次の日の昼休み、山瀬は教室の扉に頭をぶつけそうになりながら、
くしゃくしゃの紙きれを持って入ってきた。
昨日と同じ席に座り、ああ、今日もそこなんだなと思った瞬間、
周りがざわつき始めた。
「今日もチワワ」
「壁の中のまる」
山瀬が来ると、胸のあたりがぎゅっと詰まる感じがする。
その身体の大きさに気圧されているのもあるし、
多分、隼人が褒めるからっていうのもあるかもしれない。
「お疲れ水野。例の曲のことなんだけど」
山瀬から紙を渡され、俺はおにぎりを食べる手を止めた。
「あ、場所変えたほうがいいか?」
両脇の二人には関係ない話だし、俺は「そうだな、そうしよ」と言った。
もっちーが蒸しパンを頬ばりながらOKサインをする。
ふと隼人を見ると、眉間にしわが寄って、ちょっとだけほっぺが膨らんでいる。
百八十三センチの男がやる顔じゃないのに、なぜか可愛く見えた。
「いいよな」
「な、なにが?」
「野球部ってだけで雪丸に応援してもらえる」
隼人は俺のスラックスのポケットを摘まんだ。
「俺だって応援してほしい。雪丸に弾いてほしい曲いっぱいある」
「俺トランペットだから何も弾けないよ。吹くことはできるけど……」
「もぉ!揚げ足取んなよー」
「そ、そんなつもりじゃないんだけど……」
掴まれたところからどんどん熱が広がる。呼吸がどんどん浅くなる。
「水野―?」
後方の扉から山瀬が呼んでいる。
「待って。今行く」と叫んで、もう一度隼人を見た。
まだほっぺは膨らんだままだ。
――もしかして俺の演奏を聴きたい、とか?そうだったら……少し嬉しいな。
「隼人。また今度リクエスト聞くよ。
陸上競技場は難しくても、河川敷とか海で良かったらいつでも」
「まじ?雪丸、めっちゃありがとう!愛してるぜ!」
――はぁ?え、はぁ?
思わず立ち止まってしまう。
「おま、な、な、何言ってんの?」
「だって、嬉しすぎて。雪丸の言質、ちゃんととったからな。絶対だぞ」
「隼人、大げさすぎ」
もっちーが呆れながら最後の蒸しパンを頬ばっていた。
食堂で話を聞いていたら五時間目ギリギリになり、
俺はチャイムと同時に教室に滑り込んだ。
案の定、野球部からもらった曲のリクエストは吹部の先輩たちがキレ散らかなしそうラインナップだった。
それを今から伝えないといけないと思うと、なかなか気が滅入る。
ため息をつきながら、机の中からごそごそと歴史の教科書を探す。
なかなか見つからず、先生が先に教壇についた。
「おーい、チャイムの前に準備しとけよー。小学生でもできるぞ」
こっちをちらりと見ながら嫌味が飛んできた。
俺は隼人の背中に身を隠すように縮こまりながら、
やっと見つかった教科書を出した。
最近こんなことばかりだ。心も体も、いろいろギリギリで余裕がない。
また大きなため息が出る。
すると隼人がちらりと振り返り、変顔をしてみせた。
そのまま「気にすんな」とでも言いたげに両手を軽く上げて肩をすくめる。
爽やかさと仕草が全然噛み合っていない。
俺は思わずフッと小さく息を漏らして笑った。



