こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

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 意識を失っていたのは、ほんの一瞬だったのだろうか。目覚めたのは影元が放った驚愕の声だった。
「輝久、どうしてここが……!」
「籠目を堕とされてから、俺が無策とでも思ったか」
 ゆっくりと目を開けると、すぐ上に険しい表情をした輝久の顔があった。
「いざという時のために鈴に細工をしていたのだよ。俺がいなくても付喪神の力になれるよう。そして、付喪神の位置を割り出せるようにな」
 敗北を悟ったのか、影元の顔が醜く歪む。
「輝久ぁ、キサマっ!」
「人の護り手を攫っておいて何がキサマだ」
 底冷えのする声で輝久は言うと、すぐに桜麟へ気遣うような視線を向けた。
「大丈夫か? 遅れてすまない」
「いえ、わたしのほうこそ捕まってすみません」
 彼女を縛めていた縄は既に切られており、抱きかかえられるようにされている。片膝をつくようにして、ゆっくりと桜麟は身体を起こした。
「輝久様。事件の黒幕は影元様です。徳次郎の件も……」
「ああ。漣からの話を総合すれば、それだけではなく籠目もそうだと想像できた」
「漣から?」
 意外な名前に目を見開く。それは影元も同様だったようで、「なっ」と驚きの声を上げる。
「記憶がなかったんじゃねえのかよ! 騙したのか!?」
 その言葉自体が、影元が自らを犯人だと白状したようなもの。輝久は悲し気に小さく息を吐いた。
「お前のことは信用していたのだがな」
「……はんっ」
 対照的に影元は傲然と顎を上げた。
「信用なんて知らねえよ。護り手ごときに尻尾を振りやがった犬が。そんでもって、今度はオメエが犬を飼う番か? ふざけんじゃねえ。護り手はただの道具で使い捨てだ。オレはオメエのことをずっと認めていなかったぜ」
「お前の考え方が一般的なのだろうが……俺も譲るつもりはない」
 桜麟を背に庇うようにして輝久が前に出た。
「付喪神を大切にする。そんな考えが広まってほしいと思っている。だからこそ付喪神奉行という地位を目指したのだ。尤も、地位があれば実現できるほど簡単なものではないらしい。今は自分の領地で付喪神を世話するので精一杯だ。しかしだな――」
 輝久の視線が鋭くなり影元を射抜いた。
「そのような事とは関係なく、お前のやったことは掟に反することだ。道具は人間の所有物。それを攫ったあげく妖魔に堕とそうとするとは、盗人と同じ行為だ」
「何を言ってやがる」
 ぺっ、と影元が唾を吐き捨てた。
「いつも付喪神は道具ではないとほざいているヤツが、こんな時だけ道具扱いかよ。冗談も休み休みにしろ」
「掟の番人である付喪神奉行が、掟を蔑ろにするわけにはいかんのでな。お前は気が付いていなかったのか? 俺は付喪神を優遇してはいるが、掟は破ってはいないぞ」
「ふざけんじゃねえ! どうせそのうち、掟を変えようとかぬかすんだろうがよ!」
「それは、ここでは関係のないことだ」
 話は終わったとばかりに輝久が斬妖刀を抜く。
「武揚の町を脅かした一連の事件。その首謀者としてお前を捕縛する」
「ちっ……凛花!」
 距離を詰めようとした輝久の前に、凛花が割って入る。霊力の結界が輝久の斬妖刀を受け止めた。二人を戦わせるわけにはいかないと桜麟は叫んだ。
「凛花さん、やめてください! もう勝負はつきました!」
「……すみません、桜麟様。わたしも堕ちたくはないので」
 ぶわっ、と霊力が膨れ上がり、凛花の両手の爪が長く伸びた。
「甘いな」
 素早く振るわれた斬妖刀は残像が見えるかのよう。霊力の宿った爪が斬られて、ぱっと宙に舞う。次の瞬間、凛花の身体は吹き飛んで部屋の壁に激突していた。霊力を破られ怯んだ隙を逃さず、輝久が回し蹴りを放ったのだ。
「迷いのある攻撃で俺を倒すことはできんぞ」
 ぐうっ……と苦悶の声を上げる凛花を霊力で縛りながら、影元へと向き直る。
「さて、後はお前だけだな」
「くそったれが……使えねえ護り手だったな」
 追い詰められた影元は部屋の反対側へ跳ぶと、右手で印を結び霊力を高めた。
「させんよ!」
 輝久は飛ぶように走ると、一気に間合いを詰める。その正面から黒光りのする霊力が放たれる。その術の正体を桜麟はすぐに見抜いていた。
「いけません、輝久様!」
 桜麟の叫びを単なる注意喚起と思ったのだろう。輝久は受けずに横へ避けた。だが、影元の狙いはそこではない。
(間に合わないっ!)
