◆
それから四半刻近くも戦っていただろうか。向かってくる妖魔が片手の指で数えられるくらいになった頃に、ようやく桜麟は息をつくことができていた。
「だいたい片付いたな」
「……そうですね」
背中を預けていた輝久の言葉に、桜麟も同意する。
「あー……疲れました」
桜麟は膝に手を当てて息を整えた。
初めての長時間の戦闘で疲労困憊だ。一方の輝久は、桜麟よりも多く妖魔を屠りつつ、なおかつ彼女の背中も守りながらだったのに息一つ切らしていない。さすが、付喪神奉行といった実力だった。
「まったく、お前という奴は……」
元の姿に戻った妖魔を調べてから輝久は呆れたような声を上げた。
「せっかく斬妖刀が抜けたと思ったら、今度は峰打ちか」
「何匹かは倒しています」
目を伏せながら斬妖刀を鞘に納める。大部分は峰打ちですませたが、それでも向かってきた妖魔は倒さざるを得なかった。
(ごめんなさい。わたしも譲るわけにはいかないので)
この場所を守るために心を鬼にして斬妖刀を振るった。それを後悔はしていないけれど、もっと力があれば、救えた妖魔も増えたかもしれない。そう思うと手放しでは喜べなかった。
「まあ、お前らしい」
どこか安心したような調子で輝久は微笑んだ。
「いきなり妖魔は全部滅すべきだとか手のひらを返されても、俺のほうが戸惑ってしまう。気に病むのではないぞ。お前が妖魔に堕ちられると、後始末が大変そうだからな」
「輝久様に捨てられない限りわたしは大丈夫ですよ? 立派に役に立ちましたよね? わたしを堕とさないために護り手にしてくれますよね!?」
ここぞとばかりに桜麟は売り込んだ。
認めてくれた雰囲気はあったが、まだきちんとした言質はもらっていない。力が制御できるようになったのなら別の者の護り手に、などと言い出しかねない。
「それとこれは話が……と、漣はどこへ行った?」
渋い表情で視線を逸らした輝久が、ふと呟いた。
「え……?」
付喪神の消火活動は成功し、燃えていた田畑は火が収まっていた。月明りのある夜で、人の影くらいは認識できる。見渡す範囲に漣の姿はない。
ざわざわと嫌な予感を覚える。最初のうちは輝久の側に居たのは覚えている。次第に乱戦になり、自分も斬妖刀を抜けたことから気分が高揚してしまい、他のことまで気を回す余裕がなかった。
「漣~! どこにいるのですか!」
叫んでも返事はない。もう一度叫ぼうとすると、森のほうから四つ足の妖魔が走ってきた。
「気を付けろ!」
素早く輝久が前に出て構える。だが、妖魔はかなり手前で止まると、まるでついて来いとでもいうように森へ向けて首を振った。二人は顔を見合わせる。
「……どういうことだ?」
「行ってみましょう」
警戒しながら森へ足を踏み入れる。月明かりが木々の葉に遮られて暗かったが、かろうじて歩けるほどの光はある。しばし山を登るような道。小高い丘のような場所に出たところで、それはあった。
「――漣!」
木の枝につるされている漣の姿。口は布で縛られぐったりと眠っている。
「おのれ、一体誰が……」
「待ってください、輝久様!」
不用意に近づこうとした輝久を、後ろから羽交い締めにするようにして止める。そのすぐ目の前を火の玉が通り過ぎて行った。
「誰だ!」
輝久が斬妖刀で空間を斬ると、風の刃が火の飛んできた繁みを薙ぎ払う。すると、そのすぐ横から影が転がり出てきた。
「あと少しだったのじゃがのう……残念じゃ」
細面の顔立ちに尖った耳。ふさふさとした尻尾が二本。狐の妖魔――それも、人間達の間では妖狐と呼ばれる強い妖魔だ。人の影があるとは、きっと彼のことだったのだろう。
そんな強敵を前にするも、桜麟は別のところで驚愕していた。姿形は違っても、その霊力には覚えがある。何度も屋敷でこの身に受けた霊力だったのだから。
「あ、あなたは……徳次郎様!?」
「ほう……ワシがわかるか。ロクに妖魔も倒せなかった斬妖刀の付喪神がのう」
これ見よがしに徳次郎が霊力を見せつける。間違えるわけがない。彼の元で二年も暮らしたのだ。
