硝煙の匂いと鉄錆に似た血の香りが立ち込める廃倉庫
二十歳になったばかりの青年、来夢(らいむ)は手慣れた手つきで愛銃のガバメントをホルスターに収めた
足元にはつい数分前までこの街の裏社会を牛耳っていたはずの男が物言わぬ肉塊となって転がっている
「……終わりました、朔夜さん」
来夢が振り返ると影の中から一人の男が静かに姿を現した
朔夜(さくや)
来夢をスラムの泥溜めから拾い上げ、生きる術――すなわち効率的に人を殺す技術のすべてを叩き込んだ師であり、育ての親であり、そして来夢にとってはこの世界のすべてだった
朔夜は返り血一滴浴びていない端正な顔立ちにいつもの氷のような微笑を浮かべた
「完璧だ来夢 無駄のない動きだった」
その低い鼓膜を震わせるような声に来夢の胸がトクンと跳ねる
十年前、飢えと寒さで死にかけていた来夢に手を差し伸べたのはこの男だった
「死ぬか、俺の道具になるか選べ」と言い放った朔夜の瞳はどんな宝石よりも美しく冷酷だった
来夢はその光に魅了され、今日まで彼だけを見つめて生きてきた
「朔夜さん、話があるんです」
来夢は自身の指先が微かに震えているのを隠すように強く拳を握りしめた
今日、この任務を終えたら言うと決めていた
もし断られたらその場で自分の心臓を撃ち抜いてもいい
それくらいの覚悟をこの数ヶ月間ずっと胸に秘めてきたのだ
朔夜は来夢のただならぬ気配を察したのかわずかに眉を寄せた
「報酬の不満か? それとも次の仕事の相談か?」
「いいえ …これから始まる『七つの極秘任務』についてです」
組織の上層部から下された最高難度の連続任務のことである
完遂できる確率は限りなく低いと言われている
朔夜はその任務のサポート役に指名されていた
「あれを全部やり遂げます 一つも失敗せず、完璧に」
「お前なら可能だろう だがそれがどうした」
「もし僕がその七つすべてを終わらせて生きて戻ってくることができたら……」
来夢は一歩、朔夜に近づいた
二人の距離が殺し屋としての警戒域を越えて一人の男と男の距離になる
来夢は朔夜の深い夜のような瞳を真っ直ぐに見つめ、声を震わせながらもはっきりと言った
「僕と…結婚してください」
一瞬、世界の音が消えた
滴る血の音も、遠くで鳴るサイレンの音も。
常に冷静沈着で何が起きても眉ひとつ動かさない朔夜が初めて大きく目を見開いた
その驚愕に染まった表情は来夢にとって初めて見る「人間らしい」反応だった
「……来夢、お前 自分が何を言っているのか分かっているのか」
「分かっています 僕は朔夜さんが好きです 恩師としてでも上司としてでもなく一人の男として …愛しています」
朔夜は沈黙した
その沈黙が数秒、あるいは数分にも感じられた
来夢は息を止め、宣告を待つ死刑囚のような心持ちで彼を見つめ続けた
断られる
あるいは「ふざけるな」と殴られる
最悪、ここで始末される
あらゆるパターンを想定していた来夢だったが朔夜の口から漏れた言葉はそのどれでもなかった
「……いいだろう」
朔夜はふっと自嘲気味に口角を上げた
その顔には困惑とそれから形容しがたい奇妙な熱が混じっていた
「七つの任務を完遂し、俺の前に生きて戻ってこい そうすればお前の願いを聞き入れよう」
「本当、ですか……?」
「俺が嘘をついたことがあるか?」
「…あります、」
「そんなんどーでもいーだろ」
朔夜の手が伸び、来夢の頬をかすめるように触れた
氷のように冷たいはずの指先が今の来夢には火傷しそうなくらい熱く感じられた
「ただし条件だ 結婚するということは『普通』の生活を望むということだ この血生臭い世界ではなく朝起きて飯を食って眠る そんな退屈な日々にお前は耐えられるのか」
「朔夜さんと一緒ならどんな『普通』でも僕にとっては奇跡です」
来夢は朔夜の手を掴み、その掌に縋るように顔を寄せた
自分は人を殺すことでしか生を実感できない欠落した存在だと思っていた
けれどこの瞬間、来夢の中に「未来」という名の光が灯った
殺し屋としての自分を捨て一人の人間として、朔夜の隣に立つ
そのためならどんな地獄だって潜り抜けてみせる
「約束ですよ、朔夜さん」
「あぁ約束だ …死ぬなよ、来夢」
廃倉庫に差し込む月光が二人の影を長く伸ばしていた
来夢の初恋は死と隣り合わせの極秘任務とともに今、鮮やかに幕を開けた
