私はベッドから脱け出し、彼の肩越からペガサスの写真を見つめた。
どうして写真の中の仔猫が記憶として甦るのだろう。しかも、たくさんの想い出のような場面は鮮やかな天然色できらめいていた。
仔猫は遙さんに甘え、じゃれて、抱かれて、眠って……。
一体、何故? 私とペガサスにどんな関係があるというのだろう。
私は写真を見つめたまま立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
遙さんはぼうっとしている私に気が付くと、ベッドに腰掛けるよう促してくれた。
私は彼が差し出したペガサスの写真を受け取り、もう一度見つめた。
その時、はっきりとした声が頭の中に響いた。
『もう少しで思い出せるわ』
― 何を思い出すの……?
「あかり? 顔色がまだ悪いぞ。横になっていたほうがいい」
遙さんの声で我に返った。
彼は心配そうな表情で私をそっと抱きしめた。暖かく、居心地の良い腕の中。このまま彼の腕の中で暮らせたらと私は思っていた。
しかし、自分が一体誰なのか、そしてペガサスとの関係を思い出すことが先決だろう。そうしなければ思いきり彼に甘えることが出来ない。何処の誰かも分からない私の素性をはっきりさせて安心してもらいたい。
遙さんは私をそっと抱きかかえるとベッドに連れていってくれた。布団を掛け終えると彼はベッドの脇に腰を下ろした。
「少し眠りなよ。傍にいてあげるから」
頬に手をあてがわれた私はやがてまどろみ始め、彼の手に手を重ねたまま何時しか眠りに就いていた。
目を覚ますと真夜中だった。
すぐ隣で遙さんの規則正しい寝息が聞こえてくる。そっと起き上がると、彼と私の間にはシリウスが挟まるように寄り添い、私の足元にはペルセウスが丸くなっていた。
私が目を覚ましたことに気付いたシリウスがむくりと身体を起こし、鼻先で遙さんを突付く。眠たげな顔で「うん……」と呟いた彼はうっすらと目を開けた。
「あれ……、目が覚めていたの? もう大丈夫かな」
遙さんは起き上がり、そっと私の額に手をあてがう。その手を取った私は愛しそうに自分の頬へとあてた。彼はその手で優しく頬を撫でながら言った。
「あかりが寝ている間に父が簡単な診察をしてくれたよ。多分、貧血だろうって」
彼は穏やかに微笑み私を見つめた。その笑顔を見ただけで胸が切なくなる。こんなにも溢れてくる好きという想いをどうしていいのか分からなかった。
「私、ずっとここにいたい。あなたの傍にいたい」
「あかりさえそれでいいなら。俺もここにいて欲しい」
「うん。私、あなたとずっと一緒に暮らしたい」
私たちは互いに微笑み合った。時間が音を立てずに二人の間を通り過ぎていく。 このまま永遠に彼の傍にいたいと私は思っていた。
「そうだ、すっかり忘れていた。俺、屋上の望遠鏡を取り込んでくるよ。夜露に濡れたままだ」
遙さんが思い出したように呟き、私の頭をそっと撫でると、ソファに置いてあったアウターに袖を通す。その様子を眺めていた私は星空を見るために彼の部屋をノックしたことを思い出し、いそいそとベッドから脱け出しながら彼に尋ねた。
「私も行きたい。キレイな星空を見てみたい。そして星にお願いするの。あなたとずっと一緒にいられるようにって。ね、いいでしょ?」
「でも……、大丈夫かな? 外はもう寒いし、夜風は体に悪いぞ」
困ったような顔をした遙さんを安心させるため、私は敬礼をしておどけて見せた。
「睡眠を取ったからもう大丈夫です。あなたに星や星座の名を教えてもらいたいの」
「じゃあ、少しだけだぞ。風邪を引かせるわけにはいかないから」
彼は仕方ないな、といった表情でクローゼットからもう一着アウターを取り出し、私に手渡す。丈も袖も大きいそのアウターからは遙さんの匂いがした。
シリウスと共に彼の後を追うようにしてベランダへ出た途端、ひんやりとした冷たい空気が肌を刺した。シリウスは屋上に行けることを喜んでいるようで、私の脇を軽やかに擦り抜けると屋上への階段を駆け上がっていく。階段を昇りきると、目の前にいくつもの星が輝いていた。
夜空を仰ぐと天空にはうっすらとした乳白色のミルキーウェイ。それはまるで空から星が降ってくるようだった。
「うわぁ、すごくキレイ。星がこんなにたくさんあるなんて……」
溜息を吐いて星空を眺めていた私の両肩にそっと手が置かれた。