ところが、その事実を前にしても、輝久は落ち着きを保っていた。
「やはり、お前は妖魔だったか」
「やはり……って、輝久様は知っていたのですか?」
「疑っていたとお前には伝えただろう? 町を騒がす盗賊は、まるで人を騙すかのような行動を取る。最初から人間に化けた妖魔ではないかと疑っていたのだよ。それが妖狐ともなれば納得もいく」
驚いて目を見開く桜麟へ輝久は続ける。
「実はお前も怪しんでいた。徳次郎がいやに勧めるものだから、配下を使って化かそうとしているのではないかとな。まあ、すぐにお前は本当に売られただけだとわかったが」
「な、なるほど……」
自分も疑われていたと聞いて、背筋が寒くなる。もしも輝久がそう判断していたら、バッサリやられていただろう。何も知らず能天気に行動していた自分を、今だけは褒めてやりたい。
「それで、こんな場所に現れたということは何を狙っている?」
「盗賊の考えることなら当たり前じゃろう。ここの付喪神を頂こうとしたのよ」
かかかっ、と徳次郎は笑った。輝久は斬妖刀を構えて腰を落とす。
「悪い冗談だな。霊力の尽きかけた付喪神をか?」
「ふん。本当の目的はお主だ。ワシの正体がバレそうになっていたからのう。手下がワシの近くを嗅ぎまわっていての。先手を打ったというわけじゃ」
そういえば、村へ来る前に左近がどうとか言っていた。桜麟が素直に輝久に従っていれば、今ごろは輝久が徳次郎の付喪神屋に乗り込んでいたのかもしれない。
「じゃが、襲撃は失敗してしまったのう。まさか桜麟が妖魔を倒せるようになっていたとは思わなんだ。こうなるなら欲をかかずさっさと妓楼に売るか、妖魔に堕とすかすればよかった」
徳次郎の話が進むにつれて、桜麟は呆然自失となっていた。
確かに桜麟にとってはよい主ではなかった。けれど、商売のためとはいえ、桜麟にはいろいろな教育を施してくれたではないか。恨みばかりがあるわけではないだけに信じられない思いだった。
「桜麟、気にすることはないぞ。妖狐ともなれば同族すら騙し、俺ですら容易には見破れん。だから地道に証拠を集めていた」
慰めるような輝久の言葉が遠くに聞こえる。
「こうして正体を現したということは、徳次郎も観念したということだ」
「何のことやら。それはお主たちじゃろう」
吊るされた漣を見上げてから、にぃ、と徳次郎は破顔する。
「せっかくの配下をやってくれたからのう。お前の首は取らぬと面白くないわ」
これ見よがしに、次々と火矢を徳次郎が放った。それは漣の身体を掠めて飛んで行く。途中で漣が目を覚まし、恐怖でくぐもった声を上げた。
「やめろ! 漣に傷を付けてみろ。許さんぞ!」
「虚勢を張るお主は痛々しいのう」
嬲るような声を徳次郎は出す。
「三年前の事件では、ワシも危うくお主に捕まるところじゃった。お主の護り手が間抜けじゃったおかげで助かったがのう」
「え……徳次郎様が籠目様を……?」
驚く桜麟に徳次郎がニヤリと笑った。
「よい機会じゃ。桜麟は知らぬようだから教えてやろう。三年前のこ奴は、付喪神奉行になったばかりで血気盛んな男でのう。そんな男をからかうのはワシの楽しみの一つじゃった」
手の中で火矢を弄びながら徳次郎は続ける。
「じゃがの、さすがにワシも油断し過ぎてのう。追い詰められてしまったのじゃ。そこへ助けに現れたのが、妖魔になった護り手というわけじゃ」
「き、貴様ぁ……!」
輝久が呪詛の籠もったような声を上げるも、漣を人質に取られているせいで斬妖刀は抜けない。それを見て、ふん、と徳次郎が馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「それからワシはほとぼりを冷ますために、田舎へ引っ込んだ。さすがに派手な動きはできなくなったが、人間を使えばやりようはいくらでもある。たとえば、九兵衛とやらもワシに盗品をよく流してくれたわ。業突張りの爺で、自滅してしまったようだがのう」
