◆
「――桜麟」
しばらく無言で歩いていると、咎めるような声が聞こえた。やはり怒られてしまうのだろうか。桜麟は首をすくめた。
「すみません。勝手なことをしてしまいました。罰ならなんでも受けます。殴る、蹴る、霊力で吹っ飛ばす。どれになさいますか? あ、夜伽だけは許していただけると……」
「……お前は俺のことを一体何だと思っているんだ?」
輝久が呆れたような顔でため息を吐いた。
「少年を庇ったのは別に構わん。お前が行かなければ、俺がやっていたことだからな。問題はその後だ」
「その後……?」
「お前、霊力を使おうとしただろう」
見抜かれていた、と桜麟は視線を泳がせた。
「付喪神は人間相手に霊力を使ってはいけない。この掟をまさかお前は知らんのか?」
「い、いえ、知っています。だから、自分の身を守るためで、あの男の人に使うつもりはありませんでした」
「それでも駄目だ」
輝久は厳しい調子で言う。
「特に護り手は人間を守る立場だからな。それが人間を傷つけたとなれば、問答無用で死罪だ」
「ひ、ひぇ……」
「だから、たとえ暴漢に襲われたとしても、主の許可なしに霊力を使ってはいけない」
桜麟は絶句する。そこまで厳しいとは思っていなかった。あそこで結界を張っていたら、その瞬間に自分は斬られていたということだ。知らない間に命拾いをしていたということになる。
「仲間の付喪神を思うお前の気持ちは理解するが、死にたくなければ大人しくしておくのだな。護り手は主へ絶対服従。俺の許可がない限り霊力は使わないくらいで丁度いい」
こくこくと、壊れた人形のように何度も桜麟は頷いた。ひっそりと目立たないように暮らしていこうと決意する。
そんな桜麟を見て、満足したように輝久が笑みを浮かべた。
「いい子だ。大人しくしていれば、ひと月くらいは生き延びられるだろうよ……と、そろそろだな」
(……ひと月?)
話している間に町の中心からは少し離れた場所に来ていたようだ。輝久が指した方向を見ると、重厚な門と強い結界に囲まれた広い屋敷が見えた。
「ここが、付喪神南町奉行所だ」
輝久に促されて門をくぐると、庭で箒を持っていた少年が手を振って駆け寄ってきた。
「あ、輝久。戻ったんだね! おかえり~!」
「ああ、ただいま。留守中で変わったことはなかったか?」
「大丈夫。おいらと左近で片付くものばかりだったよ。影元もちゃんと仕事をしてくれたし。そっちの姉ちゃんは?」
興味津々といった表情で、ずずいっと顔を近づけてくる少年。桜麟よりも少し年下の見た目で、声変わりがしていない高い声色。黒目黒髪で、女装したらちょっと見分けがつかないような美少年だ。だが、全身から漏れる強い霊力を感じれば、彼が人間とは違うと見抜けない付喪神はいないだろう。
きっと彼は付喪神奉行所の護り手という者だろう。だとすれば自分の先輩となる付喪神。人間関係……もとい、付喪神関係も最初が肝心とばかりに、桜麟はぺこりと頭を下げた。
「輝久様の護り手となりました桜麟です。ふつつか者ですけど、よろしくお願いします」
「おいらは玄亀。ここの付喪神のまとめ役みたいなことをしているんだ。わからないことがあったら何でも聞いて。よろしくな!」
恐縮する桜麟の手を握ってきて、ぶんぶんと勢いよく上下に振る。
「ここは上下関係のゆる~い職場だから、安心するといいよ。輝久は不愛想だから怖いかもしれないけど、話せば大抵のことは許してくれるから気楽にいこう」
「あ、ありがとうございます」
確かに輝久は隣にいるだけで存在感がある。口数が多いほうでもない。玄亀の明るい霊力は、昨日から緊張しっぱなしだった桜麟の心を解きほぐしてくれた。
「後で屋敷を案内してあげるよ。その前に――お~い、左近~!」
玄亀が叫ぶと、屋敷のほうから「ほーい」と声が返ってきた。しばらくすると、屋敷から今度は人間の男が現れた。年は三十くらいだろうか。輝久よりも七つか八つくらい上に見える。
「輝久。戻ったんだね」
その男の顔を見て、心なしか輝久の雰囲気が柔らかくなった。
「ああ、今戻った。俺の不在の間、左近には苦労をかけたな」
「大した事件はなかったからね。それよりも……」
左近と呼ばれた男は、にっこりと桜麟へ微笑んだ。
「護り手もちゃんと連れて来て、えらいえらい」
「桜麟と申します。よろしくお願いします」
輝久とは違って親しみやすそうな人間だ。ここで上手くやっていけそうな予感に、桜麟はほっと胸を撫で下ろした。
「とりあえずはひと月だね。短い付き合いになるかもだけど、よろしく」
「先ほども言われましたが……ひと月とは?」
きょとんと首を傾げる桜麟を見て、おや、と玄亀が声を上げた。
「あれ? 輝久は話してないの?」
「途中で伝えようとは思っていたんだがな。桜麟があまりにも武揚の町を珍しがるものだから機会を損ねてしまっていた」
改まったように向き直られ、桜麟は緊張して続きを待った。
「俺は護り手を取らない主義なんだ。お前はひと月限定の護り手。期間が過ぎたら徳次郎の元に帰してやる」
「ひと月……限定?」
しばし、口をポカンと開ける。
「ええええーーーーっ!」
やっとそれが意味するところを理解した時、桜麟の悲鳴が奉行所内に響き渡っていた。
