「水野―?水野いる?」
休み時間。いきなり大きな声で呼ばれ、俺は卵サンドをふきだした。
「……まる、汚いぞ……」
「ご、ごめん」
隼人は「知り合い?」と言いながら、
教室の棚に置いてあるティッシュも持ってきてくれた。
「あ、うん。野球部の人。ちょっと、行ってくる……」
残りおの卵サンドをナイロン袋に入れて、
立ち上がろうとしたその時、声の主がやってきた。
「ごめんごめん、食べてんならそのまま聞いて欲しいんだけど、
ここ座っていい?」
返事を待たずに彼は俺の隣の席の椅子にドカッと座った。
(相変わらずデカい……)
「あ、俺知ってる。君、野球部でしょ?」
もっちーが突然話しかけた。
「そうそう、俺普通科三組で、野球部の山瀬。先輩にパシられてさ。
今年も吹部来るだろ?試合の応援曲の相談したくて」
「え、あー。いいけど。でもそれって普通三年がするんじゃないの?」
「いやそうなんだけどさ。
なんか今の三年仲悪いらしくて、お前行って来いって言われた」
なんと勝手な理由……
「じゃあ、しょうがない……のか?他の二年は?」
「みんなお前に頼めって言ってた」
ええ。みんなぐるじゃん……
「わかったよ……」
「まじ?さんきゅ。先輩からなんかめっちゃリクエスト貰ったからさ。
また放課後話そ。連絡先交換していい?」
「わかった」
俺はカバンからスマホをとると、自分のQRコードを見せた。
その瞬間、ふと隼人の顔が曇る。
「隼人どうしたの?」
「………いや、なんか……いいなぁって」
「え?」
「野球部ずるい」
隼人の視線は俺と山瀬のスマホを射抜いたまま、
眉間のシワがどんどん深くなる。
「なんで?まる取られたから?」
もっちーが空気も読まず的外れなことを突っ込む。
「いや。まあ、それもある」
それもあるんかい!え、なんで?ほんとうにわからない。
「だってさ、陸上は楽器の応援なんてないんだぜ?
演奏あったら、俺もっと速く走れる気がする。
野球ってだけで吹奏楽の応援あるのずるい!」
「確かに。サッカーもないしね。バレーとかバスケはどうなんだろ?」
「「「…………」」」
その場の全員が黙る。
「俺ら体育館勢とは無縁すぎてわからんな」
「うん」
隼人は諦めたようにコロッケパンを頬張った。
「じゃあ水野、また連絡する」
「わかった」
山瀬は立ち上がると、そのおおきな体に似合わず小さくいお辞儀して、
きちんと椅子をしまって行った。
「俺思い出した。あれ、入学当初噂になってた山瀬じゃん。
なんか強いクラブチーム入ってて、将来有望みたいなやつが何でうち来たんだろって。
サッカー部のやつらで見に行ってたわ」
「なんで?うちも野球部そこそこ強くない?」
「そこそこだろ?多分山瀬なら私立の強豪からも推薦きてたんじゃねって噂だった」
「ほえー。だって、めちゃでかかったよね?俺より高いんじゃね?」
「百八十八センチらしいぜ」
「やべー!あれで野球できるとか反則じゃん」
「それ、しかも坊主じゃない」
「もしやポジションは?」
「ピッチャー!」
「しびれるー!」
隼人が山瀬をベタ褒めしている。
俺のことなんてイチゴ大福だぞ?イチゴ大福。
(これって、いわゆる嫉妬……?)
興奮気味の二人に対し、ふつふつと腹の底から何かがせりあがってくる。
そして俺はふと、事の重大さに気づいた。
これ多分、っていうか絶対狙って野球部は山瀬を選んだに違いない。
あんな巨体に、俺みたいなやつが逆らえるわけないってわかってて……
で、話し合いの場では無茶苦茶な曲編成を頼まれて、それを先輩に話したら、
そんなの無理って俺が怒られて、また山瀬に突き返されて、板挟みになって――。
そう気づいたときには、もう手遅れだった。
「あ、あ、あ――。だめだ……」
周囲からはひそひそと哀れみの声が聞こえる。
「あれやべーな、まる」
「大型犬三匹に囲まれたチワワ」
「あー、わかる」
むしろチワワの方がまだ存在感があるかもしれない。
「いや、俺には牧場の柵に紛れ込んだ子ヤギに見える」
「どっちにしろ、まる、食われそうじゃねえか」
周りのやつらはケラケラと笑った。
俺は「聞こえてんだけど」とじろりと睨むと、
チワワは可愛いぞとか、訳の分からない返事が来た。
チワワだのイチゴ大福だの、他人から見た自分はいったいどう映ってるんだ?
そんなこと、一度も気にしたことなかったのに。今は違う。
平均身長、成績真ん中、顔も平凡。
そんな俺じゃ、隼人に「すげえ」とか「かっこいい」とか、
思われる日は来ないんだろうな。
俺は食べかけのたまごサンドをもう一度口に入れた。
――なのに、今日はあまり味がしなかった。



