五つ目の潜入任務を無事に終え、組織への報告を済ませた来夢(らいむ)を待っていたのは賞賛ではなく肌を刺すような冷ややかな視線だった
組織の廊下を歩くたび、かつての仲間たちのひそひそ話が耳に届く
「朔夜(さくや)の情婦」「恋にうつつを抜かす出来損ない」
――そんな言葉が毒のように空間に漂っていた
来夢はそれらを無視し、朔夜の待つ部屋へと急いだ
だがその部屋の前に立っていたのは組織の執行部直属の殺し屋たちだった
「来夢、お前への六つ目の任務が下った …だが今回のサポートに朔夜は付かない」
その言葉に来夢の心臓が大きく跳ねた
「どういうことですか? 朔夜さんは僕のパートナーで…」
「朔夜には別の『査問』が入っている お前を甘やかし、組織の規律を乱した罪だ …お前が次の任務を完遂できない場合、朔夜の命はないと思え」
頭を殴られたような衝撃だった
自分が「普通」の幸せを夢見たせいで朔夜を窮地に追い込んでしまった
来夢は奥歯を噛み締めて手元にある六つ目の任務指令書を奪い取るように受け取った
六つ目の標的はかつて朔夜が仕留め損ねたと言われる冷酷無比な傭兵集団のリーダー
一人で挑むにはあまりに無謀な任務だったが来夢に拒否権はなかった
「……待っててください、朔夜さん 絶対に助けますから」
来夢は独り、降りしきる雨の中を戦地へと向かった
一方、組織の地下室
朔夜は両腕を鎖で繋がれ、薄暗い光の中で静かに座していた
彼の前には長年彼を道具として使ってきた幹部の男が立っている
「朔夜、お前ほどの男があんな子供に絆されるとはな 結婚だと? 笑わせるな、お前は一生血の海で溺れて死ぬ運命なんだよ」
「…勝手に決めるな」
朔夜が低く、地を這うような声で応える
その瞳には拷問による疲労など微塵も感じさせない、鋭い殺意が宿っていた
「あいつは俺が育てた 俺以上にあいつの強さを知っている者はいない …お前たちの浅はかな思惑通りにはいかない」
その頃、来夢は死闘の真っ只中にいた
朔夜という道標を失い、独りきりで銃火器が飛び交う戦場を駆ける
肩を掠める弾丸、爆発の衝撃
恐怖に足がすくみそうになるたびに来夢は左手の薬指に触れた
そこにはまだ指輪はないが朔夜と交わした結婚という名の何よりも重い誓いがあった
(死ねない ここで終わったら朔夜さんの隣には戻れない!)
来夢の意識が極限まで研ぎ澄まされる
恐怖は消え、代わりに冷徹な殺意が全身を支配した
彼は影のように敵の背後に回り込み、一人、また一人と確実に息の根を止めていく
その姿はかつて彼を死の淵から救った「死神」そのものだった
だが多勢に無勢、来夢の体力は限界に近づいていた
最後の標的を追い詰めた瞬間、背後から別の狙撃手が銃口を向ける
「終わりだ、小僧」
乾いた銃声が響いた
来夢が死を覚悟したその瞬間
――崩れ落ちたのは背後の狙撃手の方だった
「……遅くなって済まない、来夢」
建物の屋上、月明かりを背にして立っていたのは自力で拘束を脱出し、血塗られたライフルを構える朔夜だった
来夢の瞳から熱いものが溢れ出した
「朔夜、さん…! どうしてここに…」
「言ったはずだ お前が地獄の底にいようと俺が連れ戻しに行くと」
朔夜は地上へ飛び降りるとふらつく来夢の体をしっかりと抱きとめた
二人の服は返り血と泥で汚れ、およそ「普通」の恋人たちには程遠い姿だったが重ねた体温だけは確かに生きていた
「六つ目、終わりました… あと一つです」
「あぁ…だが次が本当の正念場だ」
朔夜の表情はかつてないほどに険しかった
組織を裏切り、査問を脱出した朔夜と任務を遂行したものの異端児となった来夢
最後の「七つ目の任務」はもはや組織から与えられるものではなく自分たちの自由を勝ち取るための血塗られた儀式になろうとしていた
「来夢、怖くないか」
「……いいえ 朔夜さんがいてくれるなら僕はどこまでも行けます」
二人は夜の闇に紛れ、最後にして最難関の目的地へと歩き出した
その背中を組織の追っ手たちが静かにけれど確実に追い詰めていた