二十歳になったばかりの青年、来夢(らいむ)は手慣れた手つきで愛銃のガバメントをホルスターに収めた
足元にはつい数分前までこの街の裏社会を牛耳っていたはずの男が物言わぬ肉塊となって転がっている
「……終わりました、朔夜さん」
来夢が振り返ると影の中から一人の男が静かに姿を現した
朔夜(さくや)
来夢をスラムの泥溜めから拾い上げ、生きる術――すなわち効率的に人を殺す技術のすべてを叩き込んだ師であり、育ての親であり、そして来夢にとってはこの世界のすべてだった
朔夜は返り血一滴浴びていない端正な顔立ちにいつもの氷のような微笑を浮かべた
「完璧だ来夢 無駄のない動きだった」
その低い鼓膜を震わせるような声に来夢の胸がトクンと跳ねる
十年前、飢えと寒さで死にかけていた来夢に手を差し伸べたのはこの男だった
「死ぬか、俺の道具になるか選べ」と言い放った朔夜の瞳はどんな宝石よりも美しく冷酷だった
来夢はその光に魅了され、今日まで彼だけを見つめて生きてきた
「朔夜さん、話があるんです」
来夢は自身の指先が微かに震えているのを隠すように強く拳を握りしめた
今日、この任務を終えたら言うと決めていた
もし断られたらその場で自分の心臓を撃ち抜いてもいい
それくらいの覚悟をこの数ヶ月間ずっと胸に秘めてきたのだ
朔夜は来夢のただならぬ気配を察したのかわずかに眉を寄せた
「報酬の不満か? それとも次の仕事の相談か?」
「いいえ …これから始まる『七つの極秘任務』についてです」
組織の上層部から下された最高難度の連続任務のことである
完遂できる確率は限りなく低いと言われている
朔夜はその任務のサポート役に指名されていた
「あれを全部やり遂げます 一つも失敗せず、完璧に」
「お前なら可能だろう だがそれがどうした」
「もし僕がその七つすべてを終わらせて生きて戻ってくることができたら……」
来夢は一歩、朔夜に近づいた
二人の距離が殺し屋としての警戒域を越えて一人の男と男の距離になる
来夢は朔夜の深い夜のような瞳を真っ直ぐに見つめ、声を震わせながらもはっきりと言った
「僕と…結婚してください」
一瞬、世界の音が消えた
滴る血の音も、遠くで鳴るサイレンの音も。
常に冷静沈着で何が起きても眉ひとつ動かさない朔夜が初めて大きく目を見開いた
その驚愕に染まった表情は来夢にとって初めて見る「人間らしい」反応だった
「……来夢、お前 自分が何を言っているのか分かっているのか」
「分かっています 僕は朔夜さんが好きです 恩師としてでも上司としてでもなく一人の男として …愛しています」
朔夜は沈黙した
その沈黙が数秒、あるいは数分にも感じられた
来夢は息を止め、宣告を待つ死刑囚のような心持ちで彼を見つめ続けた
断られる
あるいは「ふざけるな」と殴られる
最悪、ここで始末される
あらゆるパターンを想定していた来夢だったが朔夜の口から漏れた言葉はそのどれでもなかった
「……いいだろう」
朔夜はふっと自嘲気味に口角を上げた
その顔には困惑とそれから形容しがたい奇妙な熱が混じっていた
「七つの任務を完遂し、俺の前に生きて戻ってこい そうすればお前の願いを聞き入れよう」
「本当、ですか……?」
「俺が嘘をついたことがあるか?」
「…あります、」
「そんなんどーでもいーだろ」
朔夜の手が伸び、来夢の頬をかすめるように触れた
氷のように冷たいはずの指先が今の来夢には火傷しそうなくらい熱く感じられた
「ただし条件だ 結婚するということは『普通』の生活を望むということだ この血生臭い世界ではなく朝起きて飯を食って眠る そんな退屈な日々にお前は耐えられるのか」
「朔夜さんと一緒ならどんな『普通』でも僕にとっては奇跡です」
来夢は朔夜の手を掴み、その掌に縋るように顔を寄せた
自分は人を殺すことでしか生を実感できない欠落した存在だと思っていた
けれどこの瞬間、来夢の中に「未来」という名の光が灯った
殺し屋としての自分を捨て一人の人間として、朔夜の隣に立つ
そのためならどんな地獄だって潜り抜けてみせる
「約束ですよ、朔夜さん」
「あぁ約束だ …死ぬなよ、来夢」
廃倉庫に差し込む月光が二人の影を長く伸ばしていた
来夢の初恋は死と隣り合わせの極秘任務とともに今、鮮やかに幕を開けた

