「えー、今から席替えをします」
「まじ!?」
「いきなりすぎん?」
金曜日の五限目、ホームルームの時間。教室に入ってきた担任がそう宣言すると、途端に教室中がざわめきに満ちた。
あーあ、今の席、結構気に入っていたのに。誰にも干渉されない、教室の隅っこ。俺だけの安全地帯。遂にここから変わるのか、と残念な気持ちになりながら、順番が来たのでくじを引きに教卓へ向かう。
適当にボックスから引いた小さく織り込まれた紙を開けて、中に書かれた座席番号を確認していると、どこかから感じる視線。ふいと顔を上げると、自席から俺を見つめる崎本と目が合った。何を考えているのか分からないけれど、念でも送ってきているのかっていうぐらいまっすぐに涼やかな瞳に射抜かれて、えっ……と戸惑っていると、先生から肩を叩かれる。
「時田、確認できたか?」
「あ、はい」
「じゃあ、席に戻って。はい、次の列の人引きに来て」
いつの間にか、同じ列の人は確認を終えて席に戻っていたらしい。俺待ちだったことに気づかなくて、みんなから注目されていたなんて恥ずかしい。多分、崎本もいつまで突っ立ってんだって不思議に思いながら見ていたに違いない。熱くなった顔をできるだけ隠して足早に席に戻るけれど、途中で机に左足をぶつけてガタッと音が鳴る。
「大丈夫?」
「っごめん……」
話したことのある関の机だったのが救いか。けれど今の俺にしてみれば、こうやって心配されることによって羞恥心が更に募って、とことん居心地の悪さを増長させる。これ以上目立ちたくないのに、注目されるようなことをしてどうするんだ。どうしよう、何も上手くいかない。ズキズキと痛む足をなんてことないように動かして、そそくさと自分の席につく。絶対明日には痣になってる。最悪だ。
はぁ……と息を吐き出しながら、机に突っ伏す。新しい席は窓側から二列目の最後方。クラスに馴染めていない俺にとって、他のクラスメイトのように仲のいい友達と近くになりたいとかはないけれど、次も一番後ろの席になれたのは運がいい。足の負傷を考えると、プラマイゼロか?
「ねぇ、大雅、次の席どこだった?」
不意にそんな女子の声が耳に飛び込んでくる。どうやら崎本がくじを引き終えたらしい。他の誰にも聞いていなかったのに崎本にだけ確認するって、つまり、そういうことだろう。
へぇ、やっぱりモテるんだ。たった三人しかいない女子の人気を独り占めしたら恨まれそうなのに、ギスギスした空気はない。「崎本だから」で片付いてしまうのだから、すごいと思う。男女問わず好かれる人気者は住む世界が違いすぎて、俺にはよく分からない。
「俺? んー、秘密」
「意地悪。どうせすぐ分かるんだから、教えてくれてもいいじゃん」
「だって先に教えたら、お前席変わるだろ」
「何それ、あたしが隣に来たら嫌ってこと?」
「別にそこまでは言ってないけど……」
「はいはい、崎本も席に戻って。最後の列に引いてもらうから」
気が強いことで有名な真中に詰め寄られている崎本は、めんどくさそうな態度を全面に出しつつも、なんとかはぐらかそうとしている。誰が隣の席に来ようがうまくやっていきそうなのに、頑なに教えないなんて変なの。
なかなか冷たい態度を取られているというのに、それでも真中は一向に引く気配を見せなくて、いつまでやるんだろうって同情していれば、見かねた先生が間に入ってようやく崎本は解放されていた。スタスタと歩く崎本が「はぁ……」と怠そうに息を吐いたところを俺は見逃さなかった。
「はい、全員くじは引き終えたかな。じゃあ、移動して」
先生の言葉を合図に、全員が一斉に机を動かし始めて再び教室がうるさくなる。ほんの数席分しか変わらなかったから、俺が一番に新しい席に移動した。誰が隣になるんだろう。まだ移動してきていない隣を見て、少しだけドキドキする。真面目な人だったらいいな。毎回のように教科書を見せてやらなくちゃいけないような奴は嫌だ。
