こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

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「ここが武揚の都……」
 桜麟は目の前の光景に圧倒されていた。
 右を見ても左を見ても、人、人、人……。老若男女を問わず、ひっきりなしに行き交っている。真っ直ぐに伸びた大通りの両脇にはずらりと並んだ家屋。どの家も商いをしているのか、多くの人間が群がっており、売り子が忙しく働いている。棒手振りが威勢のいい掛け声を上げてすぐ横を通り過ぎて行った。
 村を出て武揚までは、歩いて二日ほどの距離だった。正確には昨日の朝出発して、今日の昼に到着しているので一日半だ。そんなに近い場所に、これほどまで人間だらけの場所があるとは知らなかった。
 通りを歩きながら、キョロキョロと周囲を見回す。目に入るもの全てが新鮮で、じぃっと見入ってしまう。
(ん……? あれは……)
 大きな木綿問屋の方から霊力の気配を感じ視線を向けると、人型を取った付喪神の青年が掃除をしていた。ひょっこりと尖った耳が頭から見える。狐の付喪神だろうか。
(あ、こっちも……あっちもだ)
 気を付けて気配を探れば、大店には一人以上の付喪神の気配を感じる。繁盛している茶店では、茶釜から足の生えた付喪神が客を笑わせている。お金を持っていそうな身なりの人間に付き従っている付喪神もいた。どれも耳や尻尾が生えていたり、道具に手足が生えたような付喪神がほとんどだ。
 思い返せば徳次郎の付喪神屋敷でも、完全な人型を取った付喪神は桜麟だけだった。珍しい存在というのは本当だったのだろう。
(特に虐げられているわけでもなさそう? だけど……)
 人間と付喪神との間には、明確に一線が引かれているような雰囲気。付喪神の主らしき人間の行動と、それに従う付喪神の様子を観察していれば一目瞭然だ。
 付喪神は人間に使われる道具でしかない。それを目の前に見せられたようで、桜麟の心は少しだけ沈んだ。
「――桜麟。はぐれるぞ」
 いつの間にか輝久から十歩ほど遅れていて、桜麟は小走りに追いついた。
「すみません、輝久様」
「武揚の町は初めてか?」
 桜麟の足に合わせてくれたのだろう。先ほどよりは少しゆっくりした速度で歩きながら輝久が問いかけてくる。
「はい。付喪神として生まれてから二年。ほとんどあの村にいましたから。こんなに人が多い場所は初めてです」
 昨日までの自分の世界は、徳次郎の付喪神屋がある小さな村が全てだった。武揚の町は賑やかな場所だと噂には聞いていたが、これは桜麟の想像を遙かに超えていた。
 ふむ、と輝久はしばらく考えている様子だったが、大通りの角を一つ曲がったところで口を開いた。
「いま向かっているところは、付喪神南町奉行所だ」
「南町?」
「うむ。東西南北と、一つずつあってな。俺は南町の奉行ということだ」
 へええ、と桜麟は素直に驚きの声を上げる。一つだけかと思っていた。いつか主を取るために人の世の常識は叩き込まれたが、付喪神奉行のことは名前しか教えてもらえなかった。徳次郎もまさか桜麟が護り手になるとは思っていなかったのだろう。
「奉行所には住み込みで働いている俺の仲間もいる。お前のような付喪神もいるぞ」
「それは護り手で、ということですか?」
「その通りだ。お前と同じで、護り手は完全な人型を取る付喪神ばかりだな。付喪神を相手にする同心や与力と組んで、日替わりで町を見廻ることになっている。妖魔を見つければ、人に害を及ぼす前に討伐するのが一番の役目だ。屋敷の掃除や食事、その他諸々の雑用もあるがな」
「な、なるほど……」
 表情を変えないよう意識をしながら桜麟は頷いた。個人的には、その他諸々の雑用がいい。妖魔を倒せないとバレたら、翌日には徳次郎の元に追い返されるだろう。そうなれば即刻妓楼送りだ。
「まあ、もっともお前はだな――」
 輝久が先を続けようとしたところで、その視線がつっと逸れた。直後に、がしゃん、というけたたましい音。桜麟がそちらへ顔を向けると、通りに怒声が響いた。
「何をやっているんだい!」
 そこには狸のような耳と尻尾の生えた少年の付喪神と、顔を真っ赤にした初老の男の姿。二人の間には大きな木箱が落ちており、開いた蓋からは茶器のようなものが見える。どうやら少年の付喪神が失敗してしまったようだ。
「ご、ごめんなさい!」
「まったくお前は! これは大切な商品だと言っただろうに! それをこんな風にしてしまって!」
 土下座をして謝罪する少年の背中を、男はげしげしと踏んで怒りを露にする。通りを歩く者達は、さほど珍しい光景でもないのか、そっと二人を避けて通り過ぎるばかり。
 桜麟も失敗は多かったほうだ。先日のように妖魔に堕ちかけのモノを壊せなくて、何度叱られたことか。その度に徳次郎から似たようなことをされた。そう思うと付喪神の少年が哀れになり、思わず足をそちらに向けていた。
「あのう、そのくらいにしておかれては?」
「何だい、お前は?」
 苛立たし気な視線が桜麟を貫く。はっ、と顔を上げた付喪神の少年は、桜麟が付喪神だと気が付いたようだ。だが、怒っている男の方は人間の娘だと思ったようで、すぐに少年を足蹴にするのを再開する。
「お前さんは見ていなかったのかい? この使えない付喪神を! ったく、狸鍋にでもして、次の付喪神でも買おうか」
「そんな酷いことはやめてください」
 二人の間に素早く入って、少年の付喪神を庇う。男の足が止まらず一回蹴られてしまったが、このくらいの痛みは何でもない。
「付喪神だって心があるのですから。失敗したからといってこのように怒っていては、委縮してまた次の失敗をしてしまいます!」
「なんだい、小娘風情が。付喪神を庇うのかい!」
 今度は怒りの矛先が桜麟へと向いた。相変わらずただの小娘だと思っているようで、男が拳を振り上げる。どうやって避けようかと、桜麟の目が鋭く細まった。
「まあ、そのくらいにしておけ」
 その拳は桜麟へ届くことはなかった。輝久が男の背後から手首を掴んでいたからだ。
「誰だい……こ、これは輝久様!?」
 止めた人間へ怒鳴ろうとしていた男が驚いて目を丸くする。
「俺も見ていたが、その付喪神の少年にぶつかった者がいたぞ。彼も避けようとしたが荷物が大きすぎたな。あのよたよた歩きでは無理だ」
「へ、へえ……」
 さすがに付喪神奉行には逆らえないのか、男が後ろ頭を掻きながら恐縮する。
 二人が話している間に、桜麟は少年が片付けるのを手伝っていた。木箱を落とす瞬間に霊力で守ったのか、中身は全て無事だった。これなら帰ってからさらに怒られることもないだろう。
 少年が木箱を背負い、二人が通りの向こうへ立ち去るのを見送る。行くぞ、と促されて、桜麟は輝久の背中を追いかけたのだった。