王子様の俺はモブに落ちました。

「…おい、何だあの絵面は」
翌日のお昼休み、俺は渡り廊下の陰から中庭のベンチをじっと凝視していた
手に持った高級メロンパンが無意識の怪力によってメキメキと潰れていく
視線の先にいるのはもちろん蓮野碧だ
だが今日のあいつの隣には俺ではなく__別の男が座っていた
確かB組のクラスメイトのいかにも「ザ・男子高校生」といった感じのスポーツ刈りのモブ男子だ
「蓮野ー! お前の弁当の唐揚げ一個くれよ!」
「あはは、いいよ 代わりにそのポテトちょうだい」
あいつらは親しげに笑い合い、お互いのおかずを交換して突っつき合っている
蓮野のあの無防備で優しい笑顔が俺以外の不細工(※周基準)に向けられている
その光景を見た瞬間、俺の胸の奥でどす黒いマグマのような感情がグツグツと湧き上がってきた
(は???? 何あいつ 誰の許可得て蓮野の唐揚げ食ってんの?てか距離近くね? 男同士でベタベタ触んな 蓮野も蓮野だろ、誰にでもそんなふにゃふにゃした顔見せてんじゃねぇよ お前のその笑顔は俺を狂わせるためだけの兵器だろ、他の奴に向けんなボケが)
心の中で過去最高密度の毒舌と暴言が炸裂する
怒りのあまり、メロンパンから中のホイップクリームが飛び出していた
(…って、待て 俺、なんでこんなにイライラしてんだ?)
ハッと我に返り、自分の動揺に驚く
俺はあいつに昨日のリベンジをして俺の虜にしてからフるために近づいているだけだ
あいつが誰と弁当を食べようが本来なら俺の知ったことではないはず
なのに胸の奥がキリキリと痛む
他の奴と楽しそうにしている蓮野を見ているだけで視界が真っ赤になるほど不愉快だ
「…まさか、これって」
認め極まりない単語が脳裏をよぎる
し、しっ、と……嫉妬!?
この全人類の頂点に立つ学園の王子様である御子柴周がただのモブ男子に嫉妬している、だと…!?
「ありえない、そんな醜い感情、俺にふさわしくない……!」
頭を振って雑念を追い払おうとした、その時だった
ベンチの男が蓮野の肩をガシッと組んだのが見えた
「お前まじ良い奴だなー!今度ゲーム貸してよ!」
「うん、いいよ あ、でも僕、格闘ゲームは弱いから手加減してね」
肩、触ってる
蓮野の、あの、昨日俺の制服の袖を優しく掴んできた、あの華奢な肩に別の男の手が乗っている
ブチッ
脳内で何かが決定的に切れる音がした
気づいた時には俺の身体は自動で動いていた
植え込みを優雅に飛び越え(運動神経抜群なので)中庭のベンチへと大股で直進する
顔にはこれ以上ないほど輝かしく、そして一切の温度のない完璧な王子様の笑顔を貼り付けて
「やあ、蓮野くん こんにちは、楽しそうだね?」
「え…? あ、御子柴先輩!」
蓮野が驚いたように顔を上げ、メガネをクイッと直した
隣のスポーツ刈りモブは「うおっ、本物の御子柴……!」と硬直している
「先輩、今日はお弁当一緒じゃないんですか?」
無邪気に聞いてくる蓮野に俺は一歩距離を詰め、スポーツ刈りの男の手を蓮野の肩からスッとスマートに(だけど強引に)引き剥がした
「うん、君を探していたんだ ちょっと図書室の件で急ぎの用事があってね …彼、クラスのお友達?」
笑顔のまま、スポーツ刈りモブをギロリと睨みつける
王子の無言の威圧感(覇気)にモブ男子は完全に気圧され、「あ、俺、ちょっと購買行ってくるわ!」と蜘蛛の子を散らすように逃げていった
フン、雑魚め
中庭には俺と蓮野の二人きりが残される
「用事って何ですか?先輩」
不思議そうに首を傾げる蓮野
俺は潰れたメロンパンを後ろに隠しながら、蓮野の目をまっすぐに見つめた
自分でもコントロールできないほど声が低く、少し怒ったようなトーンになってしまう
「…別に、用事なんてないよ」
「え?」
「お前が、他の奴と楽しそうにしてるのが気に入らなかっただけだ …明日からは俺以外の奴にその唐揚げをあげるな、分かった?」
心の中の毒舌を通り越してめちゃくちゃに独占欲の塊みたいな本音が口から飛び出していた
「あ…」
蓮野は目を丸くしてそれからじわじわと耳の裏まで真っ赤に染まっていく
あいつが俺の言葉で初めて明確に照れている
「…はい、分かりました」
小さく頷いてお弁当箱を抱え込む蓮野
その姿を見た瞬間、俺の心臓はまたしても激しいアラームを鳴らし始めた
嫉妬の嵐が去った後にはどうしようもないほどの愛おしさが胸に満ちていく
(クソが…!!! 認めたくなんかないのに……!!!)
俺は心の中でついに血を吐きながら叫んだ
作戦もプライドもヒエラルキーも、全部もう関係ない
俺は完全にこのモブの沼に両足どころか腰までドップリ浸かってしまっている
「…明日、卵焼き、多めに作ってきますね」
蓮野が恥ずかしそうに前髪をいじりながら呟いた
「…おう、残さず食ってやるよ」
俺は真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向きながら、不器用に応じるしかなかった
(でも、好きだ)
王子のハニートラップ作戦、完全終了
ここからは自覚した恋心とそれでもまだ捨てきれないプライドとのより賑やかな戦いが始まるのだった