 桜麟は走るも影元の術のほうが早い。一歩間に合わず、桜麟の目の前で、縛られて動けなかった凛花へと直撃した。
「ああっ……ああああっ!?」
 凛花の首の鈴から黒い靄が吹き上がった。あっという間にそれは彼女の全身を包み込み、禍々しい気配を放つ。その姿に一瞬だけ動きの止まった輝久の隙を突いて、影元が素早く反対側の壁へと動いた。
「へへ……鈴に細工をしていたのは輝久だけじゃないんだぜ?」
 してやったり。そんな表情を浮かべながら影元が壁に手を当てると、からくりのように一部が凹み、壁ごとぐるりと回転した。
「じゃあな、オレはずらかるぜ。凛花! 最後にオレの役に立てよ?」
「おい、待て!」
 輝久が追いかけようとすると、風のように凛花が動いた。
「輝久様っ!」
「くっ……!」
 すんでのところで斬妖刀で受けると、流れるような動作でその力を逃した。
「待ちなさい、影元っ!」
 桜麟の声は届くわけもなく、影元の後ろ姿は開いた壁の向こう側へと消える。
「輝久様! 追わないと影元に逃げられてしまいます!」
「それは大丈夫だ。外に左近を置いている。その準備で少し遅れてしまった。すまん」
「いえ……!」
 力強い声に少しだけ安心する。
 さすが自分の主だ。ぬかりなく準備はしてくれていた。
「凛花さん……」
 輝久の背後で斬妖刀の柄を握りながら、桜麟は小さく呟いた。
 今や凛花の全身は黒々とした靄に包まれていた。ううう、という獣のような唸り声。人型を取ってはいるが、四つん這いになり毛を逆立てるように背中を丸めている。縦長の瞳が爛々と光り、二人を睨む。先ほどの伸びた爪といい、彼女の元は猫の付喪神か。
「くそっ……! 籠目の時と同じだ。桜麟、やれるか?」
 その一言で、何を望まれているか察知して桜麟は頷いた。
「……やってみます」
「援護は俺がしてやる」
 短い言葉だがとても心強い。それに励まされるようにして斬妖刀を抜く。
「凛花さん! 正気を取り戻してください!」
 桜麟が呼びかけると、その回答とばかりに凛花が突進してきた。
「このっ……!」
 長い爪の一撃は何とか受けるも、体重の乗った重い攻撃に桜麟はよろめく。凛花はさっと飛び上がって天井に張り付くと、今度はその勢いのままに襲ってくる。
「下がれ!」
 桜麟を突き飛ばすようにして輝久がそれを防いだ。
(呼びかけるだけでは駄目ですね)
 ならば、と桜麟は霊力を高める。漣を戻した時と同じように、癒しの力で凛花が負っているであろう心の傷を治す。
「鎮まってくださいっ!」
 輝久が凛花を牽制している隙を見計らって霊力を放つ。それは狙い通りに凛花へ作用した。妖魔特有の黒い靄が徐々に晴れていく。苦し気に呻く凛花の膝が落ちた。
(あと少し……っ!?)