「――桜麟」
しばらく無言で歩いていると、咎めるような声が聞こえた。やはり怒られてしまうのだろうか。桜麟は首をすくめた。
「すみません。勝手なことをしてしまいました。罰ならなんでも受けます。殴る、蹴る、霊力で吹っ飛ばす。どれになさいますか? あ、夜伽だけは許していただけると……」
「……お前は俺のことを一体何だと思っているんだ?」
輝久が呆れたような顔でため息を吐いた。
「少年を庇ったのは別に構わん。お前が行かなければ、俺がやっていたことだからな。問題はその後だ」
「その後……?」
「お前、霊力を使おうとしただろう」
見抜かれていた、と桜麟は視線を泳がせた。
「付喪神は人間相手に霊力を使ってはいけない。この掟をまさかお前は知らんのか?」
「い、いえ、知っています。だから、自分の身を守るためで、あの男の人に使うつもりはありませんでした」
「それでも駄目だ」
輝久は厳しい調子で言う。
「特に護り手は人間を守る立場だからな。それが人間を傷つけたとなれば、問答無用で死罪だ」
「ひ、ひぇ……」
「だから、たとえ暴漢に襲われたとしても、主の許可なしに霊力を使ってはいけない」
桜麟は絶句する。そこまで厳しいとは思っていなかった。あそこで結界を張っていたら、その瞬間に自分は斬られていたということだ。知らない間に命拾いをしていたということになる。
「仲間の付喪神を思うお前の気持ちは理解するが、死にたくなければ大人しくしておくのだな。護り手は主へ絶対服従。俺の許可がない限り霊力は使わないくらいで丁度いい」
こくこくと、壊れた人形のように何度も桜麟は頷いた。ひっそりと目立たないように暮らしていこうと決意する。
そんな桜麟を見て、満足したように輝久が笑みを浮かべた。
「いい子だ。大人しくしていれば、ひと月くらいは生き延びられるだろうよ……と、そろそろだな」
(……ひと月?)
話している間に町の中心からは少し離れた場所に来ていたようだ。輝久が指した方向を見ると、重厚な門と強い結界に囲まれた広い屋敷が見えた。
「ここが、付喪神南町奉行所だ」
輝久に促されて門をくぐると、庭で箒を持っていた少年が手を振って駆け寄ってきた。
「あ、輝久。戻ったんだね! おかえり~!」
「ああ、ただいま。留守中で変わったことはなかったか?」
「大丈夫。おいらと左近で片付くものばかりだったよ。影元もちゃんと仕事をしてくれたし。そっちの姉ちゃんは?」
興味津々といった表情で、ずずいっと顔を近づけてくる少年。桜麟よりも少し年下の見た目で、声変わりがしていない高い声色。黒目黒髪で、女装したらちょっと見分けがつかないような美少年だ。だが、全身から漏れる強い霊力を感じれば、彼が人間とは違うと見抜けない付喪神はいないだろう。
きっと彼は付喪神奉行所の護り手という者だろう。だとすれば自分の先輩となる付喪神。人間関係……もとい、付喪神関係も最初が肝心とばかりに、桜麟はぺこりと頭を下げた。
「輝久様の護り手となりました桜麟です。ふつつか者ですけど、よろしくお願いします」
「おいらは玄亀。ここの付喪神のまとめ役みたいなことをしているんだ。わからないことがあったら何でも聞いて。よろしくな!」
恐縮する桜麟の手を握ってきて、ぶんぶんと勢いよく上下に振る。
「ここは上下関係のゆる~い職場だから、安心するといいよ。輝久は不愛想だから怖いかもしれないけど、話せば大抵のことは許してくれるから気楽にいこう」
「あ、ありがとうございます」
確かに輝久は隣にいるだけで存在感がある。口数が多いほうでもない。玄亀の明るい霊力は、昨日から緊張しっぱなしだった桜麟の心を解きほぐしてくれた。
「後で屋敷を案内してあげるよ。その前に――お~い、左近~!」
玄亀が叫ぶと、屋敷のほうから「ほーい」と声が返ってきた。しばらくすると、屋敷から今度は人間の男が現れた。年は三十くらいだろうか。輝久よりも七つか八つくらい上に見える。
「輝久。戻ったんだね」
その男の顔を見て、心なしか輝久の雰囲気が柔らかくなった。
「ああ、今戻った。俺の不在の間、左近には苦労をかけたな」
「大した事件はなかったからね。それよりも……」
左近と呼ばれた男は、にっこりと桜麟へ微笑んだ。
「護り手もちゃんと連れて来て、えらいえらい」
「桜麟と申します。よろしくお願いします」
輝久とは違って親しみやすそうな人間だ。ここで上手くやっていけそうな予感に、桜麟はほっと胸を撫で下ろした。
「とりあえずはひと月だね。短い付き合いになるかもだけど、よろしく」
「先ほども言われましたが……ひと月とは?」
きょとんと首を傾げる桜麟を見て、おや、と玄亀が声を上げた。
「あれ? 輝久は話してないの?」
「途中で伝えようとは思っていたんだがな。桜麟があまりにも武揚の町を珍しがるものだから機会を損ねてしまっていた」
改まったように向き直られ、桜麟は緊張して続きを待った。
「俺は護り手を取らない主義なんだ。お前はひと月限定の護り手。期間が過ぎたら徳次郎の元に帰してやる」
「ひと月……限定?」
しばし、口をポカンと開ける。
「ええええーーーーっ!」
やっとそれが意味するところを理解した時、桜麟の悲鳴が奉行所内に響き渡っていた。