「……あの屏風の一件は、お前が関係していたということは把握している。九兵衛が吐いたからな」
「成程、じゃからか。お主にワシのことが露見してしまったのは」
納得したように徳次郎がため息を吐いた。
「面倒なことじゃのう。また別の場所に引っ込まねばならん」
「そうはさせんぞ。ここでお前は斬られて終わりだ」
「果たしてこの状況で出来るのかのう?」
にやにやと、意地の悪い笑みを徳次郎は浮かべた。
「この者の命が惜しくば、お主こそ大人しく討たれるべきじゃろうて」
「そんなことで俺を脅したつもりか?」
それを証明するかのように輝久が一歩足を踏み出す。徳次郎の手が素早く動き、漣を吊るしている木の枝の一部を火矢で打ち抜いた。ぐらりと激しく漣の身体が揺れて悲鳴が響いた。
「ワシも長く生きたからのう。人間の行動などお見通しじゃ」
別の火矢を生み出すのを見て、輝久の足が止まる。
「強気に見せるのは、それが一番の弱点という証拠じゃ。お主が本当にこの付喪神がどうでもいいのなら、さっさとワシを討っておろう。ワシは知っておるぞ。前の護り手を失ってから、ずっと護り手を取っていなかったことを」
「……田舎に隠居しておいて、よく知っているな」
「ワシにも情報網があるからの。今回も同じことをやってもらおうか。お主の手で、そこの突っ立っておる護り手を倒すのじゃ。そうすればこの小僧は助けてやろう」
「そんなもので……」
「ワシが一人でここに誘い込んだとでも思っているのかや? 今ごろは隠していた別の配下が、村の付喪神を取り囲んでいるじゃろうて」
はっ、と輝久が息を呑むも、すぐに低い声で言う。
「ハッタリだな」
「そう思うのなら試してみるかえ? 別にワシは構わぬがのう」
「……くっ……」
重苦しい空気がその場に満ちた。隙あらばと桜麟も構えてはいたのだが、徳次郎の注意は彼女にも向けられていた。下手に斬妖刀を抜くわけにはいかない。
じりじりとした長い沈黙が落ちた。
それから四半刻近くも戦っていただろうか。向かってくる妖魔が片手の指で数えられるくらいになった頃に、ようやく桜麟は息をつくことができていた。
「だいたい片付いたな」
「……そうですね」
背中を預けていた輝久の言葉に、桜麟も同意する。
「あー……疲れました」
桜麟は膝に手を当てて息を整えた。
初めての長時間の戦闘で疲労困憊だ。一方の輝久は、桜麟よりも多く妖魔を屠りつつ、なおかつ彼女の背中も守りながらだったのに息一つ切らしていない。さすが、付喪神奉行といった実力だった。
「まったく、お前という奴は……」
元の姿に戻った妖魔を調べてから輝久は呆れたような声を上げた。
「せっかく斬妖刀が抜けたと思ったら、今度は峰打ちか」
「何匹かは倒しています」
目を伏せながら斬妖刀を鞘に納める。大部分は峰打ちですませたが、それでも向かってきた妖魔は倒さざるを得なかった。
(ごめんなさい。わたしも譲るわけにはいかないので)
この場所を守るために心を鬼にして斬妖刀を振るった。それを後悔はしていないけれど、もっと力があれば、救えた妖魔も増えたかもしれない。そう思うと手放しでは喜べなかった。
「まあ、お前らしい」
どこか安心したような調子で輝久は微笑んだ。
「いきなり妖魔は全部滅すべきだとか手のひらを返されても、俺のほうが戸惑ってしまう。気に病むのではないぞ。お前が妖魔に堕ちられると、後始末が大変そうだからな」
「輝久様に捨てられない限りわたしは大丈夫ですよ? 立派に役に立ちましたよね? わたしを堕とさないために護り手にしてくれますよね!?」
ここぞとばかりに桜麟は売り込んだ。
認めてくれた雰囲気はあったが、まだきちんとした言質はもらっていない。力が制御できるようになったのなら別の者の護り手に、などと言い出しかねない。
「それとこれは話が……と、漣はどこへ行った?」
渋い表情で視線を逸らした輝久が、ふと呟いた。
「え……?」
