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抜けるように高い青空と美しい紅葉が目の前に広がっていた。
大地さんが街へ出掛けた後、私と遙さんは手分けをして家事を終わらせ、犬達の散歩がてら裏山へと向かっていた。
乾き始めている小道の上を落ち葉がカサカサと音を立てながら舞う。辺りは静寂に包まれ、私と遙さんが土を踏みしめる足音だけが耳に届く。
遙さんと二人きりなのだと改めて思うと、彼のことを意識せずにはいられなかった。彼の隣を歩いているだけで、胸が締めつけられるようにドキドキして一言も発することが出来ない。
私は彼に対し、こんな想いをずっと前から抱いていたような気がした。
― この淡い感情はいったい……、何?
心の中でそう呟いていた。
しばらくの間、犬達がはしゃぐ姿を見ながらのんびりと歩いていたが、何時しか小道は段々と険しい登り坂になっていった。私は息を弾ませながら遙さんと犬達の後を追う。少しばかりの距離が出来たときだった。息を切らしていた私に気が付いた遙さんは立ち止まり、すっと手を差し伸べてくれた。
「大丈夫? 女性にはちょっとキツイ坂道かな」
彼を意識していた私は少し照れながらそっと彼の手を掴んだ。
ー ずっとこの手を見てきた。この手が大好き。
心の中からそんな記憶が溢れてきた。
そう、大きくて暖かい遙さんの手。
昨夜、大地さんの手からは安らぎを感じたが、彼からは愛情に似た優しさが感じられる。でも何故、私は彼の手の暖かさを知っているのだろう。そう思っていると、遙さんは繋いだ私の手をぎゅっと握り締めて呟いた。
「さ、行こう」
私は心の中にある想いを込め、彼の手に指を絡ませて強く握り返した。
すると彼は照れたような笑顔で私を見つめる。私の鳶色の瞳も彼だけを映していた。
やっとの思いで裏山にある小高い丘の上に着いた。ちょっとした公園の広さくらいはあるこの場所には、彼等が造ったと思われる廃木で出来た小さなテーブルと切り株の椅子が置いてあった。遙さんはテーブルの上にリュックを置くと口笛を吹き、犬達を集合させた。
「さぁ、休憩だ。お前たち、ペガサスを見つけたらすぐに教えてくれよ」
彼が手をパンと叩くと犬達は一斉に身を翻し、思い思いの場所へと散らばっていく。遙さんはその光景を見遣った後、リュックの中から薄手の座布団を取り出し切り株の椅子の上に置いた。
「あかりさんはここに座って。疲れただろう? ちょっとしたハイキングコースみたいなものだから」
私は彼に言われるままそこに腰掛けると、手荷物の中からミネラルウォーターを取り出し、それをごくごくと飲んだ。
「ふぅ。ホントに疲れちゃいました。私、運動不足ですね」
大きく手足を伸ばして深呼吸をした私を見て彼がくすくすと笑う。彼の目が自然と自分に向けられている。そう思っただけで私の胸は高鳴った。
彼の傍にいたい。
彼に寄り添っていたい。
彼の胸の中で甘えたい。
何故だか分からないが、気持ちは昂ぶる一方だった。
そんな何処からか湧き上がる想いを少し落ち着けようと私は立ち上がり、丘の斜面から麓を見下ろした。眼下には素晴らしいほど紅や山吹色に色づいた紅葉が広がっている。空を仰げば青い空は驚くほど高く、秋の爽やかな風が体中を通り抜けていく。
「うーん、すごく気持ちいい。このままお昼寝したい気分になっちゃうな」
途端に遙さんが声を上げて笑いはじめた。
きょとんとした私が彼を見ると、遙さんは申し訳なさそうな、苦笑いを見せた。
「ごめん、ごめん。何だかあかりさんが猫のように思えて。ペガサスもここに来るといつも切り株の上で昼寝していたからさ」
ついさっきも犬達に「ペガサスを見つけたら……」と、彼が言っていたことを思い出した私はそのことを尋ねた。
「遙さん、ペガサスって?」
そのとき、頭の中に微かに囁くような声が重なって聞こえてきた。
『早く思い出して……』
私は驚き、心の中で声の主に尋ねていた。
― あなたはいったい……?
しかし、その声が応えてくれることはなかった。
気が付くと、秋の風が木々の梢を揺らす音だけが聞こえていた。
遙さんは私に何が起こったのか気付く筈もない。その証拠に彼はにこりと笑い、私の問いに応えてくれた。
「あかりさんはまだ会っていなかったね。ペガサスは名前の通り、我が家の猫なんだ。この丘はペガサスのお気に入りの場所だから近くにいると思うんだけど」
私は曖昧な相槌を打っていた。
遙さんは少し心配そうな表情で辺りを見廻し、捜索にあたっている犬達の行方を気にしている。その様子から、ペガサスという猫は彼にとって特別な存在だということが感じられた。
私の頭の中に聞こえてきた声と、ペガサスに何かしらの関係があるのだろうか。
何故だろうか、考えれば考えるほど胸に残るしこりのようなものと、ざわざわとした不安が襲ってくる。聞こえてきた声が言っていた言葉の意味を考えると私は居ても立ってもいられず、彼にもう一度尋ねた。
「遙さん。良ければペガサスのことを詳しく教えてくれますか」
彼は曇っていた表情を打ち消し、嬉しそうな笑みを見せて私にひとつひとつ話し始めた。きっと彼は、私がペガサスに興味を抱いたのかと思っているようだった。


