ソウルズ

 
一方、その怪しげな謎の組織に狙われている事など知る由も無い。
 
 
影人は…と言うと……
 
 
あれから半刻程も経ったであろうか…
 
 
辺りは…一段と暗く静まり返り夕食を囲む近所の食卓の団らんしている賑やかな声まで聞こえてきそうだ。
 
 
鼻腔をくすぐる美味しそうな料理の匂いが、あちらこちらから立ち上り漂ってきているのだろう。
 
 
あれは…きっと西京漬けの白身魚の焼ける芳ばしい味噌の匂いだとか、甘辛い醤油が素敵な肉じゃがの匂いだとか…そんな風に漂ってくる匂いをひとつひとつ脳内に描いていく。
 
 
…………………………………


脳内の御膳には素晴らしいごちそうが並び出していた。
 
 
…………………………………はっ……

 
すると何かに気付いた。
 
 
まるで…思い出したかのように、ぐ~っと地響きのごとく腹が鳴る。
 
 
その空腹感は言葉として表れるのである。
 
 
「あぁ~、腹へった~。」 

 
ふいに…ぽつりと口からこぼれ出た言葉でハッとする影人であった。
 

…………………………………ん?


 
「あれ~、あれれ~、どうしたのかな…は、話せるんじゃん…
 
何でだ…俺、しゃべられるぞ…」
 
 

理由はわからないが霊札の効力がなぜなのか、弱まったらしく、何とか口だけは動かせるようになったのであった。
 
 
…………………………………んん?



…………………………………チャ〜〜ンス‼︎


 
それに気付くと影人はここぞとばかりに…やかましく騒ぎ立てるのだった。
 
 

「お~い、ジジィ~ッ
 
この霊札を剥がせよ~」 

 
…とか、さらには。
 
 
「畜生~ォッ!
 
俺が…一体何したってんだよッ‼︎
 
つまらないケンカを売ってくるのは、いつもあいつらなんだぜ…」
 
 
 
…などと威勢良く叫んでいたかと思いきや、しまいには…
 
 

「うぅ、小便、漏れるぅぅ~んッ…」
 
 

そんな本当っぽい大袈裟な嘘を絡めて騒ぎ立てるのだった。
 

 
その声は、じいちゃんこと影蔵(かげぞう)には届かなかった。
 


 
それは…何故かと言うと影人のいる場所は黒鋼家が住居として使用している屋敷であった。
 
 
しかし、それとは別に100メートルくらい離れた場所にも大きな和風の屋敷が建てられているのだ。
 
 
…見るからに重圧感を覚える瓦拭きの屋根や厳しい顔つきをした門であったり、影人が居た離れの屋敷にもあった日本庭園も素晴らしかったが、こちらの屋敷の庭の荘厳さに比べると月とスッポンであった。
 
 
玉砂利に枯山水といった…まさに重要文化財級の日本庭園だ。
 
 
はてさて、皆様、ここがどこかと言うと、いわゆるヤクザとか極道とか言われている強面な厳つい方々が事務所とか呼んでいる様な場所だった。
 
そう、影人は暴力団など呼ばれている裏世界の後継ぎであった。


…………………………………


 
そこへ、少しづつ忍び寄る魔の手を現在は知る術など無い。
 



 
そんなヤクザや極道が、わんさか居るであろう事務所からは…決して聞こえてくるハズのない声。
 
 
あまりにも不釣り合いな声が正門からこだましてくるのであった。
 
 
その声は…面妖かつ、奇妙で奇天烈な、それでいて明るく愉快な甲高い声。

 
時折、野太い雄々しい声も混ざっていた。
 
 
その声の主は…スーパーなどのロゴが入ったビニール製の買い物袋をぶら下げた三人が門へと向かって内股でダバダバと豪快に歩いてくる。
 
 
「あら~ん、イヤぁんッ、もぉ~うッ
 
んまぁ、こんな時間じゃな~いのッ!」

 


 
…と言うダミ声の主の出で立ちが変わっていた。
 
 
まずはフォーマルなスラックスにピッチピチなショッキングピンクのランニングシャツ…
 
 
そのランニングシャツの上には萌え萌えなメイドさん御用達なひらひらとした可愛いフリルや舞台衣装のようなスパンコールが付いた膝丈くらいの紫色のエプロンを纏っていた。
 
 
それだけでも…十二分にドン引きな変態さんなのだが、その変態ぶりをさらに加速させるのは彼が角刈りの頭に屈強そうな大柄の筋肉質であった事にも起因する。
 
 
いわゆるゴリゴリなガチムチのマッチョ野郎が鼻から抜けたような愛らしいネコなで声を上げているのだから…異次元なベクトルの奇異な視線を集めてしまうのであった。
 

 
彼ひとりでも十二分過ぎる程に変態ぶりを惜し気もなく披露してはいたが…隣に佇む男も甲乙つけ難い変態さんなのであった。
 
 
もうひとりの変態さんもまた、フォーマルなスラックスに乳首がスッケスケな編み目の大きめなシースルーのシャツを着こなし…その上から同じような感じの色違いで水色のシャーベットカラーをモチーフにしたエプロンドレスを纏っていたのであった。
 