「ああ、今晩は特別キレイに見えるな。秋の夜空は一等星も少なくて物寂しいってよく言われるけど、それは都会のスモッグや街の灯りで見えないだけなんだ。ほんとうはいつだって満天の星は輝いているんだけどね」
彼の言う通りだと思った。
何処に星があるのかさえ分からない程の灯りやスモッグに包まれている都会の空。でも灯りの先、スモッグだらけの遥か上空にはこんなにも星は輝いている。
この星空のように私はありのままの自分を彼に見てもらいたい。煌く星のような気持ちを彼に伝えていきたいと思った。
「あかり、星座解説をしてあげるよ。秋はギリシャ神話の星座が多くてロマンチックなんだよ」
「わぁ、専属の解説員に教えてもらえるなんて嬉しいな」
屋上に備え付けられてあるベンチに二人で腰掛け、私は遥さんの肩にそっともたれ星空を見上げた。
「そうだな、まずは北。ダブルの文字に見えるカシオペア座があそこ。そして少しだけ上空に目を上げるとアンドロメダ座が見える」
彼が指差し、なぞる方向を見ていくと輝く星が線で結ばれていく。星がたくさんありすぎて迷ってしまいそうになっても、彼が指し示した星は一瞬煌き、私にそれを教えてくれているようだった。
「カシオペアもアンドロメダも我が家の猫の名前ね」
くすくすと笑う私を見て遙さんは肩をすくめる。
「そして、真上に見えるあの大きな四方形がペガスス座。一般的にはペガサスって呼ばれることが多いけどね」
天空を見上げた私の瞳に大きな四方形が映った。
その瞬間、胸がとくんと鳴り、頭の中にたくさんの記憶が流れ込んできた。
まるで写真集をめくるように一枚、一枚のシーンが鮮やかに甦ってくる。そして、今まで疑問に思っていたことがその記憶から次々と解き明かされていくのが分かった。
ペガスス座の四方形。
私の腰周りにある黒子の位置。
美しい毛並みの黒猫。
私の綺麗な黒髪。
母親にそっくりな容姿。
母親と同じ名前。
甦る記憶で気が遠くなりかけた私は遙さんの肩にしがみついていた。
『思い出せたのね……』
その声が聞こえてきた時、私は全てのことを理解していた。
「いけない、顔色が悪いな。部屋に戻ろう」
立ちあがろうとした彼に私は小さく呟いた。
「遙さん、大地さんを起こして来て下さい。ペガサスの居場所が分かったの」
どうして写真の中の仔猫が記憶として甦るのだろう。しかも、たくさんの想い出のような場面は鮮やかな天然色できらめいていた。
仔猫は遙さんに甘え、じゃれて、抱かれて、眠って……。
一体、何故? 私とペガサスにどんな関係があるというのだろう。
私は写真を見つめたまま立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
遙さんはぼうっとしている私に気が付くと、ベッドに腰掛けるよう促してくれた。
私は彼が差し出したペガサスの写真を受け取り、もう一度見つめた。
その時、はっきりとした声が頭の中に響いた。
『もう少しで思い出せるわ』
― 何を思い出すの……?
「あかり? 顔色がまだ悪いぞ。横になっていたほうがいい」
遙さんの声で我に返った。
彼は心配そうな表情で私をそっと抱きしめた。暖かく、居心地の良い腕の中。このまま彼の腕の中で暮らせたらと私は思っていた。
しかし、自分が一体誰なのか、そしてペガサスとの関係を思い出すことが先決だろう。そうしなければ思いきり彼に甘えることが出来ない。何処の誰かも分からない私の素性をはっきりさせて安心してもらいたい。
遙さんは私をそっと抱きかかえるとベッドに連れていってくれた。布団を掛け終えると彼はベッドの脇に腰を下ろした。
「少し眠りなよ。傍にいてあげるから」
頬に手をあてがわれた私はやがてまどろみ始め、彼の手に手を重ねたまま何時しか眠りに就いていた。
目を覚ますと真夜中だった。
すぐ隣で遙さんの規則正しい寝息が聞こえてくる。そっと起き上がると、彼と私の間にはシリウスが挟まるように寄り添い、私の足元にはペルセウスが丸くなっていた。
私が目を覚ましたことに気付いたシリウスがむくりと身体を起こし、鼻先で遙さんを突付く。眠たげな顔で「うん……」と呟いた彼はうっすらと目を開けた。
「あれ……、目が覚めていたの? もう大丈夫かな」
遙さんは起き上がり、そっと私の額に手をあてがう。その手を取った私は愛しそうに自分の頬へとあてた。彼はその手で優しく頬を撫でながら言った。
「あかりが寝ている間に父が簡単な診察をしてくれたよ。多分、貧血だろうって」