付喪神の消火活動は成功し、燃えていた田畑は火が収まっていた。月明りのある夜で、人の影くらいは認識できる。見渡す範囲に漣の姿はない。
ざわざわと嫌な予感を覚える。最初のうちは輝久の側に居たのは覚えている。次第に乱戦になり、自分も斬妖刀を抜けたことから気分が高揚してしまい、他のことまで気を回す余裕がなかった。
「漣~! どこにいるのですか!」
叫んでも返事はない。もう一度叫ぼうとすると、森のほうから四つ足の妖魔が走ってきた。
「気を付けろ!」
素早く輝久が前に出て構える。だが、妖魔はかなり手前で止まると、まるでついて来いとでもいうように森へ向けて首を振った。二人は顔を見合わせる。
「……どういうことだ?」
「行ってみましょう」
警戒しながら森へ足を踏み入れる。月明かりが木々の葉に遮られて暗かったが、かろうじて歩けるほどの光はある。しばし山を登るような道。小高い丘のような場所に出たところで、それはあった。
「――漣!」
木の枝につるされている漣の姿。口は布で縛られぐったりと眠っている。
「おのれ、一体誰が……」
「待ってください、輝久様!」
不用意に近づこうとした輝久を、後ろから羽交い締めにするようにして止める。そのすぐ目の前を火の玉が通り過ぎて行った。
「誰だ!」
輝久が斬妖刀で空間を斬ると、風の刃が火の飛んできた繁みを薙ぎ払う。すると、そのすぐ横から影が転がり出てきた。
「あと少しだったのじゃがのう……残念じゃ」
細面の顔立ちに尖った耳。ふさふさとした尻尾が二本。狐の妖魔――それも、人間達の間では妖狐と呼ばれる強い妖魔だ。人の影があるとは、きっと彼のことだったのだろう。
そんな強敵を前にするも、桜麟は別のところで驚愕していた。姿形は違っても、その霊力には覚えがある。何度も屋敷でこの身に受けた霊力だったのだから。
「あ、あなたは……徳次郎様!?」
「ほう……ワシがわかるか。ロクに妖魔も倒せなかった斬妖刀の付喪神がのう」
これ見よがしに徳次郎が霊力を見せつける。間違えるわけがない。彼の元で二年も暮らしたのだ。
ところが、その事実を前にしても、輝久は落ち着きを保っていた。
「やはり、お前は妖魔だったか」
「やはり……って、輝久様は知っていたのですか?」
「疑っていたとお前には伝えただろう? 町を騒がす盗賊は、まるで人を騙すかのような行動を取る。最初から人間に化けた妖魔ではないかと疑っていたのだよ。それが妖狐ともなれば納得もいく」
驚いて目を見開く桜麟へ輝久は続ける。
「実はお前も怪しんでいた。徳次郎がいやに勧めるものだから、配下を使って化かそうとしているのではないかとな。まあ、すぐにお前は本当に売られただけだとわかったが」
「な、なるほど……」
自分も疑われていたと聞いて、背筋が寒くなる。もしも輝久がそう判断していたら、バッサリやられていただろう。何も知らず能天気に行動していた自分を、今だけは褒めてやりたい。
「それで、こんな場所に現れたということは何を狙っている?」
「盗賊の考えることなら当たり前じゃろう。ここの付喪神を頂こうとしたのよ」
かかかっ、と徳次郎は笑った。輝久は斬妖刀を構えて腰を落とす。
「悪い冗談だな。霊力の尽きかけた付喪神をか?」
「ふん。本当の目的はお主だ。ワシの正体がバレそうになっていたからのう。手下がワシの近くを嗅ぎまわっていての。先手を打ったというわけじゃ」
そういえば、村へ来る前に左近がどうとか言っていた。桜麟が素直に輝久に従っていれば、今ごろは輝久が徳次郎の付喪神屋に乗り込んでいたのかもしれない。
「じゃが、襲撃は失敗してしまったのう。まさか桜麟が妖魔を倒せるようになっていたとは思わなんだ。こうなるなら欲をかかずさっさと妓楼に売るか、妖魔に堕とすかすればよかった」
徳次郎の話が進むにつれて、桜麟は呆然自失となっていた。
確かに桜麟にとってはよい主ではなかった。けれど、商売のためとはいえ、桜麟にはいろいろな教育を施してくれたではないか。恨みばかりがあるわけではないだけに信じられない思いだった。
