窓際の特等席、秘密のエール




壮行会が終わり、体育館の二階から楽器を運び出す。
トランペットをケースにしまったところで山瀬とばったり会った。

「明日よろしく」

「うん、がんばれよ」

それで終わると思いきや、続けて試合開始時間と集合場所と、
先輩たちから言われたらしい長い注意事項を渡り廊下で伝えられる。

(うわぁ……本格的だな)

吹奏楽部は明日、朝から球場だ。
野球部の応援は毎年恒例だし、断る理由もない。ないんだけど――。
ケースを肩にかけ直し、階段を下りようとしたその時。

「隼人」

思わず名前を呼んだ。ジャージ姿の隼人が階段を上がってくる。
いつもなら、「雪丸!」とか、「お疲れ!」とか、向こうから声をかけてくる。
でも今日は違った。隼人は一瞬だけこちらを見た。
本当に、それだけ。笑いもしない。手も振らない。
黒曜石みたいな目が一度だけ俺を捉えて、そのまますり抜けていく。

「……隼人?」

呼んだ声は、階段の踊り場に吸い込まれて消えた。
隼人は振り返らず、ジャージの背中だけが遠ざかっていく。

(なんだ……今の)

胸の奥がツキンと痛む。

最近ずっと調子が悪そうだった。でも今のは、それとは違う。
俺に向けられた何かだった気がしてならない。

(嫌われるようなこと、したっけ……?)

明日は球場で朝から夕方まで応援で、次会えるのは土日を挟んで、月曜日。
しかも勝ち進めばさらに試合が増える。言ってる間に今度は甲子園予選だ。
放課後に視聴覚準備室から隼人を見ることも、
トランペットで勝手に応援することもできない。
それなのにこんな時に限って……

(ちゃんと話したかったな)

 階段の上を見上げても、そこにはもう隼人の姿はなかった。
代わりに、窓の向こうに曇り空が広がっていた。