取り出して画面を見ると、送り主は隼人だった。
心臓が一気に跳ねる。
『ハードルもリレーも予選通過!』
短いメッセージの下に写真が二枚添付されていた。
一枚目は競技場の電光掲示板。
予選通過者の名前が並ぶ中に、
――牧村隼人
その名前がしっかり映っている。
「隼人通った!」
思わず声が出た。
「マジ?」
もっちーも覗き込む。
「マジ!」
二枚目を開く。
そこには陸上部の先輩たちと肩を組んだ隼人がいた。
黒を基調にしたユニフォーム。汗で少し乱れた黒髪。いつもの笑顔。
――よかった。本当によかった。
胸の奥で張り詰めていた何かがふっとほどける。
『やったな!お疲れ』
すぐに返信を打つ。
すると隣でもっちーが身を乗り出した。
「二年で準決進出なんてすげーよな」
「ほんとそれ!」
俺たちはスマホを挟んで顔を見合わせて笑った。
前の席は空っぽなのに。不思議と、そこに隼人がいる気がした。