「桜麟、気にすることはないぞ。妖狐ともなれば同族すら騙し、俺ですら容易には見破れん。だから地道に証拠を集めていた」
慰めるような輝久の言葉が遠くに聞こえる。
「こうして正体を現したということは、徳次郎も観念したということだ」
「何のことやら。それはお主たちじゃろう」
吊るされた漣を見上げてから、にぃ、と徳次郎は破顔する。
「せっかくの配下をやってくれたからのう。お前の首は取らぬと面白くないわ」
これ見よがしに、次々と火矢を徳次郎が放った。それは漣の身体を掠めて飛んで行く。途中で漣が目を覚まし、恐怖でくぐもった声を上げた。
「やめろ! 漣に傷を付けてみろ。許さんぞ!」
「虚勢を張るお主は痛々しいのう」
嬲るような声を徳次郎は出す。
「三年前の事件では、ワシも危うくお主に捕まるところじゃった。お主の護り手が間抜けじゃったおかげで助かったがのう」
「え……徳次郎様が籠目様を……?」
驚く桜麟に徳次郎がニヤリと笑った。
「よい機会じゃ。桜麟は知らぬようだから教えてやろう。三年前のこ奴は、付喪神奉行になったばかりで血気盛んな男でのう。そんな男をからかうのはワシの楽しみの一つじゃった」
手の中で火矢を弄びながら徳次郎は続ける。
「じゃがの、さすがにワシも油断し過ぎてのう。追い詰められてしまったのじゃ。そこへ助けに現れたのが、妖魔になった護り手というわけじゃ」
「き、貴様ぁ……!」
輝久が呪詛の籠もったような声を上げるも、漣を人質に取られているせいで斬妖刀は抜けない。それを見て、ふん、と徳次郎が馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「それからワシはほとぼりを冷ますために、田舎へ引っ込んだ。さすがに派手な動きはできなくなったが、人間を使えばやりようはいくらでもある。たとえば、九兵衛とやらもワシに盗品をよく流してくれたわ。業突張りの爺で、自滅してしまったようだがのう」
「……あの屏風の一件は、お前が関係していたということは把握している。九兵衛が吐いたからな」
「成程、じゃからか。お主にワシのことが露見してしまったのは」
納得したように徳次郎がため息を吐いた。
「面倒なことじゃのう。また別の場所に引っ込まねばならん」
「そうはさせんぞ。ここでお前は斬られて終わりだ」
「果たしてこの状況で出来るのかのう?」
にやにやと、意地の悪い笑みを徳次郎は浮かべた。
「この者の命が惜しくば、お主こそ大人しく討たれるべきじゃろうて」
「そんなことで俺を脅したつもりか?」
それを証明するかのように輝久が一歩足を踏み出す。徳次郎の手が素早く動き、漣を吊るしている木の枝の一部を火矢で打ち抜いた。ぐらりと激しく漣の身体が揺れて悲鳴が響いた。
「ワシも長く生きたからのう。人間の行動などお見通しじゃ」
別の火矢を生み出すのを見て、輝久の足が止まる。
「強気に見せるのは、それが一番の弱点という証拠じゃ。お主が本当にこの付喪神がどうでもいいのなら、さっさとワシを討っておろう。ワシは知っておるぞ。前の護り手を失ってから、ずっと護り手を取っていなかったことを」
「……田舎に隠居しておいて、よく知っているな」
「ワシにも情報網があるからの。今回も同じことをやってもらおうか。お主の手で、そこの突っ立っておる護り手を倒すのじゃ。そうすればこの小僧は助けてやろう」
「そんなもので……」
「ワシが一人でここに誘い込んだとでも思っているのかや? 今ごろは隠していた別の配下が、村の付喪神を取り囲んでいるじゃろうて」
はっ、と輝久が息を呑むも、すぐに低い声で言う。
「ハッタリだな」
「そう思うのなら試してみるかえ? 別にワシは構わぬがのう」
「……くっ……」
重苦しい空気がその場に満ちた。隙あらばと桜麟も構えてはいたのだが、徳次郎の注意は彼女にも向けられていた。下手に斬妖刀を抜くわけにはいかない。
じりじりとした長い沈黙が落ちた。

