降りしきる雨がアスファルトに流れる鮮血を薄めていく
来夢(らいむ)は手元のナイフを布で拭い、鞘に収めた
足元には三つ目の任務の標的だった男が喉を切り裂かれて転がっている
「……三つ目、終了です」
耳元の通信機に告げるとノイズ混じりの吐息が返ってきた
『……早かったな 回収ポイントへ向かえ』
朔夜の声はいつも通り冷徹だ
けれど来夢はその冷たさの中にわずかな焦燥が混じっているのを感じ取っていた
一週間で三つの極秘任務を完遂
これは組織の歴史においても異常なペースだった
来夢を突き動かしているのは純粋すぎるほどの執着心だ
(あと四つ… 四つ終われば僕は朔夜さんのものになれる)
来夢は雨に濡れた髪をかき上げ、夜の闇に紛れるように走り出した
二人の関係に組織の者たちが気づき始めていた
殺し屋が愛を持つことは最大の弱点を作ることに等しい
特に朔夜のような「組織の最高傑作」と謳われる男が自ら育てた少年にプロポーズを許したという噂は裏社会の連中にとって格好の餌食だった
数時間後、二人は古びたアパートの一室にある隠れ家にいた
来夢は濡れた上着を脱ぎ、タオルで髪を拭きながらソファに深く腰掛けている朔夜を盗み見た
朔夜は煙草を指に挟み、窓の外を眺めている
「……朔夜さん」
「なんだ」
「僕のこと、怖くないですか?」
来夢がふと漏らした言葉に朔夜がゆっくりと視線を向けた
「お前の何が怖い」
「任務の時、僕……自分の手が血で汚れるのがどんどん平気になっていくんです 朔夜さんと『普通』の生活をするためにどんどん『普通』じゃない人間になっていく …変ですよね」
来夢の指先は今も微かに震えていた
殺しの興奮ではない
自分が大好きな人の望む「普通」から遠ざかっているのではないかという恐怖だった
朔夜は煙草を灰皿に押し付けると立ち上がって来夢の前に立った
逃げ場のない距離
来夢の顎を朔夜の細長い指がくいと持ち上げる
「勘違いするな、来夢 お前をこの道に引きずり込んだのは俺だ お前の手がどれほど汚れようとその半分は俺の責任だ」
「朔夜さん……」
「お前が『普通』を望むなら俺がその汚れをすべて飲み込んでやる お前はただ俺の前でだけ綺麗であればいい」
朔夜の顔が近づく
唇が触れそうな距離で来夢は思わず目を閉じた
けれど唇に触れたのは感触ではなく朔夜の低い囁きだった
「だが浮かれるな …業界にお前の噂が広まっている 次の四つ目の任務からは妨害が入るはずだ」
来夢は目を開け、朔夜の瞳の奥にある鋭い光を見た
「妨害…? 組織の人間ですか?」
「ああ 俺たちの関係を快く思わない連中や俺を失墜させたい奴らがお前の失敗を狙っている」
来夢はふっと微笑んだ
その笑みには以前にはなかった獰猛なまでの決意が宿っていた
「いいですよ、受けて立ちます 僕の邪魔をする人は誰であろうと殺します …朔夜さんとの約束を守るためなら僕は本当に『死神』にだってなれる」
その言葉に朔夜は一瞬だけ表情を歪めた
それは悲しみとも後悔とも取れる微かな変化だった
朔夜は来夢の頬を慈しむように親指で撫でた
「……強くなったな だがな来夢 本当の強さは誰かを殺すことじゃなく誰かのために生き抜くことだ それを忘れるな」
来夢はその手の温もりに顔を寄せ、静かに頷いた
三つ目の任務を終えた夜
二人の距離は物理的には近づいたが取り巻く状況は刻一刻と地獄へと向かっていた
外ではまだ止まない雨が世界を黒く塗りつぶしている
来夢は心の中で残りの任務の数を数えた
あと四つ、その向こう側にあるはずの穏やかな朝を夢見て
