こちら、付喪神南町奉行所っ!~新入り護り手はお払い箱になりたくない~

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「――おい。大丈夫か?」
 桜麟が目を開くと、真上に心配そうな輝久の顔があった。
「あ~、よかったぁ。お姉ちゃんが目を覚ました!」
 反対側からは漣の嬉しそうな声。
 起き上がるとくらりと眩暈がした。倒れそうになったところを輝久が支えてくれて、彼の膝に半分乗せられたような姿勢になる。
「ここは……?」
「俺が村で使っている屋敷だ。急に倒れるから心配したぞ」
 八畳ほどの部屋だった。枕元には水差しを置いたお盆。障子の外は暗く、燭台がほんのりと室内を照らしていた。
「籠目と話していたのか? 印籠のほうもずっと光っていたのだが……」
「はい。籠目様に祟られていました。輝久様のせいです」
「……は?」
「冗談です」
 困惑する輝久を横目に、漣が水を入れた湯呑みをくれる。それをありがたく飲んでから輝久の顔を見上げた。
「輝久様のお屋敷に来た時、わたしは宣言しましたよね。輝久様の護り手になる、と」
「ああ。だがそれは、徳次郎の元に戻されたくなかったからだろう? この村ならば心配はない。ゆっくりと過ご――」
「わたしは騙されませんよ」
 輝久が驚いた顔をしたのは、途中で言葉を遮られたことか、それとも別の理由か。どちらでもいいと思いながら桜麟は輝久の目を真っ直ぐに見た。
「千両も出して求めたのですから、ちゃんと使ってください。道具を上手に使うのは人間の役目ではないですか。わたしの霊力は十分だと言っておきながら、ひと月で捨てるとか、そんなもったいないことをしないでください」
「お前……籠目に何を吹き込まれた?」
「秘密です」
 重大な任務を受けたと思う。
 それを輝久に伝えるつもりはさらさらなかった。
 言葉では彼の心は救えない。どうすれば救えるかなんて桜麟にもわからない。けれど、ここで離れてしまえば永久にその機会は失われる。
「要するに、お前はこの村には残らんと」
 桜麟の決意が伝わったのか、さも嫌そうに輝久の表情が歪んだ。ええ、と桜麟は頷くと、自分を支えてくれている大きな手に、自分の手をしっかりと重ねた。
「置いて行かれても勝手について行きますよ。こういうのを人間の世界では、押しかけ女房、とかいうのでしたっけ」
「それは微妙に違うと思うのだが……」
 ぼやかれるも桜麟は構わない。
 輝久の手と比べると、自分の手は驚くほど小さく見えた。失敗ばかりの頼りない手。
 それでも、絶対に離さない。この手で輝久を支えたい。彼に寄り添い、心の傷を癒し、いざという時に最後のひと踏ん張りができるように助けたい。
 どんなに嫌がられても、輝久には護り手が必要なのだから。
「うわーい、お姉ちゃん! とうとう決心したんだね」
 万歳と両手を上げながら、漣が二人の間に飛び込んで来た。
「ボク、応援するよ! お姉ちゃんは絶対に偉い護り手になるんだ!」
「オイコラ」
 半眼で輝久が睨んだ。桜麟を布団の上に放り出して手を伸ばす。
「お前は桜麟を説得する話だったろうが!」
「え~? お姉ちゃんが本当に諦めるならそのつもりだったけど」
 掴もうとした輝久の手を、ひょい、と漣は避けた。
「本当はね、ボクは頑張るお姉ちゃんの姿が見たいんだ。ボクを助けてくれた、かっこいいお姉ちゃんを!」
「おのれ……裏切ったな!?」
 追いかける輝久。逃げる漣。
 突然始まった追いかけっこに、しばらく唖然としていた桜麟だったが、すぐにその滑稽さに大爆笑をしてしまう。子供の付喪神に弄ばれる付喪神奉行とか、この場でしか見られないのではないだろうか。
「あははっ! もう、二人とも、やめてください、ふふ……あははっ!」
 お腹がよじれてしまいそうだ。布団の上で笑い転げる桜麟を見て、とうとう捕まった漣が叫んだ。
「お姉ちゃんが笑った!」
「うふふっ……大袈裟ですよ、漣。まるでわたしが初めて笑ったみたいではないですか」
 目尻に浮いた涙を拭きながら、桜麟はやっとの思いで笑いを納めた。追いかけっこが終わらなかったら、このまま笑い死にするかと思った。
「ううん。初めてだよ~」
 ジタバタと暴れながら漣は指摘する。
「だって毎日、悲壮な顔してたもん。左近に切腹の方法を聞きに行ったときとかさー。そのまま妖魔になっちゃうんじゃないか、ってボクは心配していたんだよ」
「それは……本当にごめんなさい」
 確かにここまで声を上げて笑った記憶はない。自分では自覚していなかっただけで、かなり思い詰めていたのかもしれない。
「ごめんね~、輝久。ボク、全然役に立たないや~」
 まったく悪びれる様子もなく、ぺろりと漣は舌を出す。
 ぐぬぬ……と拳を握っていた輝久の視線が桜麟へと向いた。
「桜麟……お前はどうしてこの村が嫌なのだ?」
「だから、わたしはさっきから輝久様の……」
 何度同じことを言わせるのか。少しばかり苛立ちを覚えるも、輝久の揺れる瞳を見て口を閉じる。
 輝久の護り手になりたい――自分の意志を告げるだけでは、この村に不服があると勘違いさせてしまうかもしれない。桜麟は少し考えてから、ゆっくりと言葉を選んだ。
「嫌も何も、まだこの村に来て半日。よい村だとは思いますけど、わたしに合っているかまで判断できるほどの時間は経過していません」
「そうか。たしか約束のひと月は三日後だったな。それまで俺が村を案内して……」
「ですが、まだわたしには勿体ない場所ですね」
「勿体ない?」
 眉をひそめる輝久に、ええ、と頷いて返す。
「それこそ、わたしの霊力が尽きて、本当の意味で役に立たなくなった時に、また案内していただきたいです。わたしはまだ付喪神に成って二年なのですよ? それなのに、お婆ちゃん扱いするとか、とても失礼です。輝久様をおっちゃん扱いしてもいいですか?」
「…………」
 さすがにそれは嫌だったのだろう。「おっちゃ~ん」と茶化すような漣の声は、素早く両手で塞がれた。
「もう、いい。今日は疲れた」
 輝久はどこか拗ねたように肩をすくめると、漣を小脇に抱えたまま障子を開けた。
「俺はまだ諦めたわけではないからな。この三日間で、何としてでもお前を心変わりさせてみせる」
「輝久は往生際が悪いなぁ」
 漣のませた言いようが再び桜麟のツボに入った。爆笑している前で、ぴしゃり、と音を立てて障子が閉まり、後は嘘のような静けさになる。
(輝久様も無駄だとわかっているでしょうに)
 乱れた布団を敷き直しながら、つくづく甘い主だなぁ、と可笑しく思う。
 鈴を使えばいくらでも強制できるはずなのにそれをしない。付喪神が生き生きとしているのを見るのが本当に好きなのだろう。だからこそ、自分の手で籠目を討たなければならなかったのは、どれだけ辛いことだったか……心中察して余りある。
(わたしだけは、そうならないようにしないと)
 他は役立たずでも何でもいい。輝久の隣にいる限りは、どんな不幸な目に遭っても妖魔になど堕ちない。
 固く決意しながら、桜麟は目を閉じたのだった。