こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

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 桜麟が目を覚ましたのは、無意識に輝久の手を胸に抱いてしまった夜から、三日後のことだった。
 チュンチュン、と元気よく鳴く雀の声で、目覚めはとてもよかった。その後で何日も眠っていたと聞かされて、悲鳴を上げてしまったが。そのまま、しばらく骨休めをしていろと命じられて、疲れていた桜麟もその言葉に甘えてぼーっとして過ごしていた。
(いろいろあったなぁ……)
 斬妖刀が抜けるようになったのはもちろんのこと、徳次郎が盗賊騒ぎの黒幕とか思ってもみなかった。おまけに妖狐ときたものだ。玄亀からは「妖狐は同じ付喪神すら騙すからね」と慰められるも、さすがに衝撃は大きかった。
 本来は左近が見張りをして、輝久の傷が完全に癒えてから討伐に向かう予定だったらしい。それが相手に露見して先手を打たれてしまったというわけだ。
 とはいえ、無事に徳次郎は討伐できたし、村の付喪神も怪我人のみで済ますことができた。夕鶴や飛翔に惜しまれながら村を出発し、奉行所屋敷へ戻って来たところまでは覚えている。
(うぅ……恥ずかしい)
 眠っている間に見た夢を思い出して、桜麟は両手を頬に当てた。
 輝久が隣で添い寝をしてくれていたのだ。優しく何度も髪を梳いてくれて、腰に回った手は自分を抱き寄せて、間近で彼の体温が感じられた。その腕の中で微睡むのはとても幸せで、永遠にこの時間が続けばいいのにと思ったものだ。
 尤も、実は桜麟のほうが輝久の手を離さなかったのだ――そんな事実を教えてくれる者はここにはいない。
「桜麟、起きてる?」
「は、はひっ!?」
 突然かけられた声に、桜麟は妄想から現実へと引き戻された。裏返った声で返事をすると、不思議そうに首を傾げる玄亀が縁側に立っていた。
「えーっと、輝久様が呼んでるんだけど……大丈夫? まだ寝てたほうがいい?」
「いえ、大丈夫です! 行きます!」
 慌てて桜麟は立ち上がった。
 玄亀の後を歩きながら、パンパンと頬を叩いて気を引き締める。ふやけた顔を輝久に見られるとか、そんなみっともないことはできない。
「輝久、連れて来たよ」
 部屋に着いて玄亀が声をかけると、輝久は文机の前で書き物をしていた。
「ああ。これが終わるまで、部屋で少し待っていてくれ」
「じゃあ、桜麟。おいらは行くから、後は頑張ってね」
 謎の激励をしてから玄亀が廊下の向こうへと立ち去る。
 残された桜麟は「失礼します」と言ってから部屋へ入った。少し離れた場所に正座をして輝久の背中をじっと見詰める。
 なんだか久しぶりに輝久の姿を見た。三日も眠っていたのだから当然だろう――夢の中ではずっと彼の腕の中にいたのだが……。
 それを思い出してしまい、再び一人で悶絶していると、用事が終わったのか不意に輝久が振り向いた。
「待たせたな……って、顔が赤いが、大丈夫か?」
「え、いえ、何でもありません。元気です! 妄想なんてしてませんから!」
「妄想……?」
 しまった。墓穴を掘ってしまった。
 あわわ、となってしまうも、幸いにもそれ以上は追及されなかった。代わりに桜麟の正面へ移動すると、背筋を正して座る。何か大切な話があるのだろうと思い、桜麟も気を引き締めた。
「お前の体調も戻ったようだからな。今日は二つ話がある」
「はい。何でしょう?」
 緊張して桜麟は待つ。
「一つ目は徳次郎の件だ。バタバタしていてロクに話も出来んかったからな。今回の事件の解決は、お前の力が大いに役立った。犠牲が無く終わったのはお前のおかげだ。村の一同はもちろんのこと、俺からも改めて礼を言いたい。本当に助かった。感謝する」
「は、はい……! ありがとうございます!」
 輝久から褒められた。その事実に感極まって、桜麟は勢いよく頭を下げていた。こんなこと、人型に『成って』から初めてかもしれない。
「おいおい、本来なら頭を下げるのは俺のほうだぞ?」
「いえ、嬉しくて……涙が出そうに」
「泣くなよ。まだ話がある」
 そうだった。話は二つあるのだった。溢れる感情を何とか自制して桜麟は顔を上げた。
「もう一つは、お前の処遇だ」
「わたしの……?」
 もう決定ではなかったのだろうか。まるで他人事のような口ぶりに、桜麟は不安を覚えてしまう。
「護り手として使えることはわかったから、この次に決めなければいけないのはお前の行き先だ。凛花の力が落ちているとの話だから、影元の護り手に……」
「どうしてそうなるのですか!」
 輝久が最後まで言う前に思わず口を挟んでいた。怒りと失望で、ごちゃ混ぜになった感情のままにまくし立てる。
「ここまで頑張ったのですよ! 斬妖刀だって抜けるようになりました。必要とあれば妖魔とだって戦います。その意思も力もあるって示したじゃないですか! どうして輝久様の護り手に……」
 そこまでまくし立ててから、輝久の瞳がじっと自分を見詰めているのに気が付く。まるで己の言葉と本当の気持ちを見抜くかのように。
(もしかして、試されていた?)
 中腰になっていた腰を、ぺたんと畳に落ちつけて、桜麟は唇を尖らせた。
「酷いです、輝久様……」
「すまんすまん。お前の意思がどこまで固いか確かめたくてな。もう二度とこのようなことはせんから安心してくれ」
「わたしは何度も意思は示したはずです! 輝久様の護り手になりたいと!」
「わかっている。俺も腹を括ったのだよ」
 何かに踏ん切りをつけるかのように、輝久が大きく息を吐く。その様子で全てを察し、桜麟はじっと次の言葉を待った。
「お前を……桜麟を、俺の護り手として任ずる。受けてくれるか?」
「はい……っ!」
 ぞくり。
 短い言葉が己の身体の中へと入り、心の奥底に着地する。
 この一言をずっと待っていた。切望していた。やっと現実にそれが叶うと知り、今度は自然と己の頭が垂れた。今日からは、正真正銘、輝久が主となるのだ。そう思うと考えずとも伝えるべき言葉が桜麟の中で決まる。
「謹んでお受けします。輝久様の盾となり矛となり、全身全霊をかけて輝久様を守護いたすことを誓います」
「……言っておくが、お前はまだまだ半人前だ」
 顔を上げると、どこか面白くないといった表情で、輝久の顔は縁側へ向いていた。
「俺の護り手にするのは、俺以外にお前は務まらんだろうと思うからだ。お前ほど命令を聞かず、無茶ばかりをする護り手は、目を離すとすぐに死んでしまいそうだからな。これからは立派な護り手になれるよう、厳しく鍛えてやるから覚悟しておけ」
「輝久様のお役に立てるなら望むところです!」
 どんなに厳しくされても耐えられる自信があった。やっと輝久の護り手として認められたのだ。一生離してなるものか。
 それに、徳次郎の罠に嵌った時の絶望感。あのような思いは二度としたくない。もっともっと強くなりたい。それを輝久が手助けしてくれるというなら、これほど自分にとって心強いものはない。
「脅されて喜ぶとはなぁ……」
 本当に理解しているのか、と首を振りながら輝久は立ち上がる。
「話がまとまったところで、お前に隊服をやろう」
「隊服?」
「今までは見習いが着るものだったからな。夕鶴に頼んで作らせたのだ。意匠は俺が決めた」
 奥の部屋の襖を開いた輝久が手招きをする。それに誘われて部屋に入ったところで、桜麟は言葉を失った。
「これがお前の隊服だ。俺との見廻りではこれを使え」
 部屋の中央には、衣桁に掛けられた小袖と袴があった。
 赤を基調とした小袖。左肩には大きな桜の花弁が施されており、背中には炎を纏った麒麟が空を翔ぶ姿。袴の色は黒。こちらには斜めに明るい桜色の花弁が流れている。桜麟の名に合わせたような意匠で、一目見て気に入ってしまった。
 袖に手を触れると滑らかな手触り。微かに感じる霊力は、小袖を纏う者を守るために掛けられた輝久の結界だ。
「こんな立派なものを……あ、ありがとうございます!」
「ま、隊服なんぞ消耗品だ」
 ひらひらと手を振って輝久は自分の部屋へと戻る。
「破れたらいくらでも新しいものを作ってやる。だから、常にお前だけは無事でいろよ。お前の身体は一つしかないのだからな」
 襖越しに聞こえた最後の一言は、輝久の本心。
 自分の命を捨てて輝久を守ることは許されない。彼の身を守り、自分も生還する。それこそが求められている。
 厳しくも心の籠った輝久の訓示に、桜麟は身の引き締まる思いだった。