彼は穏やかに微笑み私を見つめた。その笑顔を見ただけで胸が切なくなる。こんなにも溢れてくる好きという想いをどうしていいのか分からなかった。
「私、ずっとここにいたい。あなたの傍にいたい」
「あかりさえそれでいいなら。俺もここにいて欲しい」
「うん。私、あなたとずっと一緒に暮らしたい」
私たちは互いに微笑み合った。時間が音を立てずに二人の間を通り過ぎていく。 このまま永遠に彼の傍にいたいと私は思っていた。
「そうだ、すっかり忘れていた。俺、屋上の望遠鏡を取り込んでくるよ。夜露に濡れたままだ」
遙さんが思い出したように呟き、私の頭をそっと撫でると、ソファに置いてあったアウターに袖を通す。その様子を眺めていた私は星空を見るために彼の部屋をノックしたことを思い出し、いそいそとベッドから脱け出しながら彼に尋ねた。
「私も行きたい。キレイな星空を見てみたい。そして星にお願いするの。あなたとずっと一緒にいられるようにって。ね、いいでしょ?」
「でも……、大丈夫かな? 外はもう寒いし、夜風は体に悪いぞ」
困ったような顔をした遙さんを安心させるため、私は敬礼をしておどけて見せた。
「睡眠を取ったからもう大丈夫です。あなたに星や星座の名を教えてもらいたいの」
「じゃあ、少しだけだぞ。風邪を引かせるわけにはいかないから」
彼は仕方ないな、といった表情でクローゼットからもう一着アウターを取り出し、私に手渡す。丈も袖も大きいそのアウターからは遙さんの匂いがした。
シリウスと共に彼の後を追うようにしてベランダへ出た途端、ひんやりとした冷たい空気が肌を刺した。シリウスは屋上に行けることを喜んでいるようで、私の脇を軽やかに擦り抜けると屋上への階段を駆け上がっていく。階段を昇りきると、目の前にいくつもの星が輝いていた。
夜空を仰ぐと天空にはうっすらとした乳白色のミルキーウェイ。それはまるで空から星が降ってくるようだった。
「うわぁ、すごくキレイ。星がこんなにたくさんあるなんて……」
溜息を吐いて星空を眺めていた私の両肩にそっと手が置かれた。
「ああ、今晩は特別キレイに見えるな。秋の夜空は一等星も少なくて物寂しいってよく言われるけど、それは都会のスモッグや街の灯りで見えないだけなんだ。ほんとうはいつだって満天の星は輝いているんだけどね」
彼の言う通りだと思った。
何処に星があるのかさえ分からない程の灯りやスモッグに包まれている都会の空。でも灯りの先、スモッグだらけの遥か上空にはこんなにも星は輝いている。
この星空のように私はありのままの自分を彼に見てもらいたい。煌く星のような気持ちを彼に伝えていきたいと思った。
「あかり、星座解説をしてあげるよ。秋はギリシャ神話の星座が多くてロマンチックなんだよ」
「わぁ、専属の解説員に教えてもらえるなんて嬉しいな」
屋上に備え付けられてあるベンチに二人で腰掛け、私は遥さんの肩にそっともたれ星空を見上げた。
「そうだな、まずは北。ダブルの文字に見えるカシオペア座があそこ。そして少しだけ上空に目を上げるとアンドロメダ座が見える」
彼が指差し、なぞる方向を見ていくと輝く星が線で結ばれていく。星がたくさんありすぎて迷ってしまいそうになっても、彼が指し示した星は一瞬煌き、私にそれを教えてくれているようだった。
「カシオペアもアンドロメダも我が家の猫の名前ね」
くすくすと笑う私を見て遙さんは肩をすくめる。
「そして、真上に見えるあの大きな四方形がペガスス座。一般的にはペガサスって呼ばれることが多いけどね」
天空を見上げた私の瞳に大きな四方形が映った。
その瞬間、胸がとくんと鳴り、頭の中にたくさんの記憶が流れ込んできた。
まるで写真集をめくるように一枚、一枚のシーンが鮮やかに甦ってくる。そして、今まで疑問に思っていたことがその記憶から次々と解き明かされていくのが分かった。
ペガスス座の四方形。
私の腰周りにある黒子の位置。
美しい毛並みの黒猫。
私の綺麗な黒髪。
母親にそっくりな容姿。
母親と同じ名前。
甦る記憶で気が遠くなりかけた私は遙さんの肩にしがみついていた。
『思い出せたのね……』
その声が聞こえてきた時、私は全てのことを理解していた。
「いけない、顔色が悪いな。部屋に戻ろう」
立ちあがろうとした彼に私は小さく呟いた。
「遙さん、大地さんを起こして来て下さい。ペガサスの居場所が分かったの」