 
もうひとりの彼は小太りでスキンヘッドであったので並んで歩いているだけで異世界に誘う悪魔みたいにも見えた。
 
 
筋肉質な角刈りの男が、小太りな男をダバダバと内股で歩きながら、ツンツンと軽く肘で小突き話し掛けるのだった。
 
 
「ん、なぁ~にさ…
 
嫌ねぇ、だぁって、松っつんが八百政(やおまさ)の政さんと、こっくりと話し込んじゃってたんじゃないの~?」
 
 
…と松っつんと呼ばれた角刈りの男に言い返すと…
 
 
「アラ、あらら~ッ、梅ちゃんだってぇ~、政さんの事が好きなんじゃ無かったかしら~?」
 
 
そう言って…今度は松っつんが言い返す番なのだ。
 
 

 
「…あぁ、もう二人とも、いい加減にその辺にしておけ
 
夕食の時間は過ぎているのだぞ
 
影人お坊っちゃまが…どんなにお腹を空かしていらっしゃる事か
 
お可哀想に…

早く食事の支度をせねばならないのだぞ」
 
 
ダバダバと暑苦しく、先を歩いている二人の変態の間に割って入るとピシッと無駄口を嗜める者がいた。
 
 

その男は、彼らの中では、一番背の低い…とは言っても165センチくらいはあるので標準的な日本男性の身長だ。
 
 
少し痩せ気味な体格ではあるもののパンチパーマの頭とブランド物の高級感が漂う黒いスーツの上下が似合っている。
 
 
パッと一目見て、誰しもが極道だとわかる風貌であった。


 
「んもぅ~、分かってるわぁ~よ
 
竹りん(ちくりん)ってばぁ~んッ」
 
 
松っつんが、ぷくぷくとフグみたいに膨れっ面をして言い返す。
 
 
「あんッ、そ~れから影人お坊っちゃまって言っちゃダメだって言われてたでしょ~ん
 
今度からは若様って呼ばなきゃッ
 
でないと、また嫌われちゃうわよん」
 
 
それに続いて、梅ちゃんも話し出すのだった。 
 
 
そんな騒がしい濁ったピンク色なダミ声を聞きつけてか、絞り模様が独特な藍色をした作務衣のゆったりとした袖口を揺らし、空のキセルをくわえた影蔵が面倒臭そうに正門の方へとゆらりと歩いて行くのであった。
 
 
「なんじゃ、なんじゃ、随分と騒がしい声がすると思えば…やはり、お前達か」
 
 
オレンジ色の外灯で遠くまで照らし出された三人を見上げながら呆れた顔で訝しげに影蔵が言う。
 

 
「か、か、会長~ぅッ
 
すみません…遅くなりましたわ」
 
 
寄り道した事を懺悔してなのだろうか、梅ちゃんの顔が悲しみに暮れる。
 
 
「ん~でも、でもォ~ん、今夜の夕食は会長の好きな卯の花やきんぴらや煮物とか…たくさん作りますから楽しみにしてて下さいね…うふふ…」
 
 
…梅ちゃんが作り出した沈鬱な空気を破るように、松っつんが嬉々として話し掛ける。
 
 
「しかし、どんなに美味い肴であっても深酒はいけません
 
お酒は三合までですよ、会長…」
 
 
今夜も酒が進む美味い肴が出来たなと恵比寿顔でにんまりする影蔵をよそに竹りんがザクリと釘をさす。


 
「はぁ~…なんじゃ、また藪医者に何か吹き込まれおったのか?」
 
 
かかりつけの医者にも灸をすえられていたのだ。
 
 
影蔵は図星をつかれて、自分の身体の事は自分が誰よりも一番良くわかっていると言わんばかりの口振りで言い返す。
 
 
 
「否、大切なお身体に障るといけないと思いまして…
 
出過ぎた物言いをご容赦くださいませ……」
 
 
心底、会長の事を心配している様が見える。
 
 
まるで自分の親を心配しているかのようだ。
 


 
「それにしても…お前達は四大義賊の末裔である由緒正しき黒鋼組の一員として何か忘れているのでは無いのかッ!」
 
 
影蔵がピクリと眉根を動かして叱咤する。
 
 
「わ、忘れている訳ではありませんよ」
 
 
竹りんがタイミングを見計らい合図とばかりに大袈裟な咳払いをして…さらに続ける。


 
「ひと~つ、一日一善ッ! 
ご飯のおかわり二膳まで…ヘ~イ!」
 
 
リズミカルに、それに続けとばかりに松っつんが…
 
 
「ふた~つ、ご町内のヘ~イ、平和を守るッ、優しい思いやりに溢れたヤクザを目指しッ…チェケラッ!」 
 
 
さらにリズミカルに続いて梅ちゃんが歌い上げる…
 
 
「全て~の人々にィィ~~ッ…愛と希望をふりまくの~!」
 
 
最後は三人でハモりながら…
 
 
「そ~れが…オレ達ィ~! 
く~ろ~が~ね~組~ィ! 
ん~…デュ~ワ~ぁ!!」 
 
ねぇ、どう決まってるでしょ的な熱烈な視線を影蔵に向ける梅ちゃん。
 
 
しかも松っつんに至ってはパッチリとウインクまでしている。


…………………………………


 
「このスカポンタンが!」 

 
くわえていた空のキセルを利き手に持ちかえて…パコン!ペコン!ポコン!と三人の頭を連続してリズミカルに叩く……と
 
 
「会長~ぅ、ひどいわ~んッ、あんまりだわ~」
 
 
三人が涙を浮かべて何か別々の事を同時に話している。
 
 
彼らは…地面にしゃがみ込み、頭に出来たたんこぶを優しく擦りながら訴えていた。
 
 
「む……少し黙れッ!
 
お前達…後をつけられてきたな」
 
 
急に顔を強張らせて…じっとりとまとわり着く粘着質で悪意に満ち満ちた殺気に気付く…影蔵であった。