ソウルズ


影蔵の声が静寂な闇夜に凛と勇ましく響き渡る。
 
 
すると美しい極楽蝶の入れ墨が淡い輝きを放ち、たちまち影蔵の身体が紅蓮の炎に包まれるのと…同時に左腕をグルグルと炎が渦を巻いていくのであった。
 
 
ふと気付くと影蔵の右肩辺り、右斜め上の空間にはフヨフヨとプカプカと愛くるしい子犬程度の幼い少女が浮かんでいる。
 

 
しかし、当たり前なのではあろうが何か普通の人間の少女にしては…というよりは地球上のありとあらゆる生物として違和感を覚えずにはいられないのである。
 
 
目を凝らして観察してみる。
 
 
それは今も懸命にパタパタと動かしている背中に生えたギラギラと燃え盛る一対の蝶の羽が、そう感じさせているのだろう。
 
 
『ん……むにゅ、むにゅ~ぅッ…
 
ハ~イ!おっはよ~ぅ…カゲゾ~!
 
ひさしぶりだねぇ、
 
ねぇねぇ~…何か用ぅ?』


 
仰々しく現れたかと思いきや…なんとも眠たそうに目や顔を猫みたいに手の甲で優しく擦りながら、絶える事無く燃え盛る蝶の羽を生やした少女が空中から低血圧の目覚めみたいに気怠そうに話し掛ける。
 
 
「うぅむ、残念じゃが蝶ちゃんの力を借りなければならない様な状況なんじゃよ…
 
………………
 
長い間の眠りから…ひさしぶりに呼び出しておいて、いささかに急じゃがの…しっかりと頼むぞい」
 
 
幾分…申し訳なさそうに、影蔵は蝶ちゃんに言うのであった。
 
 
そんな影蔵の顔色を見て、蝶ちゃんは即座に状況を察した。
 
 
…多少勘違いしながら。  
 
『おけぃ、うむむ~…何、な~に

……あ~ッ…そうか
 
あ…アイツ、悪いヤツなんだね
 
カゲゾーをいじめちゃうんだねぇ
 
そうなんだねッ‼︎』
 
 
蝶ちゃんは羅刹を小さくつぶらな瞳でキュッと懸命に険しい顔で睨んでいる。
 

 
「んんッ……
 
ドワッハッハッハ~!
 
一体なんだァ…そのちびっこい妙にヘンテコでちんちくりんのヤツはァ…」
 
 
羅刹は豪快に腹を抱えて笑うのであった。
 
 
『あ~ん、このこの~、バカにしたなッ
 
ゆるさないよ、オマエなんか大火傷しても知らないんだからね~』 
 

彼女は頬をプ~ッと膨らませ…顔を紅く上気させる。 
 
 
爆発させた怒りをあらわに蝶ちゃんは言葉を発したのだった。
 
 
背中の紅蓮の炎に燃え上がる羽をばたつかせ、火の粉が鱗粉のように宙に舞い上がるのであった。
 

 
「仕掛けるぞ…蝶よッ!
 
ヌゥゥ………
 
…ツァアアアアァァッ!!」 
 
サッカーボール程度の大きさはあろうかという灼熱の紅蓮な火炎弾が影蔵の左腕から羅刹へ向けて勢い良く放たれたのだった。
 
 
 
「フアッハッハッハ~!
 
何だ…そんな程度のモノ、オレ様が容易く受けとめてやるよォッ…」
 
 
羅刹が…そう吐き捨てたのである。
 
 
しかし身構えるよりも数秒程度、影蔵の放った火炎弾の速度の方が勝っていた。 
 

力強い轟音を立てて羅刹の腹に直撃したのであった。


無防備な土手っ腹だ、ひとたまりもない。

 
「フフフ…こんなものォ、た、た、大したことな等ォォォッッ……!
 
…………………!?
 
な、な、な、な…何ィッ! 
ぬ…ドワァァァァ~ッ!!」
 
 
その火炎弾を抱え込む様に『く』の字に折れ曲がり…羅刹は苦悶の表情を浮かべながら、高速で後方へとふっ飛ぶのであった。
 


 
…向こう隣の民家の赤茶けた煉瓦作りの塀へとズドーンと爆炎と土煙を上げて激突する。
 
 
「ぼ…ボヤボヤするな!
 
竹原、今じゃ…行け!!」  

 
ソウルズの能力の事など一切知らない松竹梅のトリオが青天の霹靂と言う様子で…口をあんぐりと半開きにして呆気に取られている。
 
 
そんな、彼らに檄を飛ばして正気を取り戻させる。
 
 
影蔵の声にハッとする。  
 
自らが成すべき事を思い出して…竹りんは影人がいる別邸へ向かい慌てて駆け出したのだった。



 
いつの間にか…松っつんと梅ちゃんの身体の周囲を淡い透き通った橙色のベールみたいな輝きがキラキラと包み込んでいるのであった。
 
 
激突した際の衝撃でパラパラと砕けた煉瓦の破片が羅刹の身体に降り積もり、モクモクと土煙を上げているのであった。
 
 
「………チィィ、ペッ!
 
く…く、く、クソッタレ共がァァァァァッッ!!
 
ケッ…阿修羅の野郎に言われてた事なんか忘れたぜ!
 