「えっ」
と、開け放された窓からふわっと風が舞い込んでくる。前髪が流されて整えていれば、驚いた声が降ってきた。見上げれば、きょとんと目を丸くした崎本。
「ときちゃん、その席?」
「うん」
「……やった」
素直に頷けば、崎本はその答えを飲み込んで数秒してからふわりと破顔した。真正面からそれをうっと食らってしまう。綺麗な顔にめっぽう弱いんだからしかたない。美しいというのは、それだけで人を虜にする。
隣、崎本かぁ。崎本は目立つけど、それは本人が悪いわけではなくて、周りが騒ぎ立てているだけだからきっと害はない。よかった、とほっと胸を撫で下ろす。絵しりとりをしたおかげで、すっかりいい奴認定されている。
「やったぁ、大雅の前の席だ」
「…………」
そうしたのもつかの間、崎本の前の席に移動してきて嬉しそうに後ろを振り返っている真中の出現によって、俺の心の安寧は脅かされこととなった。あ、これ、崎本と話していたらとばっちりが飛んでくるかも。良くない未来が見えた気がする。ふいとすぐに顔を背けて関係ないアピールをすれば、隣から苛立ちを隠そうともしないため息を吐き出す音が聞こえてきた。
「自分で引いた席に戻れよ」
「え?」
「そこじゃなかっただろ、お前」
「……最初からここだったもん」
「はぁ……、もういいよ」
「大雅、」
「俺、嘘つきとは話さないから。こっち向かないでもらえる?」
「っ、ひどい」
目に涙を溜めた真中が縋るように崎本を見つめるけれど、頬杖をついた崎本は素知らぬ顔で窓の外を眺めている。徹底した無視。俺みたいなはぐれ者にも優しいのが崎本なのに、こんな態度を取るなんてよっぽど嫌っているらしい。
世間一般には冷たいと酷評されるのかもしれないけど、俺としてはハッキリした態度を取ることに逆に好感が持てた。人気者だからって、全部我慢しないといけないのはおかしい。好きな人の近くの席になりたいという真中の気持ちは分かるけど、それを押し付けられる崎本に自由がなくなってしまうのはあんまりだ。
「ねぇ、大雅」
「…………」
「っ、戻るから無視しないで」
「…………」
「お願い」
「もう今更どうだっていいよ。好きな子に勘違いされたくないし、必要以上に優しくするのやめたから」
「えっ」
崎本のとんでも発言に、呆けた真中が反応するより早く俺の口から声が漏れる。まさか、好きな人がいたなんて。盗み聞きしていたことは悪いと思うけど、多分周りの席の人にはみんな聞こえているのだから俺だけが悪いわけじゃない……なんて、心の中で責任逃れしようとする。
この美しい男のハートを射止めたのは誰なんだろう、そう思ったら遠慮なくまじまじと見つめてしまう。真中の方に向き直ると思ったのに、崎本の視線は彼女を通り過ぎこちらを射抜く。どうして今の会話に関係のない俺が見つめ合っているんだ。頭上に増えるクエスチョンマーク。
「あー……」
「…………」
「ときちゃん」
「き、聞いてないから! 俺は何にも知らないから!」
嘘つきは嫌いだとさっき言っていたのに、崎本に名前を呼ばれただけで焦ってしまい、嘘で自分の口を塗り固める。心臓がバクバクとうるさい。
自分でも、どうしてこんなにテンパっているのか分からない。絵しりとりを一緒にした、あのときの無邪気な崎本とは違って見えて、なんだか気まずくなってしまった。
「ときちゃんがそう言うなら、今は流されてあげる」
「うん……?」
「ときちゃんには優しくしたいからね」
「へ?」
「これからよろしく、お隣さん」
少し覗いたらその言葉の真意を分かってしまいそうで、だけど気づいてしまったら何かが変わる予感がした。これ以上嫌われないようにそそくさと席を移動する真中のことなんて、崎本の視界には入っていない。陽光を浴びながらキラキラと輝く笑顔を向ける崎本にぐっと心を掴まれて、俺はこくんと頷くことしかできなかった。