 自分の力は通用する。このまま押し込んでしまおうとさらに霊力を籠めた時、凛花の鈴からさらに禍々しい霊力が吹き出した。
 ――ぎゃああああ!
 身の毛がよだつような悲鳴が響き渡り、凛花を覆っていた霊力がパチンと弾かれた。そこから飛び出した凛花がめちゃくちゃに暴れる。次の瞬間、爆発したような風圧が桜麟を襲った。
「くっ……こっちだ!」
 それに耐えていると輝久から手を引かれる。彼に庇われるような形になりながら、向かった先は、最初に影元が入ってきた入口だ。ここは地下だったのか階段がある。
 その階段を駆け上がっていると、背後で爆発音が何度か聞こえ、ぱらぱらと土が落ちてくる。最後にひと際大きな爆発とともに襲ってきた爆風に押されるようにして、二人は地上へと転がり出ていた。
「こ、ここは……」
 振り返ってから目にした惨状に言葉を失う。
 月明かりが照らす庭木や屋敷の配置は見覚えがあり、すぐに九兵衛の屋敷だとわかった。妖魔のために半分焼けた九兵衛屋敷。一度問題が起きた後ということを考えれば、隠れ蓑にするには丁度いい場所だっただろう。
 ところが、半分ほど残っていたはずの屋敷は、完全に瓦礫の山と化していた。中央部分は陥没し、その下が破壊されたことを示している。
 一瞬でも逃げるのが遅れていたら生き埋めになっていた。桜麟は無意識のうちに輝久の小袖の裾を掴んでいた。
「凛花さん……」
「いや、まだだ」
 鋭い輝久の声と同時に、瓦礫の山の一角が吹き飛んだ。そこから現れたのは、人間の二倍はあろうかという猫の姿。尻尾が二つに分かれている。
(凛花さんは猫又でしたか)
 長い年月を経て霊力を持った猫は尻尾が分かれる。その付喪神のことを人間は猫又と呼んでいた。人間の味方をすれば強力な護り手となるが、敵に回れば恐ろしい相手だ。
「……やるしかなさそうだな」
「駄目ですよ、輝久様」
 斬妖刀を構えた主の手を桜麟は押さえた。
「馬鹿を言うな。お前の力が通じなかったんだぞ。あいつの心はもう完全な妖魔に堕ちてしまった。ならば楽にしてやるのが付喪神奉行として最後の勤めだ」
「そのようなこと、輝久様にはさせません!」
 最初に桜麟に任せたことからも、輝久が凛花を斬りたくないのは一目瞭然だ。桜麟だって同じ想いだ。それが交流のあった護り手とあればなおさらのこと。
 せっかく籠目の一件を乗り越えて、護り手を取る決意をした輝久なのだ。それがまた後戻りしてしまうことを桜麟は恐れた。
「大丈夫だ。お前の心配しているようなことにはならん」
「いいえ、いいえ! たとえそうだったとしても、護り手として、主にそのような想いをさせるのは本意ではありません!」
 斬妖刀を鞘に納めながら訴えかける。
 ここで自分の力が発揮できなければ、何のために護り手になったのだろう。自分が護るのは肉体的なことだけでも、精神的なことだけでもないはずだ。凛花を救いたい。その意思は二人とも同じだ。ならば、それを叶えることこそが護り手の役割ではないのだろうか。
 これは自分の我が儘ではない。勝算はある。それがどんなに非常識な方法だったとしても、桜麟は何だってする覚悟があった。
「輝久様から見れば、わたしは未熟な護り手です。剣の腕もまだまだですし、霊力の扱いも輝久様の足元にも及びません。ですが、この身体に蓄えた霊力ならば、凛花さんを元に戻すこともできるはずです」
 桜麟は腰の斬妖刀を鞘ごと抜いた。それを掲げるようにして輝久の前に跪くと、彼女の身体が桜色と黄金が入り混じったような輝きを放つ。
 何を、と戸惑う輝久を見上げて、桜麟は微笑んだ。
「だから、輝久様――わたしの全てをあなたに捧げます」