フフフッ、あ~…すっかり忘れちまったぜ~ッ!   

なにもかもなぁ………
 
き、キサマらァァァッ…… 全員…皆殺しだァァァ!
 
皆殺しにしてやるッ!
 
後悔しやがれ…今から圧倒的な力の差を思い知らせてやるぜ」
 

 
口の中の不愉快な砂利を唾と共に吐き出しながら…タコのように真っ赤になった頭の血管がブチンと切れそうな程の憤怒の表情でワナワナと身体を揺さぶりながら虚空が張り裂けんばかりに叫ぶのであった。
 
 
「ヌォォォォ~ッ!
 
聞こえるかァァァ~ッ
 
これは命令だ………
 
お前達ィッ…遠慮はいらねぇぞ
 
殺せ…殺せ、殺せェッ!!
 
ウォォォォォ~ッ…皆殺しにしろォッ!」 
 
 
怒り狂う羅刹が叫ぶと…その声を合図にゾロゾロと黒装束のような戦闘服の集団が現れたのだった。
 
 
彼らは…奇妙な紋章が刻まれたヘッドギアと特殊な武装をしていた。
 
 
そんな兵隊達が屋敷内部へ次から次へとドッと押し寄せるのだった。
 


 
「イヤ~ン…き、来たわッ
 
来たわよ……梅ちゃん」
 
 
松っつんが緊張から上ずった声で動揺を隠せないままに言う。
 
 
「な、情けない声を出すもんじゃありませんわ。
 
若様も会長も…あ、アタシ達がまもるのよッ!!」
 
 
平静を装うものの梅ちゃんは鼻息も荒く叫ぶ。
 
 
そんな話をしている二人に黒装束の戦闘員の一人が襲い掛かる。
 
 
「う…オンドリャ~!」
 
 
スパ~ンと高く響く小気味良い音がするのだった。
 
 
梅ちゃんの豪快な張り手が炸裂した。
 
 
堪らず…相手は脳しんとうを起こして卒倒するのだった。
 

 
何を隠そう…梅ちゃんは、突っ張りの梅という異名を持った学生横綱として伝説的に有名な力士であったのだ。
 
 
「どすこーいッ!
 
…あらん、イヤンッ
 
だ…誰よ、こんなヒドイ事をするのは~」
 
 
…と言った具合に敵の戦闘員達を次々と一網打尽に薙ぎ倒していく怪力な梅ちゃんであった。



 
流石に業を煮やした敵の数名が二人に向けて銃を発砲したのであった。
 
 
バキューンと耳をつんざく炸裂音と閃光が走る。 
 

「あ、ダメッ、避けられない……
 
死んじゃうわ~ッ!」
 
 
 
松っつんが叫ぶのと同時にチュイーンと音を立てて、放たれた弾丸が二人の数センチ手前で何らかの壁のようなモノにぶつかり弾かれたのだった。
 

 
先程から二人を包み込んでいた…あの橙色の淡い薄布みたいな輝きが銃弾を弾く壁の役割をしていたのだった。
 
 
「ははは…そいつがお前達を守ってくれているのじゃ
 
銃弾など気にせずに心置きなく安心して戦えッ」  
 
羅刹の方を向いたまま…次の攻撃を思案しながらも二人に投げ掛けるように影蔵が叫ぶのであった。
 
 
 
「松っつん…大丈夫よ
 
アタシ達は死なないわ
 
ううん、まだ死ねないのよッ……戦うわよ
 
アタシよりも強いでしょ

…良いわね、やるわ~よぉッ!」
 
 
梅ちゃんが…いつにも増して優しく、それでいて頼もしく力強い口調で松っつんを諭すのであった。
 

 
「ありがとう
 
そうよね…会長も守ってくれているものね
 
アタシも久々に全力でやるわよ~ッ!」
 
 
松っつんが腹を据えてバッと構える。
 
 
特殊な形状のサバイバルナイフを握り締めた戦闘員が松っつんに向けて腕を振りかぶる。
 
 
「フン、たぁーッ!」
 
 
松っつんはナイフを握り締めている戦闘員の腕をガッと掴みながら素早く足払いをして真後ろに倒すのであった。
 
 
戦闘員は頭を地面に叩きつけられ…もんどりうってダウンする。
 
 
見事な大外刈りだった。
 
 
流石は神速の左足と呼ばれた伝説的な柔道の学生チャンピオンだっただけの事はある。
 

「ほっほっほ…
 
アイツらも…なかなかやるのぅ~
 
これは老いた身とは言えどもワシも負けてられないのぅ」
 
 
影蔵がチラリと横目で二人の活躍を見てみると…やはり普段以上に頼もしく見えるのであった。
 
 
ぐるりと屋敷を取り囲んでいた大勢の戦闘員も見る間に残すところ数人となっていたのである。
 
 
これならば…なんとかなるだろうと言う考えが頭をよぎると、そんな希望をあっさりと打ち破る事態が訪れたのだった。
 
 
「ウヌヌヌヌ~ッ!!
 
どいつもこいつも使えねぇ…
 
ククク…仕方無いな、コイツの力を試してみるか」
 
 
ニタ~リと不気味な笑いを浮かべる羅刹であった。