殺し屋くんの『普通』の恋。

脇腹に熱い鉄の棒を押し当てられたような衝撃
来夢(らいむ)は激痛に視界が白く明滅するのを感じながら路地裏のコンテナの影に倒れ込んだ
「くっ……、はぁ、はぁ……っ」
四つ目の任務、その結末は最悪だった
標的は仕留めた
だが離脱の瞬間に放たれた弾丸は敵のものではない
背後から――身内である組織の監視役が来夢を仕留めようと放ったものだった
『朔夜の弟子が抜ければあの男も組織に縛り付けられる』
そんな浅薄な思惑が来夢の体を貫いたのだ
這うようにして辿り着いた予備の隠れ家
鍵を開ける力も残っておらず、ドアの前で崩れ落ちそうになった瞬間、内側から扉が勢いよく開いた
「来夢!」
朔夜の声だ
いつも冷静な彼がこれほどまでに切羽詰まった声を出すのを初めて聞いた
来夢の体は宙に浮くような感覚とともに朔夜の強い腕の中に抱き上げられた
「……すみません、朔夜さん しくじりました 背後……組織の人間が」
「喋るな 傷が深くなる」
ベッドに横たわらされ、シャツが乱暴に切り裂かれる
脇腹から溢れ出す鮮血を見て朔夜の顔が氷のように冷たく強張った
朔夜は無言で救急キットを取り出すと慣れた手つきで止血と縫合を開始した
「あ、ぐ…っ、ぁあああ!」
麻酔なしの処置に来夢はシーツを指がちぎれんばかりに掴み、絶叫を押し殺す
全身から脂汗が吹き出し、意識が遠のきかける
その時、大きな温かい手が来夢の震える手を包み込んだ
「耐えろ …俺を見ろ、来夢」
朔夜の瞳が至近距離で来夢を射抜いていた
その瞳にはかつてないほどの激しい「情熱」が宿っている
それは怒りのようでもあり祈りのようでもあった
来夢はその瞳から目を離せなかった
痛みが消えるわけではない
けれど朔夜に触れられている場所から不思議な熱が伝わってきて壊れそうな心を繋ぎ止めてくれる
処置が終わる頃には夜が明け始めていた
包帯を巻かれ、ようやく荒い息を整えた来夢の額に朔夜の掌がそっと置かれる
「……熱が出てきたな」
「朔夜、さん……ごめんなさい 任務は成功したけど…僕まだ死ねません 約束まだ一つも果たしてない」
来夢は弱々しく、けれど必死に朔夜の服の袖を掴んだ
朔夜はしばらく沈黙していたがやがて溜息をつくように来夢の隣に腰を下ろした
「来夢 俺は…お前に殺しのすべてを教えたつもりだった だが一つだけ教えていないことがあったな」
「……え?」
「『守られる』ことだ お前は今まで俺の道具として独りで戦ってきた だが結婚するということは互いの命を背負うということだ」
朔夜が来夢の頬にそっと指を這わせる
その指先はいつもよりずっと温かかった
「お前が負ったこの傷は俺の不徳だ …組織の連中には相応の報いを受けさせる」
その言葉の端々に氷の男と呼ばれた朔夜の剥き出しの独占欲と愛情が滲んでいた
来夢は初めて朔夜の「弱さ」に触れた気がした
自分を失うことをこの強靭な男が恐れている
その事実に痛み以上に甘美な喜びを感じてしまう
「……朔夜さん 僕、嬉しいです あなたが僕のために怒ってくれるのが」
「馬鹿なことを言うな お前はもう寝ろ」
朔夜はぶっきらぼうに言い放つと席を立とうとした
けれど来夢が袖を掴む力を緩めないのを見て諦めたように再び座り直した
「……そばにいてくれますか」
「……あぁ、お前が眠るまでだ」
来夢は朔夜の体温を感じながらゆっくりと瞳を閉じた
外の世界では自分たちを抹殺しようとする動きが加速している
それでもこの狭い部屋の中に流れる「微かな熱」だけは何者にも汚されない本物の愛だと確信していた
四つ目の任務、完了
傷跡は深く残るだろうがそれは二人の絆を刻んだ証のようにも思えた