    ◆◆◆

 桜麟が正式に護り手となったという話は、瞬く間に奉行所内に広まっていた。
 玄亀と左近は先に知っていたらしく、二人の話し合いを物陰から見守っていたそうなのだ。話が終わった後の桜麟の様子を見れば、彼女の望み通りとなったことは一目瞭然。さっそく、いい話は共有せねば、ということで奉行所中に触れて回ったというわけだ。
「いやぁ、本当によかったよ。一時はどうなることかと思ったけど」
 夕餉の席で上機嫌に左近が杯を重ねる。
「ボクは信じてたよ。桜麟なら必ずここの一員になれるってね」
 ニコニコと笑いかけてくるのは玄亀だ。
「ありがとうございます。みなさんのお役に立てるよう、より一層がんばります!」
 左近の茶碗を山盛りにしながら桜麟は宣言する。輝久の方はというと、騒ぎは苦手だとばかりに、むっつりと黙り込んで湯漬けをかきこんでいる。
 ちなみに、最初は盛大な宴が開かれそうだったのだが、輝久だけでなく桜麟も固く辞退した。ひと月もここで暮らした桜麟にとっては今さらのような感覚だったし、まだまだ半人前の自覚もある。その分の銭があるのならば、焼けてしまった付喪神の村の復興に当ててほしい。
 そんなわけで、歓迎会は四人でささやかに開かれたというわけだ。
「――それで、初仕事はどうするんだい?」
 夕餉が終わったころに、左近が輝久へと訊ねた。
「掃いて捨てるほど事件はあるが、徳次郎の件を片付けたばかりだからな。まずは明日の祭りに連れて行こうと思う。何も起こらないとは思うが……」
「それはいい考えだね。桜麟も明日は楽しんでくるといいよ」
 にっこりと左近が微笑む。
 仕事なのに楽しむとはどういうことだろう。首を捻っていると、くすくすと玄亀が笑った。
「ボクも邪魔しないようにしておくよー。桜麟、ちゃんと輝久と親睦を深めるんだよ~」
「は、はあ……」
 何のことか意味が分からず輝久へ視線を向けると、あちらはますます不機嫌そうに爪楊枝を使っていたのだった。