「ふはっ、お前、相変わらず下手すぎるだろ」
「何がどうしてそうなったわけ?」
田畠と関がほとんど同時に吹き出した。それにびっくりして顔を上げると、二人は先生にバレないように笑いを堪えようとしているけれど全然抑えられていない。小刻みに肩が揺れている。
何この状況。困惑したまま視線を移せば、困ったように眉を下げた崎本が唇を尖らせていた。まるで子どもが大人にからかわれて拗ねているときのような表情だ。そんな顔もするんだって、思わずじっと見つめてしまう。すると再びぱちんと目が合って、今度は先に俺から逸らした。だって、俺は三人の話に関係ないし。もういいんだ。実験も大事だけど、この時間で次のコンクールに出すテーマを考えようって決めたから。それにしては手持ち無沙汰で、ノートの端っこに戸棚から覗いている人体模型を模写していく。
「うっま」
人体模型って夜に見たらビビるよな、なんて。自分だけの世界に浸ってそんなことを考えながら迷いなくさらさらとシャーペンを動かしていれば、目の前から感嘆に満ちた声が聞こえてきた。え? とペンを止めて気づく。一体いつからそうしていたのか、崎本がキラキラとした瞳で俺の描いた絵を見つめていた。
「うわ、リアルすぎん?」
「すっげー」
崎本の後に続いて、田畠と関まで遠慮なくノートを覗き込んでくる。突然の陽キャは心臓に悪い。予想もしていなかった出来事に声も出せずにいると、崎本が自分のノートを俺の目の前に置いた。見ろということだろうと視線を落とせば、ノートのど真ん中に描かれていたのは謎の物体。ぐにゃぐにゃに曲がった歪な線が強烈なインパクトを与える。四角い何かを描きたかったであろうそれは、メモリらしき線が数本あることから恐らくビーカーだと推測される。見れば見るほど、目の前に実物があるのにどうしてこうなったんだという疑問が浮かんでくる。だってこんなの、俺の知っているビーカーじゃない。
「俺、絵だけは本当に苦手でさ……」
俺があまりに不可解な顔をしていたからだろうか。崎本は少し恥ずかしそうに白状する。
頭も運動神経も、顔も性格も全部良いと噂される男の唯一の弱点。それが俺の特技だなんて、ちょっぴり自己肯定感が上がって、自分のことが誇らしくなった。
「時ちゃんのと並べたら雲泥の差だね」
「ときちゃん……?」
「『時田』って呼ぶのは……なんかこう、味気ないじゃん」
「俺らのことは苗字呼びなのにな」
「そうだそうだ」
「そこ二人、うるさい」
初めて話したのにあだ名で呼ばれて、陽キャ特有の距離の縮め方に困惑を隠せない。口を挟む隙すらなくて、視線だけで会話についていっていると、関が「そうだ」と閃いた。
「ねぇ、絵しりとりしようよ」
「え?」
「いいじゃん、ほら時田くんから時計回りな」
「いや、今は実験する時間だろ」
「大丈夫、実験しながら描いていけばいいから。マルチタスク能力、磨いてこ」
崎本が乗り気な二人を止めようとするけれど、勢いとノリだけで生きてそうな田畠が俺の前にちぎったノートを置く。崎本も「はぁ……」とため息を吐き出して諦めているし、俺がここで拒否したら空気が悪くなるだろう。それぐらいは俺にだって分かる。
しょうがないなぁ、と適当にリスの絵を描いて崎本に渡せば、ただの落書きレベルの絵に「かわいい……」と大袈裟に感動している。こんなに素直に褒められることなんて最近では滅多になくなっていたから、むずむずして照れくさい。
「ちょっと、見惚れてないで早く描いて次に回してよ」
「ああ、ごめん」
隣で田畠が実験を進めながら崎本に声をかけると、きゅっと口を結んだ崎本がいつになく真剣な瞳でペンを動かし始める。ただのお遊びなのに、本気だ。それがなんだかおかしくて、ふっと笑みが溢れる。
ちょっと、勘違いしてたかも。いけ好かない奴だと思ってたけど、年相応で不器用なところもあるんだ。底辺だった崎本への好感度が少しだけ上がった。
「あはは、何これ。未知との遭遇じゃん」
「待って、俺が間違えた場合、大雅が負けになんの?」
「いや、読み取れない関が悪い」
「何でだよ、最初から俺の負け確じゃねぇか」
ぐちゃぐちゃに塗り潰された意味不明な黒い物体を前に、頭を抱えた関が必死に答えを導き出そうとしている。その様子を一緒になって笑って見ていれば、なんだか俺も仲間になれた気がした。