来夢(らいむ)は手元のナイフを布で拭い、鞘に収めた
足元には三つ目の任務の標的だった男が喉を切り裂かれて転がっている
「……三つ目、終了です」
耳元の通信機に告げるとノイズ混じりの吐息が返ってきた
『……早かったな 回収ポイントへ向かえ』
朔夜の声はいつも通り冷徹だ
けれど来夢はその冷たさの中にわずかな焦燥が混じっているのを感じ取っていた
一週間で三つの極秘任務を完遂
これは組織の歴史においても異常なペースだった
来夢を突き動かしているのは純粋すぎるほどの執着心だ
(あと四つ… 四つ終われば僕は朔夜さんのものになれる)
来夢は雨に濡れた髪をかき上げ、夜の闇に紛れるように走り出した
二人の関係に組織の者たちが気づき始めていた
殺し屋が愛を持つことは最大の弱点を作ることに等しい
特に朔夜のような「組織の最高傑作」と謳われる男が自ら育てた少年にプロポーズを許したという噂は裏社会の連中にとって格好の餌食だった
数時間後、二人は古びたアパートの一室にある隠れ家にいた
来夢は濡れた上着を脱ぎ、タオルで髪を拭きながらソファに深く腰掛けている朔夜を盗み見た
朔夜は煙草を指に挟み、窓の外を眺めている
「……朔夜さん」
「なんだ」
「僕のこと、怖くないですか?」
来夢がふと漏らした言葉に朔夜がゆっくりと視線を向けた
「お前の何が怖い」
「任務の時、僕……自分の手が血で汚れるのがどんどん平気になっていくんです 朔夜さんと『普通』の生活をするためにどんどん『普通』じゃない人間になっていく …変ですよね」
来夢の指先は今も微かに震えていた
殺しの興奮ではない
自分が大好きな人の望む「普通」から遠ざかっているのではないかという恐怖だった
朔夜は煙草を灰皿に押し付けると立ち上がって来夢の前に立った
逃げ場のない距離
来夢の顎を朔夜の細長い指がくいと持ち上げる
「勘違いするな、来夢 お前をこの道に引きずり込んだのは俺だ お前の手がどれほど汚れようとその半分は俺の責任だ」
「朔夜さん……」
「お前が『普通』を望むなら俺がその汚れをすべて飲み込んでやる お前はただ俺の前でだけ綺麗であればいい」
朔夜の顔が近づく
唇が触れそうな距離で来夢は思わず目を閉じた
けれど唇に触れたのは感触ではなく朔夜の低い囁きだった
「だが浮かれるな …業界にお前の噂が広まっている 次の四つ目の任務からは妨害が入るはずだ」
来夢は目を開け、朔夜の瞳の奥にある鋭い光を見た
「妨害…? 組織の人間ですか?」
「ああ 俺たちの関係を快く思わない連中や俺を失墜させたい奴らがお前の失敗を狙っている」
来夢はふっと微笑んだ
その笑みには以前にはなかった獰猛なまでの決意が宿っていた
「いいですよ、受けて立ちます 僕の邪魔をする人は誰であろうと殺します …朔夜さんとの約束を守るためなら僕は本当に『死神』にだってなれる」
その言葉に朔夜は一瞬だけ表情を歪めた
それは悲しみとも後悔とも取れる微かな変化だった
朔夜は来夢の頬を慈しむように親指で撫でた
「……強くなったな だがな来夢 本当の強さは誰かを殺すことじゃなく誰かのために生き抜くことだ それを忘れるな」
来夢はその手の温もりに顔を寄せ、静かに頷いた
三つ目の任務を終えた夜
二人の距離は物理的には近づいたが取り巻く状況は刻一刻と地獄へと向かっていた
外ではまだ止まない雨が世界を黒く塗りつぶしている
来夢は心の中で残りの任務の数を数えた
あと四つ、その向こう側にあるはずの穏やかな朝を夢見て

